帰省中。


電車で『人間失格』を読んでいました。


一昨日くらいから読んでいるのですが、山田詠美の本と違って自分のペースで読めます。いつでも中断できる。だからといって面白くないわけではまったく無いです。


太宰治ファンは、ほとんどがこの作品を読んでいるはずです。


太宰治に惚れる理由が、わかる作品です。


『走れメロス』や『竹青』しか読んだことがないのに太宰治を否定するのは間違いでしたね。


芥川龍之介と並ぶ、「女にモテる文豪」ですが、それは太宰治の端麗な容姿だけでなく、この作品の中に太宰治を見出だす人が多いからではないでしょうか。


『人間失格』の主人公・葉蔵は、作中でも「女に惚れられることが多々ある」というようなことを自分で言っていますが、確かに惚れそうです。


その女を引き寄せる性質が、演技であるとわかっていても、そこがまたそそる。


そんな感じです。


まだ半分ほどしか読んでませんが。


また、この本の売り文句に


この主人公は自分だ、と思う人とそうでない人に、日本は二分される


的なものがあったと思いますが(たぶん新潮文庫)


私は、そうでない方の人間です(笑)


文学を学ぶ者としては、この主人公の影に共感することができる方が「それっぽい」のかもしれないですが、


私には彼の気持ちがまったくわかりません。


私は、彼の道化も見抜けずに、下手な短歌を50首も載せたラブレターを送り付ける哀れな女サイドの人間です。


純文学作品の登場人物によくある"高尚な影"(例えば『こころ』のKとかの影)を、文学に生きるものなら共感し、理解しなければならないのでしょうか。


私は、それを理解するにはあまりに凡庸な人間です。


向いてなかったのかな、と思ったり…


でも解らないから読むんだろうと思います。


世の中の殆どの人はそうやって、読みまくって自分なりの文学を修めるんだろうなって、勝手に信じています(笑)