近頃、ホントにもうダメかもしれない、と思う。


近頃というかもともとがそういう性格なのだけど。


いつだって、もうダメかもと思うとキリがない。


どこまでも落ちていって自分では絶対に止まれないといってもイイ。


いつも誰かに甘えて引っ張りあげてもらって、


その誰かは大抵決まっている。


決まっていてはいけないと知ってはいながら。


もう誰だって疲れているだろう。


引っ張っても引っ張ってもすぐに落ちていくもんだから、意味のない行為だと思うだろう。


そうして離れていくだろう。


人は、誰とだってずっと一緒にはいられないんだ。


いま、一緒にいるということは、


いつか、バラバラになる日が来るということ。


わかっていても、大事な人とほど一緒にいようとするでしょう。


だから大事な人を端から端まで失ってしまうでしょう。


いつも、あんまり近づくべきじゃないのにって思う。


一緒にいたいなら離れておくべきだと思う。


留まっているために走り続けるように。


そんなの何回、何人分、痛感すればいいんだろうか。


学習しないなぁ。

気づいた。


誰かに言いたいけど
誰にも言うつもりはない


こういう痛みはしまっておこう。
みんな待って。


早足過ぎる。


後ろには暗い黒い影。


順番なんて気にしないつもりでいたのに


私はなかなか光の中に出られなくて。


焦ってみたり妬んでみたり、


立ち止まったまま気持ちだけがぐるぐるしている。


しあわせってどういうことを言うの。


女に産まれたからには、


命を繋ぐことをいうのかな。


夢を叶えること即ち幸せだと、初めて夢を抱いた日からずっと変わらないイコールが


歳を取った今、崩れかけている。


愛されること、家庭を持つこと、子供を持つこと。


かたくなに認めなかったけれど、


そういう"しあわせ"を私も夢見ている。


そして恥じている。


私はそういう女の子じゃない。


そう言い続けて生きてきた今までがあるから。


人として生まれたからには、自分の理想の自分を手に入れたい。


理想を追い求めて追い求めて、そのさきに何もなくて狂ったとしてもそれも本望。


ずっとそう思って生きてきた。


オヨメサンを夢見ることも、オカアサンを夢見ることも、ずっと禁じてきた。


だけど。


理想を追い求めているはずなのに、この空っぽ感はなんなの?


どうして毎日


しあわせになりたい


って思うの。


同い年の女の子が、母になる喜びを語り出す。


至上の幸福だと。


私にはそんな未来見えないよ。


世界中の女の子が家庭に入っても、自分だけは理想を求めて孤高でいるつもりでいた。


無い物ねだりをしないための予防線だったのかな。