「病は気から」と言いますが


気にしすぎで本当に寝込んでしまいました。


喉のイガイガを気にしていたら、気にしすぎて喉が痛くなり、


風邪を早く治そうと昼食をたくさん食べたら食べ過ぎてしまい、


気持ち悪くなったらどうしようと思ったら本当に気持ち悪くなり、


もし吐いたら過呼吸になるかもしれない、と思ったら吐いてもないのに過呼吸になりかけました。


嘔吐は私の三大恐怖の1つです。


寝込んでしまったので勉強もせず、友達から借りた漫画をひたすら読んでいました。


もう本物のニートになってしまった。


こういう「気にしすぎ」ってどうしたら治るんでしょうか。


今現在も喉がイガイガしていて、来てもいない吐き気に怯えているので今にも吐き気が本物になりそうです。


でも、気にしすぎるあまりに現実になってしまうってことは、イイことも念じすぎるくらい念じれば本当に起きるかもしれない…
と、ふと思いました。


珍しく建設的(笑)


人間誰でもそうかもしれないけど、「~な気がする」「~になるかもしれない」と思うことって案外本当に実現したりしますよね。


人間関係もそうで、


この人とは後々こうなるかもしれない。


と思うと本当にそうなります。友達にしろ恋人にしろ。


恋なんかは特に、絶対叶わないと思ったら本当に叶わないし。


小さい頃の作文コンクールなんかも、獲れるかもしれない、と思う作品しか入賞しませんでした。


だからもしかしたら、何が言いたいのかというと…またいつもの話なんですが、


学芸員になれるかもしれない、と思ったらなれるのかなって…


この「なれるかも」には、必ずそれなりの、それなり以上の努力をするつもりですが。


言いたいのは、努力のプラスαとして


なれるかもしれない


っていう"念"が有効だったりするのかなって話です。


学芸員という言葉で思い出しましたが、


先日、友達に、大学に戻っても新しい友達を作る気はないと宣言しました。


これは本当にネクラな宣言ですが、友達が要らないってわけじゃなくて


誰とも無理に友達になろうとしない


って意味です。


学芸員に本気でなるなら、そういう人間関係に気を揉む暇は無いし、


むしろそういう覚悟をしないと、後々夢が叶わなかったときに、全力で挑んだ気がしないような気がします。


わけわかんないけど、楽しい女子大生ライフ(たくさんの友達とか女子会とか)を望んだら私は勉強できなくなってしまう気がして


あぁまた「気がして」なんて言ってるけど、1年の時は実際そうでした。


本気の勉強と、ウワベの付き合いは私は両立できません。


本気の人間関係となら、勉強も両立できるけど。


中高はそうでした。


そんなワケわからない屁理屈で生きてるもんだから、この年で友達と言える人は片手分もいないけど、


その片手分以下の友達は、一生付き合いたい友達です。


そして、一生付き合う"気がする"友達です。


"気がする"んだからきっとそうだよ。ねハートなかぬんさんハートハート


今日は、病とも言えない病の中で、そんなことを考えていました。
今日は、大好きな古典の先生に叱られる夢を見ました。


しかも、今の現状を叱られてる夢で、


「みんなが支えてやってんだからしっかりしろ!」


みたいなことを言われました。


もう起きると共に落ち込みましたね。


最近は勉強を始めて、勉強してること自体の安堵感と、勉強がわからない自分へのイライラを抱えながら生活しています。


昨日もフランス語をやっていて、あんなに完璧に覚えていたはずの動詞の活用をすっかり忘れ去ってる自分にかなり腹が立ちました。


語学と並行して、自分の将来に必要な"気がする"雑学もやっています。


本当に必要なのかどうか、今の時点では全然見当がつかない物を学ぶのは、好きな物だとしても疲れてきます。


それ以上に、好きな物なのになかなか覚えられないというイライラ。


私は本当に、物覚えが悪いのです。


「博覧強記」は、私が一番憧れる四字熟語です。


ちなみに好きな四字熟語は「真実一路」です(笑)


私の尊敬する古典の先生(先述の夢に出てきた先生)は、まさに博覧強記を擬人化したような人。


国語の知識だけじゃなく、六道のことやカエサルのことまで、深く知っていて


授業ではそれらの雑学を私たちに大変面白く話してくれました。


私の将来の夢は、学芸員とか教師とか、文筆業をしたいとか、決して断固たるひとつのものに絞れてはいないけど


とにかく彼のようになりたい。


「博覧強記」が似合う大人になりたいのです。


以前、小学生の従妹に


宿題じゃないのになんで勉強してるの?


と聞かれました。面倒だったので適当に


物知りになりたいからかな。


と答えました。


適当だったけど、案外本音がポロッと出たのかもしれません。


私は楽しい生活を送っているわけじゃないけど


なんの目的もない空っぽな生活を送っているわけでもないのかもしれません。


最近始めた勉強も


今まで善行のつもりでしてきた読書も、


古典の先生を追い掛けてしてきたことなんだと、つくづく思います。


家にこもりきりの生活でも、空っぽにならずに済んだのは、目標となる人がいるから。


なんかまとまらなくなってしまったけど、


そしてもうこんな話、何回も書いた気がするけど


まぁとにかく


密接な師弟関係じゃなくて
完全な私の"片想い"だけど


追いかける背中があることは、ありがたいことだなと思いました。
今日、高1の従弟が鎌倉に遠足に行きました。


家族に鳩サブレー
私に鳩三郎のチャームを買ってきてくれました。


私は家では「超たかり屋」で通っているので、従弟にも遠足の何日も前から


「鳩サブレーグッズほしいー。鳩サブレーグッズほしいー。本店行ってきてー。」


と、執拗におねだりしていました。


でも彼は、欲しいライトノベルや観たい映画、彼女のクリスマスプレゼント等々今月は大出費・大赤字必須なので、


「おめーに土産買ってくる金なんかねぇよ。なんでお前みたいな人間の屑に土産やんなきゃならないんだよ。」


と私の我儘を断り(というか罵り)続けていました。





結局鳩三郎買ってきてくれました。


やったぁ。


早速ケータイに着けました。


昨日は叔母の部屋でひょんなことから叔母と深い会話になり、私がメソメソ泣いていたのを彼も見ていたので


気を遣ってくれたのかな


と。


レシート見たら鳩三郎、500円もしました。


自分じゃ絶対買わない(笑)


金欠の従弟にも500円は痛い出費だっただろうに、小学生の実の妹を差し置いてハタチにもなって「たかり屋」をしてる哀しい従姉にお土産をくれるなんて。


オタクで内弁慶だけどイイ奴。


何日か前に従弟の悪態に傷付いてるなんて話を書いた気がするけど


実はいざと言うときは味方になってくれたり、日常生活の中でも我儘を聞いてくれたり色々手伝ってくれたり


なかなか優しいヤツなのです。


むしろ、やたらからかったり悪戯したり、邪険にしてるのは私の方かも。


でも彼も、いざというときは私を頼ってくれます。


姉弟ってこんな感じなんでしょうか。


実際、私は時々ヒトから、
「弟がいそう」
といわれます。


一人っ子ですが。


小さい頃から兄弟がほしいって言っていましたが、似たようなものがとっくに居たんだな、と思います。


弟のような従弟
母のようでもあり姉のようでもある叔母


彼らに囲まれて、私は一人っ子らしくない一人っ子かもしれません。


でも一人っ子らしい我儘なところはしっかりありますので、来年の従弟の修学旅行に向けて今から「パンダチョコレート」をおねだりしています。