体調を崩したり元気になったり崩したりして過ごしていました。


2日は一日中英語とフランス語。


しかし宿題は終わらず。


フランス語、怖れていた通り難しくなってきました。若干、裏切られたような寂しさを感じます。
辞書を引くのに半端無く時間が掛かる…


3日…昨日は横浜に行きました。


横浜には何故か昔から原因不明な思い入れがあって、日本中の街の中で一番好きです。


が、前日というか当日?の夜中の3時まで友人の電話に付き合っていたため寝不足。


治りかけの風邪が振り返しました。


せっかく高校時代の友人と行ったのに申し訳ないほどのローテンション…


だけどポケモンセンターは楽しかったです。


新しく出たポケモン持ってないのに楽しかったです。


チラミーとエモンガを捕まえ…いや、買いました。


チラミーとか何タイプかも良く分かってないのに買いました。


エモンガって多分というか絶対モモンガですよね。


ピカチュウに始まり、ポケモンの電気系小動物って全部可愛いですよね。


ピカチュウ、プラスル、マイナン、パチリス


で、エモンガ。
…もっといたっけ?


実は実家はポケモンのぬいぐるみで溢れ返ってます。


それでも10年以上前に両親にもらった40㎝の等身大ピカチュウと、それと同じくらいの2,3年前に買ったピカチュウは神奈川まで連れてきてしまいました。


サトシ気取りで。


もうポケモンのぬいぐるみは買わないと思ってたのになー


あと、通学用鞄も買いました。


12600円が半額の6300円。


四角いだけの飾りっ気のない革のトートです。


オジサン臭いような。


でもそれがまた気に入りました。


オバサンになるくらいならオジサンになったほうがよっぽど良い。


なんて言いながら昨日はアデルみたいな格好をして歩いていましたが。
あっという間の二泊三日でした。


いつも実家に帰ると、好きなだけお酒を飲ませてくれるのですが、いっぱい買ったのに結局缶チュー1本しか飲みませんでした。


というのも、イカそうめんの食べ過ぎで、ずっと胃が膨らんでいる感じがしていたからです。


帰省中、死ぬほどオタク従弟の長話に付き合わされてゲンナリしました。


けいおん!!の主題歌やらキャラソンやらいっぱい聴かされました。あずにゃんかわゆす。


昨日の夜は、従弟が引き上げた後、一人で中学時代の作文を読んでいました。


中学のころは、獅子王みたいな学年主任の女の先生が、何かと目を掛けてくださって、作文なんかも大分指導を受けていました。


その先生の七光りなんでしょうが、中2,中3と、地元の超小規模作文コンクールで特選を獲ってきたという過去の地味な栄冠(笑)


その受賞作を改めて読んだのですが…


中2のはまだ、拙さや少女っぽさが随所に伺えるものでしたが、中3のとなると


自分が書いたのか疑わしいような


多分、当時の私は今よりよっぽど語彙が豊富だったんだと思います。


今の私が大学に出してるレポートなんかよりずっと出来上がったものでした。


そして、今の私よりずっと、自信に満ち溢れた文章でした。


本当に書くことが好きで、そして自信があったんだと思います。


自分がそういう人間だったということを久しぶりに思い出しました。


あの頃の自分は、自分の将来は書くことを職にする以外有り得ないと頑なに信じていました。


今は教師か学芸員か…とか言ってるけど。


変わるもんですね。


余談ですが、明日大学の友人にディズニーシーだかランドだかに誘われました。


金欠と風邪とを理由に断りました。


断ったらメールの返事が来なくなったっていう…


私は、お金があるなら近場で一人で買い物をする方がずっと幸せです。


それっておかしいのかな。


って母に言ったら、


どの友達でもそう思う訳じゃないでしょ?


って言われました。


さすが母親は的を射ている。


大学の友達は、イイ人たちばかりなのに、大学で会えればソレで満足なのはどうしてでしょうか。


明日明後日と、塾も何もない日が続いてて、今日は今日でアイドルに会える。


私の日常はそれで幸せです。


ただ、3日に横浜行くなら淵野辺まで独力で来てくださいゆいちゃん。
帰省中。


電車で『人間失格』を読んでいました。


一昨日くらいから読んでいるのですが、山田詠美の本と違って自分のペースで読めます。いつでも中断できる。だからといって面白くないわけではまったく無いです。


太宰治ファンは、ほとんどがこの作品を読んでいるはずです。


太宰治に惚れる理由が、わかる作品です。


『走れメロス』や『竹青』しか読んだことがないのに太宰治を否定するのは間違いでしたね。


芥川龍之介と並ぶ、「女にモテる文豪」ですが、それは太宰治の端麗な容姿だけでなく、この作品の中に太宰治を見出だす人が多いからではないでしょうか。


『人間失格』の主人公・葉蔵は、作中でも「女に惚れられることが多々ある」というようなことを自分で言っていますが、確かに惚れそうです。


その女を引き寄せる性質が、演技であるとわかっていても、そこがまたそそる。


そんな感じです。


まだ半分ほどしか読んでませんが。


また、この本の売り文句に


この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本は二分される


的なものがあったと思いますが(たぶん新潮文庫)


私は、そうでない方の人間です(笑)


文学を学ぶ者としては、この主人公の影に共感することができる方が「それっぽい」のかもしれないですが、


私には彼の気持ちがまったくわかりません。


私は、彼の道化も見抜けずに、下手な短歌を50首も載せたラブレターを送り付ける哀れな女サイドの人間です。


純文学作品の登場人物によくある"高尚な影"(例えば『こころ』のKとかの影)を、文学に生きるものなら共感し、理解しなければならないのでしょうか。


私は、それを理解するにはあまりに凡庸な人間です。


向いてなかったのかな、と思ったり…


でも解らないから読むんだろうと思います。


世の中の殆どの人はそうやって、読みまくって自分なりの文学を修めるんだろうなって、勝手に信じています(笑)