明日、約9ヵ月振りに大学の敷地に足を踏み入れます。


あの赤レンガの床と真っ白い箱のような校舎を久しぶりに見られると思うと、少し浮き浮きしています。


だからでしょうか。


今日はいつもよりずっと充実した日を過ごせました。


4,5日振りに勉強もできたし、


DVDを見たり読書をしたりといった娯楽も楽しめました。


近頃は、


誰にも会いたくない
でも誰かと話していたい


というよくわからない気持ちから、我が儘な孤独感に苛まれ、また夜に限って眠れない日々を重ねていました。


それだけに、今日は自分でも満足のいく1日を過ごせて本当によかったです。


たった2,3時間勉強したくらいで大袈裟ですが、当たり前のことができるようになるのが幸せです。


それほどどうしようもない寝っぱなしの日々だったのです。


復学への自信もなくしかけていましたが、明日大学に行くのが楽しみだという時点で、恐らく大丈夫でしょう。


大丈夫じゃなくてはいけません。


ところで今日は、TOEICのリスニング問題と日本文学検定の勉強をしました。


リスニングはほとんど不正解。


ショックにはショックでしたが、英語自体から久しく離れていたので当然だと反省しました。


文学検定の方は、『源氏物語』に関する問題が多く出ていたので、読んでいるだけあって余裕!と思っていたら、記憶違いなどで何問か落としてしまいました。
リスニング以上にショックでした(笑)


こんなふうに、勉強の話を楽しくできることが幸せです。


昔は人より優るためだけに勉強にしがみついていましたが、


今は本当に、身に付けたいから、知りたいからやっています。


それだけに上手くいかないときは、悲しい気分になりますが、人は全能じゃないので。


人並みのこの頭をどこまで使い込んでやれるか試してみるだけでも楽しいです。


久しぶりにポジティブになれているのでブログを書きました。


私のブログに「楽しい」という言葉が、これだけ出てくるのも珍しいですね(笑)
今日はずっと本を読んでいました。


加藤周一著の『日本文学史序説 下』の残り50ページほどを読み終えたあと


穂村弘著『世界音痴』を一気に読みきり、


瀬戸内寂聴口語訳『源氏物語 巻六』に入ったところです。


『日本文学史序説』には上下共にかなり苦しめられました。


1冊500数ページで、きっと小説だったら訳ない量だったのかもしれませんが、これはもう…専門書?


同じ箇所を2度読んでようやくちょっと意味がわかる、みたいな箇所が幾つもありました。


私の拙い読解力では手強かったです。


スタンダールの『恋愛論』の次に手こずりました。


エンターテイメント作品ばかり読んでいれば、そうは感じないのかもしれませんが、


私には時々、読書が山登りのように思えることがあります。


読んだページが、残りのページ数を若干上回ったときの、微かな興奮や征服感。


そして何より、読後の達成感が、登頂のそれに似ている気がしてなりません。


とはいえ、小学生以来登山はしていないので、もしかしたら違うのかもしれませんが(笑)


そんな風に、山登りに例えるならば、この『日本文学史序説』にはかなりの標高があったと思います。


一文一文の意味を理解するのに必死で、残念ながらあまり全体的な内容は覚えていません…


おそらく、しっかり理解するためには漢文の知識と、マルクス主義の知識がなければいけなかったんだと思います。


とにかくそんな調子でしたから、読み終わったことがただただ嬉しかったです。


その後の、エッセイ集である『世界音痴』は、共感するところも多く、笑いの中にも本当に寂しい哀しさがある内容でした。


物凄く難しかった本の後の良いクールダウンになりました。


『源氏物語』は相変わらず、上品で優しい日本語で綴られていて、読んでいてホッとします。


先ほどすごく機嫌が悪かった時に『源氏物語』を手に取ったところ、


その優雅な世界観でイライラがスーッと治まったくらいです。


さて、3月になりました。


今日のように読書にだけ没頭する日も、もう終わりにしなければなりません。


復学に向けて、少しずつ勉強し始めようと思います。
今日はすごく、友達に申し訳ないことをしました。


私は今日、意地になって珍しく午前中起きていたのですが、


その反動で午後は12時から16時半まで四時間半爆睡。


なんとその間に友達が電車で私の最寄り駅まで来て、私に会わずに雪が酷かったためトンボ返りしていたのです。


私が彼女からの連絡に気づいたのは一時間半後。


焦ったどころの騒ぎではありません。


4年間の友情もこれで終わりかと消沈しながらも何度もメールと電話を繰り返しました。


すると、諦めかけた何度目かでアッサリ繋がり、彼女がまったく怒っていなかったことが判明。


その後は2時間ほどいつもの馬鹿話でひたすら爆笑しました。


この一部始終を、恋人に話したところ、


そんなことで本気で友情が終わると思ってたの?


と、呆れ気味に言われてしまいました。


でも私にはどうして彼女が怒らなかったのか


そこまで無駄な時間を過ごしてなんでアッサリしてたのかホントにわからなかったのです。


だって、多忙な彼女とニートの私では、1分1秒の価値がまったく違うのに。


もっというなら、恋人が私の相談に優しく乗ってくれるのも解せないわけです。


だってすごく、暗くていじけたことばかり相談していたから。


でも彼が言うには、
みんながそこまでしてくれるのは、〇〇(私)のことが好きだからだよ
とのこと。


だから一番の恩返しは復学してキチンと学校に行くこと。
学校に行けるようになれば俺だって嬉しいし、その友達はもっと嬉しいと思うよ。


と彼は言いました。


私は今まで、周りの人が自分に良くしてくれることに、すごく感謝をしていながら、


こんな自分になんで?


ってすごく疑問でした。


でも今日、友人の優しさや、彼の話でまた違う考えが生まれました。


私なんかに勿体ない。


そう卑下するところで止まっちゃいけないんだ。


私なんかに勿体ないと思うなら、彼らの優しさや親切に相応しい自分になればいいのだと。


私への優しさに対して、見返りを求めてる人はいないと彼は言いました。


それはとても有り難く幸福なこと。


それでもやっぱり、見返りとかじゃなく、感謝の気持ちを伝えたい。


それは決して"ありがとう"じゃ足りないから。


私の思う「真っ当な生き方」をする中で、元気に、そして強くなった自分を、支えてくれた人に見てもらえるように頑張ろうと思いました。