今朝、いつもより大きめな地震がありました。
ペットの猫たちにご飯をあげてから二度寝しかけているときでした。
大きな揺れがあり、真っ先に考えたのは下階でご飯を食べているであろうペットの猫たちのことでした。


しばらくすると、同じような大きな揺れがまた訪れました。
私は下階に駆け降りました。
真ん丸い目をしたガブリエルとクレオパトラが、ダイニングのテーブルの辺りで小さくなっていました。


長女猫ガブリエルに初めて出会ったのは半年前。


その数日後には次女猫クレオパトラを母がたくさんの傷を作りつつ捕まえてきました。


どちらの猫も元野良だけあって、ペットショップで売っている猫より遥かに見劣りします。


だからこそ、美しくたくましく育って欲しいという願いを込めて名前を付けました。


ちなみにガブリエルは、大天使ガブリエルではなく、『デスパレートな妻たち』のガブリエル・ソリスから取りました。


同い年の親戚が身ごもり、私にも子供ができたらいいのにとボンヤリ思っていたところに猫が拾われてきました。


アニマルセラピーになるかもしれないから飼いたい。


こんな理由をこじつけて、無理をいって飼わせてもらうことになりました。


自分が精神科通いをしていることを、私欲のために利用したのは後にも先にもこの時だけでした。


猫を飼ったその日から、家族の中で私の役割は猫のオカアサンになりました。


たかがペットを飼っただけでオカアサンなんておこがましいと思う一方で、母親の真似事ができることが嬉しくもありました。


自分も同い年の親戚のように、自分以外の命に責任を持ってみたかったのです。


あれから半年。


今日の地震で、オカアサンの意味が少しわかった気がしました。


揺れたとき、猫を何とかしなきゃというより、ただ猫のことしか考えられなくなりました。


揺れが去ったあとも、自分が猫を連れて避難する姿を何度も何度も空想しました。


生き延びる保証があるなら野に放ってもいいと思いました。


猫と一緒にいたいから大事にしたいというより、
どうであれとにかく猫の命だけは守りたいと思いました。


守るものがあるとはどういうことか、わかった気がしました。


周りの人は、猫を可愛がりすぎだと笑うけど


可愛いんじゃなくて


できるだけ長く元気でいてほしいんです。


こういう気持ちが飼い主の気持ちなのか、オカアサンの気持ちなのかはわからないけれど、


何しろ私には初めての気持ちでした。
globeを聴いていたら寂しくなってきたので、そろそろ読書に移ろうかなと思っています。


もちろんglobeが悪いとかでは全然なく、ただ私の中でglobeは冬の冷たくなった指先のイメージがあるのです。


幼い頃、母がよくカーステでglobeを流していたので、冬の凍えるような車中の思い出がglobeによって呼び覚まされるのだと思われます。


読書か睡眠かの毎日を送っている私が今読んでるのは志賀直哉の『暗夜行路』です。


まだ前編の第二の始めですが、この静かな静かな雰囲気が好きです。


この人の文章は、どんな場面を書いていても静かな気持ちで読める。


高校の教科書で読んだ『城の崎にて』の文体を非常に気に入り、以来志賀作品に興味を持っていたのですが、芥川や三島にハマり、また『源氏物語』を読み始めたりもしていたためになかなか手が出せずにいました。


次に読む志賀作品は短編、と思っていましたが、『暗夜行路』を大切な人からプレゼントしてもらったので、思いきって志賀長編の世界にダイブしました。


ダイブした海は凪いでいました。


つらつらと大人しい文体によって貫かれる強い自己肯定。


好きな世界です。


三島は荘厳なクラシックを聴いてる気分になりますが、


志賀は…なんていうか、風の音みたいです。


他の白樺派作品もそうなんでしょうか。


未読の本をどんどん溜め込んでいるうちに、友人から


読書家気取ってんなよ!


と突っ込まれました。


あまりに的を得た指摘で、ショックもなく、逆に嬉しくなりました。


私の文学生活、まだまだ入口か。
出口はずっとずっと先か。
と。


真の読書家になる途上で、次々に気になる文筆家が浮かんできます。


最近気になるのは太田光さんのエッセイと、石原慎太郎さんの『太陽の季節』。


読書家のみなさん、水先案内お願い致します。
今日は誰からも連絡の無い静かな一日でした。


眠っていたら夢を見ました。


中3のときの担任の先生と
高3のときの副担任の先生が出てきました。


高校卒業祝いの面談という、有りそうで有り得ない設定でした。


彼らの話を聞きたいのに、右耳が聞こえなくて焦っていたら、右耳を下にして眠っていたことが目を覚ましてからわかりました。


最近はまったく勉強をしていません。


せめて読書を、と思うものの、『源氏物語』に入ってからなかなか進みません。


いつも一緒に過ごす従弟家族も、叔母の誕生日で出掛けているので今日の私は一人きり。


一人と二匹でずっと眠っていました。


こんな私を世間はどう見るのだろう。


こんな私が世間の目に触れることはないけれど。


中学、高校、そして今。
年々"輝き"が失われていく気がしてなりません。


作文や漢検で褒められて、3年では生徒会役員になり、卒業式では名も知らぬ後輩に私物をせがまれた中学時代。


成績上位者名簿に固執して猛勉強し、先生方からは友人のように接してもらっていた優等生だった高校時代。


ニートで成人式を向かえた今の私。


こんなはずじゃなかったとは思いません。


やっぱりこうだったのかと思います。


お医者様に先日、「夢は持たない方がいい」と言われました。


身の程を知らない夢を描いて、精神を病んでしまう人が多いと仰っていました。


私も。


作家やら学芸員やら教師やら、夢ばかり多くて動けない。


苦しむ根性はない。


だから私は今の私。


できる範囲で、平凡に生きていけば良いんだと言われると未だに悔しいけれど


もうスーパーマンにはなれないことを知らなきゃいけない歳は、実はとっくに過ぎていて。


往生際の悪い自分に呆れ返って眠くなる。


なにもしていないから、こんな暗いことばかり考えるのでしょうか。


苦しい努力ができるなら、夢を見てもいいとしたら、私にはまだチャンスが残っている。


復学がそのチャンスだと思いたいです。


なんだか、読み返したら恥ずかしくなる類いの文章になってしまったので、唐突だけれどここで終わりにします。


寒さと雨と、静かさのせいにさせてください。