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旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

よそのブログで、「本当なら今年の年末は…」という書き込みをいくつも見る季節になりましたんで、私も書いてみる。

 

年末と言うか、前の春からね。

 

本当なら今年のゴールデンウィークは、スコットランドのシェトランド諸島に行くはずだった。チケットも手配してもらっていた(けど、お金のかからないうちにキャンセル)。去年はオークニー諸島に行ったので(諸島に行ったというか、メインランドにしか行ってない)、今度はシェトランドにと行こうと。しかし、去年オークニーまで行ったんなら、ついでにシェトランドにも行けば良かったという気がしないでもない。ついでと言う距離ではないけど、わざわざ北まで行ってたんだからさ。

 

 

ただ、初めてのスコットランドなので、やっぱりハイランドにも行きたい、エディンバラにも滞在したいと思ったんだよね。楽しかったから後悔は全くない。ああ、ヘブリディーズ諸島にも行きたいねえ。

 

 

そして本当なら、夏休みにはベラルーシに行くはずだった。

 

まあ、前にも書いた通り、着いたとたんに大統領選挙で大混乱に陥っていて、もしかしたら観光どころじゃなかったかもしれないと思いますが。それにしても、ルカシェンコ大統領、粘りますね。もうあれで退陣するだろうと思ったのに。

 

 

そして本当なら、この年末年始にはエチオピアに行くはずだった。東京とアディスアベバの間に直行便ができたと聞いたので、良いきっかけだと思いましてね。もちろん関空⇔ドバイ⇔アディスアベバでも行けるんだけど、どうせなら乗り換えが国内の方が安心なので。特に帰り。帰国便が遅れても、着くのが東京なら、夜行バスなり早朝の新幹線なりで大阪まで戻れる。

 

エチオピアのラリベラには12世紀のキリスト教の宗教施設の遺跡がある。これが見たいんだ!

Giustino - https://www.flickr.com/photos/86497274@N00/38849107/, CC 表示 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=414906

 

エチオピア正教の教会も見たい。古都ゴンダールや城塞都市ハラールも訪れたい。地球の裂け目、大地溝帯も見たい(アイスランドのは見た。あと地上ではアフリカ東部でしか見ることができないのよ)。火山地帯の奇景も素晴らしいし、大きな滝もある。そして田舎の小さな村をホッピングしたい。

 

エチオピアと言えば、3年前に、 エチオピア最後の皇帝ハイレ・セラシエ1世の曾孫にあたる男性がニューヨークの一般女性(つっても上流階級)と結婚したのがニュースになっておりました。英語ニュースではやたらと「ソロモン王の直系がアメリカ人と結婚!」と強調されていた。(エチオピア王家のソロモン朝は、その名の通り、開かれた当初よりソロモン王とシバの女王との間の子供の末裔を名乗っている)

 

ちなみにハイレ・セラシエ1世は軍部のクーデターで廃位され、それを機にエチオピアは帝政が廃止され共和国となりました。でも外国に亡命している旧王族はエチオピア帝冠評議会なるものを設立して王政復古を狙っているそうです。エチオピアに戻って、イタリアのサヴォイア家みたいな存在となる流れにならないのかな。ハイレ・セラシエ1世はめっちゃ評判悪かったし、無理かしら。

 

どうでもいいけど、その曾孫の人、大塚製薬のアメリカ法人にお勤めだそうで。知人に大塚の社員がいるんでこの話をしてみたら、「知るかw」と返事が返ってきました。

 

 

ともかく、今年の冬休みは土日と祝日の並びが良くて、無理しなくても長いお休みにできたんだよ。移動に時間をかけてでも行きたいところを周れる、絶好のチャンスだったのになあ。

 

仕方ないので、その長い冬休みを使って、去年の夏のウイグル旅行や、蘇州・上海旅行、犬山、伏見、尾道などなど、まだ書けていない旅行記を片付けていけたらいいなと思っております。(ウイグル旅行を終わらせるのがせいぜいだろう)

 

先日、ここ数年会っていない友人とオンラインでお喋りしました。会おうと思えば会える距離なんですけど、なかなか機会を作れずにおりまして。彼女はコロナ禍によりオンラインで仕事をするのが必須となってよく使用するようになったそうで、ではぜひ(オンラインで)会いましょうという話になったの。この状況下でむしろ会う機会ができたってわけだ。

 

彼女も私と同年配なので、最近体にガタが来て…てな定番の話にもなりました。二人とも五十肩だの帯状疱疹だのを経験しております。どっちも私は軽症だったのねと思わされる恐ろしい体験談を聞きましたよ。

 

五十肩は、彼女は肩の高さ以上には腕が上がらなくなったって。背中にも手が回せない。完治には8ヶ月を要したと。私は腕をぐるぐる回すこともできましたからねえ。ただそれやると痛いってだけで。

 

帯状疱疹は、私は何か脇腹の辺りに鈍痛がするなあと思っているうちに皮膚に6つの小さな発疹ができ、脇腹の痛みの方が気になって職場近くの委員で受診したら帯状疱疹であると判明したってレベル。受信後に痛みの種類が変わりましたが、まあ、我慢できないほどでもなく。

 

 

 

しかし彼女の場合、帯状疱疹を発症したのは、海外出張に出発した飛行機の中だったそうです。考えたくもないタイミングだわ…。それもフライト中に急激に劇症化したそうです。文字通り帯状に夥しい数の発疹ができ、数十本のキリで突かれているかのような鋭い痛みが絶え間なく襲ってくる。あまりの激痛に一睡もできなかったって。

 

私 「お医者様はいらっしゃいませんかって呼びかける場面…」

友 「いや、そこまではしなかったんだけど。乗り換え空港にクリニックがあるだろうと、それだけを心の支えに耐えた」

 

乗り換え空港には彼女の読み通りクリニックがあり、診察を受けて、処方されたお薬を空港内の薬局で買えたそうです。「今すぐ飲んでください」と渡されたって。大きなハブ空港だったのが不幸中の幸い。田舎の小さな空港だったら、学校の保健室程度の医療設備しかなかったかも。

 

機内で熱を出したことくらいならありますけど、こんな修羅場は経験ありません。経験したくもない。こんなの予防もできないし、恐ろしすぎる。出張準備の疲れとストレスがきっかけだろうと彼女は言っておりましたので、敢えて言うなら、予防としては普段から体に無理はかけないようにする程度か…。あとは空港に着くまでの間苦しまずにいられるよう、鎮痛剤を持っておくとか?

 

ところで、アメブロのハッシュタグの中で、「帯状疱疹」って公式ハッシュタグになってます。それだけ、帯状疱疹について語っている人が多いってこと。身近な病気なんだよなあ…。

 

少し前の記事で、「食べ物の恨みは怖い」という言葉が嫌いだと書きました。

https://ameblo.jp/10dermoon/entry-12636953756.html

 

抜粋しときますと、

 

「余談ですが、こういうことを言うとすぐ「食べ物の恨みは怖いですねえ」と笑う人がいるけど、私はそのセリフ、大嫌いなんですよね。食べ物は、それ自体を嗅覚や味覚で味わうだけのものじゃない。美味しい食べ物や飲み物が与えてくれる幸福感や、リラックスできる楽しい時間を台無しにされたら、嫌な気持ちになりますよ。言う側が笑っているならともかく、嫌な思いをしたという話でさえ笑い話としてしか聞かない人がいるのは何故なのか。

 

と言うか、もっと重要なこととして、人が気分を害したことを面白がるのは無神経で無礼でしょう。なのに、なぜか食べ物がらみであれば笑っていいと思うのか。「使うのを楽しみに揃えたアクセサリーを全部友達に取り上げられた」と怒っている人を笑ったりはしなくても、「自分で食べようと買っておいたお菓子を全部友達に取り上げられた」と怒っている人が相手なら「おお、怖い怖い」と喜ぶ。そしてそれに抗議すると「食い意地が張ってる」と更に面白がって笑う。食べ物がらみなら相手の気持ちを軽んじて良いと思い込んでいるアレ、何なんですかね。」

 

食べ物ネタなら笑い話にしても良いと思う人がいる理由って、つまりこう↓いうことでは?

 

 

1.飲食が幸福感や楽しみを与えるなんて考えたこともない。食べ物はそんな大したものではないと考えていて、相手の怒りを「大げさだ」と感じている。

2.「食べ物に執着を示すのは卑しいことだ」との考えから「食べられなかったことに対して怒りを表すのはみっともない、恥ずべき行為」と考え、「だから嘲笑の対象とするのは当然のこと」と考えている

 

いずれにしても、アレを言えてしまうのは「怒るのはおかしい」と考えてるからであって、それはつまり、他人の感情を否定したり軽んじたりしているってことなんだよな。

 

念のため改めて書いときますと、食べ物トラブルを語る側が笑い話だとして語っているなら、充分アリのセリフだと思いますよ。楽しい会話になるでしょう。「楽しみにしてたのに全部食べられとってん!むかつく!」 「食べ物の恨みは怖いねえ」 「そうやで怖いで、ホンマ許さん!」 みたいなノリで。

 

でも、そうじゃない、嫌な思いをしたとか悲しかったとか、そういう話をしようとしている人に対しても、ネタが食べ物だってだけで条件反射のように「食べ物の恨みは怖いねえ 笑」と言ってしまう人は、その人が元から相手の気持ちを軽んじているからなんだろうってこと。

 

相手の感情を軽んじているから、「食べ物のような 些細な/卑しい こと、怒るようなことじゃないだろ」と否定する。そもそもそれを言う必要があるかって話でもあるけど、言うに当たって、からかいの意図を明確に含んでいるセリフを使うのがポイント。敢えて相手の気持ちを逆なでする方法を選んでいるわけだ。

 

わざわざ相手を嫌な気持ちにさせる言葉を選ぶのは、よほど相手を嫌いだとか馬鹿にしているとかでなければ、それを大したことではないと思っているからですよね。「怒るほどことじゃない」と思っているのと地続きで、「お前の気持ちを否定することは大したことじゃない」と思っている。

 

ああ、だから私はこの言葉がこれほど嫌いなんだな。

 

私は、「お前が●●されて▲▲と感じるのはおかしい」とか「お前は■■されたら◆◆と感じるべきだ」と押し付けられるのが、反吐が出るほど嫌いなので。

 

母が他界した時に、同僚が心からの善意で、私が嫌がることを押し付けてきました。どんなに嫌だと伝えても「でもそれじゃ私の気持ちが済まないの!」。自分の気持ちやそう思う理由を説明しても「なんでそんな風に考えるのおぉぉぉ~~~!?」。最後まで彼女は自分がいいことをしたと思っていたし、私は彼女に感謝すると思い込んでいましたよ。言葉の通じなさに疲れ切って静かに離れましたが、私は彼女を一生許さない。私にとっては大地雷なんですよ、「良かれと思って」とか「悪気はなかった」とか。そして、その元となるのが、「お前はそう感じるべきではない/こう感じるべきだ」という、自分の価値観や感情を基準にして相手の行動どころか感じ方まで強制的に変えようとする傲慢さでしょう。

 

「食べ物の恨みは怖いねえ」はそこまで深刻なネタではないと思うけど(個人的にはね)、自分を基準にして相手の気持ちを軽んじていることに変わりはない。軽んじているからこそ、相手が気分を害しているのが面白くてたまらない、からかって更に笑おうなどという無礼千万な態度に出られるわけでしてね。

 

面と向かって「お前の怒りは笑いのネタだ」と表明されたら、相手の思惑通りに冗談にしてしまうしかないと感じる人もいるでしょ。このセリフには「食べ物に執着してみっともない、恥ずかしい」という要素も入れてあるから、抗議すればするほど笑われるようにできている。相手の気持ちを軽んじる傲慢さと「食べ物なんかで」という価値観が組み合わさって、パワフルなセリフになっているんだよな。
 

こういう話をすると「え~、考えすぎでしょ~。あんな言葉、いちいちそこまで考えて使っている人いませんよ~」とか呑気なことを言う人もいるんだよね。そりゃもちろん考えていないでしょうよ。正に考えなしに使っているんですよ。そして、考えていないから自覚もないんですよ。自覚がないから相手が「貴方の言葉で嫌な思いをした」と抗議しても「は?なんでこっちが悪いことにされてんの?そんな風に感じるそっちが悪いんだろ」としか思わない。悪気のなさは自覚のなさ。相手を軽んじて冗談にするってのは、相手を黙らせるのによく使われる手法です。自覚すべき。

 

前にも記事にしたことがあるんですが、Fucking村、とうとう改名しちゃったそうです。

 

 

オーストリアにある「Fucking(フッキング)村」が、来年1月1日から「Fugging(フッギング)村」に名称を改めることになった。村の標識が特にソーシャルメディア上で笑いものになっていることに耐えられなくなった住民たちが、11世紀から続くともいわれる村名の変更をとうとう決断した。

 フッキング村は首都ウィーンの東方350キロにある。26日に公開された村議会の議事録で、村名変更が明らかになった。

 村には近年、入り口の標識前で写真を撮るため立ち寄る英語圏からの旅行客が増加。中にはわいせつなポーズで写真を撮影し、ソーシャルメディアに投稿する事例もあった。標識が窃盗被害に遭ったこともあるという。

 だが、村民の多数決で決まった改名を誰もが歓迎しているわけではない。地元紙には、「最近の人たちはユーモアのセンスを持ち合わせていないのか?」と嘆く読者の声が掲載された。

「ただで宣伝してもらっていたんだ。面白い村名であることを喜ぶべきだったのに」という投書もあった。

 ちなみに、フッキング村近郊の国境を越えたドイツ・バイエルン(Bavaria)州には「ペッティング(Petting)村」がある。(c)AFP

 

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近くにはOberfucking 村やUnterfucking村があるけど、そちらは今のところ改名する予定はないんですって。
 
 
私が書いた記事はこちら。ほぼ10年前か~!

 

名前を卑猥なジョークのネタにされるだけでも嫌な思いをしていただろうし、おまけにイタズラ電話だの標識の盗難だの無礼な記念撮影だの、そりゃ耐え難いですよね。

 

私も面白がってビールを取り寄せて飲んだりしていたので、あまり人のことは言えないのですけど。

 

 
 
 
日本でも近畿大学が同じような対応を余儀なくされていました。

 


「日本語と英語は違うんだから堂々としてりゃいいんだ」という意見も、「大学の知名度が上がるんだからいいことじゃないか」という意見もありましたが、学校としては品位を損なうような名前での認知されたくはないってところだったんでしょうね。たとえ日本の地名だとしても、その名前のせいで留学をためらう人もいるかもしれないという恐れもあったらしい。もっとも、英語圏の若者の間で「Kinki University」とロゴの入った大学のTシャツが人気だったりしたらしいので、ノリの軽い子ならむしろ留学したいと思ったかも。でもまあ、大学側の気持ちもわかる。

 

北欧に行った時、ストックホルムからオスロへ行く電車で隣の席に座ったフィンランド人の女の子と喋っていて名前ネタになり、前首相(エスコ・アホ氏)の苗字は日本では愚かと言う意味だと教えたら大爆笑していました。やはり若い人はこういうネタが好きよね。
 

竹下さんもアルファベットで綴ると、最後の a を書く前に「え?」って顔をされることがあるらしい。「take shit」は「侮辱、横暴、罵倒を甘受する」みたいな意味です。相手のふるまいに我慢できなくなった時に「I don't take shit from you anymore」とか、否定文で使うことが多い。ちなみに takeshita を並べ替えて take a shit にすると大きい方の用事を足すという意味になります。

 

逆に日本語的にちょっと可笑しくなるような名前としてはバヌアツのエロマンガ島とか、オランダのスケベニンゲン(ちゃんとした発音だとスヘフェニンゲン)が代表格でしょうか。あと、スペイン語で牛はヴァカ、ニンニクはアホなので、バカのアホ炒めを作れると日本人旅行者大喜び。

 

まあ、日本語で妙な意味合いになったところで、大きな問題にはならない。やはり英語で特別な意味を持ってしまうと、面倒くさいことになるようです。

 

ちなみに私の苗字は、ある言語のある単語(名前にも使う)に、そっくりなのです。その単語の意味は割と好きなので嬉しい。つづりは文字が1つだけ違って残念。

 

1998/7月

 

乗継トラブルを描いた際に最後に触れた、オスロの宿の思い出も書いておこう。

 

この2ヶ月半の北欧周遊は、日本からヘルシンキに入ってオスロから帰国するというオープンジョーでした。私はたいていの場合、帰国の飛行機が出る都市の滞在を最後にしております。移動トラブルで飛行機に乗り遅れたらと思うと怖いので。今回も、オスロとその周辺を数日かけて見て回るのが旅の締めくくりとなりました。

 

この旅行の間、状況が許す限りユースホステルに泊まっていました。当時は国際ユースホステル会員だったので、できるだけ公認ホステルにね。割り引きがあるからさ。オスロでも当然、公認ホステルであるハラルズハイム・ユースホステルに宿泊。

 

ユースホステルの常として、中心部からは離れている。中央駅からだと、トラムを使っても30分はかかりましたね。ホステルは高台にあったはず。トラムの窓から遠くに市街地を見下ろしていた記憶がある。こう、緩いカーブを走っていく時の感じとか、思い出しちゃう。

 

かなり大きなホステルではありますが、ハイシーズンである夏季は非常に人気が高いので予約必須。私も5月のうちに予約を入れておきました。実際、私の滞在中、常に「満室」とサインが出ていました。この旅行中に別の宿を予約した時、ほかのバックパッカーから「宿を予約するバックパッカーなんて初めて見た」と笑われましたが、やっぱり時期や場所によっては予約した方がいいと思いますよ。

 

スロヴェニアのボヴェツの観光案内所の宿泊紹介では「8月に宿を予約しないなんて無茶ですよ」と言われました。それでもなんとか、町中に民泊を手配してくれましたが。

クロアチアのドブロヴニクのホステルでは「夏は予約してから来なさい」と叱られました。

 

東欧3ヶ月の旅行の際は予約したりしなかったりでしたね。なんでや。

 

さて、オスロのハラルズハイム、満室なだけあって、キッチンの混み具合もすごかった。コンロの数も少なかったけど、それより調理器具の数とスペースが足りていないのが問題だと思った記憶がある。まな板や包丁、ボウルや鍋類がもっとあって、コンロやシンクに一番近いテーブルを調理台として使えれば、火を使う順番を待つ間に食材を切ったり混ぜ合わせたりできるものを…と。あの経験があるから、その後の旅行では自分の鍋を持ち歩くようになったんだよね。

 

今、公式サイトを見てみるとダイニングキッチンがえらくきれいにリノベーションされているようだ…。

 

これ、私が使ったキッチンとは部屋も別なんじゃないかな。私が泊まった時は、キッチンはもっと広かったような。そして何より、もっと薄暗かった。こんな窓はなかったよ。入り口を入ってこう右側に冷蔵庫やコンロ、シンクがあって…。今ならスマホで寝室もキッチンも撮りまくるだろうなあ。ともかく、今はこの通り、前世紀に比べて、より多くの人が一度に料理できるようになっていると思います。いいことだ。

 

自分が並ばずに済んだとしても順番待ちの列の前で料理するのは落ち着かないので、2日目はうんと早く行きました。確か5時にもなっていなかった。でももう、一人の若い男性が料理中でした。なんと豪勢にもステーキを焼いていたのだ。そりゃ、混み合う時間は避けたいわけだわ。私が料理を始めたのは彼が料理を終わりかけの頃。彼が料理に使っていたナイフが使い勝手が良いと知っていた私は、彼がそれをシンクに置くのを待ち構えておりました。ですが彼はそのナイフを洗うと、そのままステーキを食べるのに使い始めたのでした。くそお。

 

だだっ広いダイニングキッチンに、私と彼を入れて3人しかいなかった。その静かな薄暗い部屋で、一人で楽しそうにステーキを食べている彼の姿を、今でもありありと思い出せる。

 

泊まっていた部屋はほとんど憶えていない。受付はなんとなく憶えている。うん、こんな感じ。

 

受付の近くに本や雑誌のためのラックが置かれ、そこに、日本人の泊り客が置いて行ったらしい「地球の歩き方」がありました。表紙には男性の名前が書かれ、「真夜中の太陽を目指す へなちょこチャリダー!」とか、添え書きしてあったっけ。チャリダーという言葉をその時に初めて知りました。

 
そう言えば「地球の歩き方」、ダイヤモンド社が学研子会社に売却するそうで。昔みたいにはガイドブックが売れないのに加えて、コロナ禍で売り上げガタ落ちだろうしね。新しい会社で引き続きガイドブックは発行されるようだけど、この売却で時代の節目を感じた多くの旅行者が寂しく思っているみたい。
 

ともかく、20年以上経つと、2ヶ月半余りの旅行中のこともほとんど思い出せなくなっていて残念です。でも、キッチンでの一幕のような些細な一場面だけ妙に記憶が鮮明だったりする。そこまで重要な出来事でもないのに、どうしてなんだろう。面白いものです。

 

ストックホルムでの乗り継ぎをミスりそうになりながら持って帰った、アイスランドの500ml缶ビール10本について。

 

私、アイスランドでは食費を切り詰めておりましたが、帰る段になって奮発しましたの。なんでそこまでビールにこだわったかと言いますと、印象的なビールを先に飲んでいたからかと。

 

 

で、アイスランドでずらりと並ぶビールを見て、各種制覇してみたくなったんだと思う。あとは、缶のデザインがヴァイキングだったので、それが嬉しかったのもあると思います。飲むだけじゃなくて、持って帰って皆に見せたくなるじゃないですか。写真を撮っておけば良かったわ。

 

で、無事に持って帰ってきまして、いそいそと友人たちに見せる計画を立てました。

 

まず最初のお披露目は、大の酒好きの友人K宅での飲み会と決めました。私は仕事を辞めて旅に出ており、戻ったばかりで無職のままですからいつでも良かったんですが、呼ばれたのは日曜日でした。Kはその当時は新婚。日曜は夫氏がいるのではと思ったら、その日は夫氏は用事があって出かけて夜まで帰らないので昼間はのんびり飲んでて大丈夫、とのこと。

 

2人だけなので10本全部飲むわけではないけど、見せるためだけのために10本、持っていくことになりました。その日に4本くらい開けて半分こして飲み、1本くらいはお土産として渡し、5本は持って帰る、そんな算段で。その5本はまた別の飲み友達に見せびらかして、ごちそうしましょう。


んでKの新居にお邪魔し、どれを飲むことになるかわからんからビール10本をすべて冷蔵庫で冷やし直す。そしてお茶を飲み、つまみをいろいろと広げて準備を始め、そろそろ飲もうか~となった頃。

 

ガチャッと玄関で鍵の開く音がして、Kの顔色が変わりました。「うそ、帰ってきちゃった!」 夜まで帰らないはずだった夫氏が、なぜか1時間もしないうちに帰宅したのです。

 

「ごめん、すぐ帰って!」 Kが必死につまみを回収して冷蔵庫に叩きこみながら言い、私が『え、あの、ビール…』とか思っている間に夫氏が部屋に入ってきて私を見て怪訝な顔をする。挨拶もそこそこに、Kは私が旅行のお土産のビールを持ってきてくれたのだと説明し、「もう帰るところだから!」と私を押して玄関まで連れて行き、そして私はそのまま押し出されたのでした。間男か私は。

 

と言うか、その… 帰るのは全然構わないんですけど、ビールは…? 10本のビールを、お土産に渡したってことにされてしまったの…? 嘘でしょ…。

 

と思いましたけど、私が彼女の家にいたことの言い訳がビールをお土産に持ってきたってことなので、返してもらうわけにもいかない。その言い訳を前提にすれば、自分で飲むつもりのビールまで持ってくる理由がないし、冷やしもしないだろうからね。

 

あの飲み会が夫氏には内緒だとは知らなかった、と言うより、Kが夫氏に内緒で私を家に呼んだなんて知らなかった。せめてそれを言っておいてくれたら、10本全部なんて持っていかなかった。なぜ内緒だったのかもわからんし、知られてなんでああまで焦ったのかもわからん。彼女がお酒好きってことは夫氏も知っていたのに。

 

そもそも、そこまでバレるのを恐れているならK宅ではなく私の家で飲めば良いのでは? それとも、夫氏の休日に、たとえ夫氏の留守の間にでも家を開けることができなかったのか。あるいは、Kは結婚後は自宅を友達が集まるサロンのようにしたいとも言っていたから、他人の家ではなく自宅で飲み会を開きたかったのかな。でもそれなら余計に夫氏に内緒ってのは無理があるでしょうに。ゆくゆくはって話で、時期尚早だったのかしら。

 

なんだかわからんけど、こういうわけで、食費を切り詰めながら大量購入した、あんなに苦労して持ち運んだ、楽しみに楽しみに持って帰ったビールは、私の口には一滴も入らなかったのでした。

 

これもアイスランドの会で話したところ、「よく許しましたね!?」と言われたけど、どうしようもないやん! ビール10本がお土産ってことにされてしまった後で、新婚家庭に波風立てるわけにいかないもの! というか、ある意味、許してないかも。もちろん今でもKとは友達だし、今さら責める気もないし、もういいんだけど、100%笑い話として語り合えるか自信ないわw

 

余談ですが、こういうことを言うとすぐ「食べ物の恨みは怖いですねえ」と笑う人がいるけど、私はそのセリフ、嫌いなんですよね。食べ物は、それ自体を嗅覚や味覚で味わうだけのものじゃない。美味しい食べ物や飲み物が与えてくれる幸福感や、リラックスできる楽しい時間を台無しにされたら、嫌な気持ちになりますよ。言う側が笑っているならともかく、嫌な思いをしたという話でさえ笑い話としてしか聞かない人がいるのは何故なのかしら。

 

と言うか、もっと重要なこととして、人が気分を害したことを面白がるのは無神経で無礼でしょう。なのに、なぜか食べ物がらみであれば笑っていいと思うのかな。「使うのを楽しみに揃えたアクセサリーを全部友達に取り上げられた」と怒っている人を笑ったりはしなくても、「自分で食べようと買っておいたお菓子を全部友達に取り上げられた」と怒っている人が相手なら「おお、怖い怖い」と喜ぶ。そしてそれに抗議すると「食い意地が張ってる」と更に面白がって笑う。食べ物がらみなら相手の感情を軽んじて良いと思い込んでいるアレ、何なんですかね。

 

ぶっちゃけ、このアイスランドのビールの一件は、「食べ物の恨みは怖いですね」と言われても腹が立たないレベルのことです。だけど、この言葉自体が大嫌いだから、言われたくない。いや、言葉自体と言うか使われ方が、ってことかな?

 

こうして私は無事にオスロのガーデモエン空港に着きました。


が、私は激走して乗り継ぎに間に合いましたけど、預け入れしていたバックパック、間に合うわけなかったよね。乗継時間が短いとよく発生するトラブルらしい。20分で積み替えなんて無理に決まってるんだから、事情を話して、バックパックを機内持ち込みにさせてもらうべきでしたわ。大きいから預け入れにしてくださいと言われたけど、機内持ち込みできないサイズではなかったと思う。

 

と言うか逆にバックパックさえ手元にあれば乗り遅れても良かったかも。スカンレイルパスは持っていたんだから、オスロまで鉄道で移動したって良かったんだ。ただし鉄道だと6時間かかるのだ。やはり飛行機に間に合うに越したことはなかったね。それに、生理2日目にビールを10本手にさげてバックパックを背負って全力疾走なんて、想像するだけでも嫌だ。

 

さて、オスロで「荷物が出てきません」と訴える私。係りの人が調べてくれて、「次の便で到着します。2時間ほどなので、時間さえ問題なければ空港で待っていたら?」と。そうですね、そうします。しかし、どうせならレイキャビクでその時間を過ごしたかったわ。

 

オスロのガーデモエン空港ってこんな風なんだって。

By Avinor Oslo lufthavn/Espen Solli - http://www.mynewsdesk.com/material/image/856886

 

ところで、オスロに降り立って衝撃を感じましたね。「あっつ!」て。暑いというほどではなくて21℃とかそんなんだったと記憶していますが(空港内に温度計があった)、夜にはヒーターを入れていたアイスランドから帰ってきたら「夏だ!」と感じましたよ。ちなみに今調べたら7月の最高気温はオスロが22℃、レイキャビクは14℃ですって。

 

さて、待っている間ヒマなので、ベンチに座って日記をつける(今年の夏の片づけ以降、あの日記が見つからない…)。そして、書くのにちょっと疲れたので歩いてみる。そして、カフェのソフトクリームマシンが目に入ったので引き寄せられる。アイスランドのドライブインで食べたソフトクリームが感動的に美味しかったんだよなあ(たぶん今で言う生乳ソフトってやつだ)。きっとノルウェイのも同じくらい美味しいだろう、あの感動を再び!と思ったのよ。……それなりに美味しかったけど…… 段違いだったな。これは国の違いというより、メーカーの違いとか、そんなもんだよね、きっと。

 

ちなみに今でも、「アイスランドで食べて美味しかったのは何ですか?」と聞かれるたびに「ソフトクリーム」と答えています。そして『そういう答えは予想していなかった』みたいな顔をされております。たぶん質問者は羊肉とかを予想しているんだろな。私はサンドイッチとかばかりで、ちゃんとしたアイスランド料理なんて食べてないからさー。

 

オスロの空港でのもう一つの思い出。ベンチに座っておりましたところ、近くのベンチに座っていた青年が眠りに落ちました。そして轟音のいびきをかき始めました。いや、すごかった。雷鳴のようでした。5歳くらいの女の子と3歳くらいの男の子が、その爆睡兄さんの前に立って、驚愕の表情で見つめておりました。聞いたことなかったらびっくりするよね。この人の体から出ているこの音は何だろう、って。青年は少ししたら目を覚ましていましたけど、あのままなら脳卒中とかの病気を心配しちゃうところです。

 

音量だけで言えばこの人よりすごかった。人通りの多い昼間にあれだもん。

 

 

そして無事に荷物も届き、やっとオスロの宿に向かったのでした。

 

…が、実は、この件と直接の関係はないけれど、セットで思い出すことになる悲しい問題が後日発生したのでした。

 

1998/7月

 

オスロでアイスランド行きのチケットを発券してくれたお姉さんは、帰りのストックホルムでのトランジットの時間は充分にあるから安心だと言っていました。でもさ、20分しかないんですけど。


帰国後に友人たちと話をして、もしかしたら旅行会社のお姉さんが時差を計算し間違えていたのではと言う推測が出ました。スウェーデンはアイスランドより2時間早い(アイスランドは夏時間を採用していないので、冬季は1時間)。当時はその「時差間違い説」で「そうかもねえ」となんとなく納得していたけど、やっぱりプロが隣国の件でそんなミスするとは思えないし、そもそも旅程表には現地到着時間で表示されるしなあ…。

 

これを書くに当たりネットで調べたら、10年前くらいの旅行者フォーラムに「アーランダ国際空港でのシェンゲン加盟国同士の国際線同士の最短乗継乗継(MCT)は30分」と書き込んでいる人もいるけど、それだってその人はそう言われたってレベルかも。で、旅行会社勤務の友人にも聞いてみたところ、「一応シェンゲン関係なく60分となってるけど、小さな空港なので、その区間だったら20~40分でも行けるみたい」と返事が。

 

こちら、レイキャビクのケプラヴィーク国際空港。

Hansueli Krapf - 投稿者自身による作品: Hansueli Krapf (User Simisa (トーク · 投稿記録)), CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9569002による
 
 

たぶん航空会社(スカンジナヴィア航空)がその区間で認めていたMCTは本当に20分だったんでしょ。その20分ギリギリのチケットだったってことなんじゃないですかね。そしてお姉さんが「乗り継ぎ時間はこれで大丈夫ですからね」という意味で「充分」と言ったのを、私が勝手に「充分な余裕がある」と変換していたんでしょう。私はビビりなので、20分だと最初から認識していたら、たぶん「もっと余裕を」とお願いしたと思う。てゆか説明ちゃんと聞けバカ。

 

なぜ気づかなかったかと考えるにですね、前の記事にも書いたように、オスロで航空券を発券してもらった時、私は電車での長距離移動を控えて大変焦っていました。おそらく、簡単に説明を受けて「はいっわかりましたっありがとう!」とろくに確認せず店を飛び出したものと…。そして、もしもっと余裕が欲しいと変更していたら電車に乗り遅れていたと思う旅程ちゃんと読めバカ。

 

そこまで時間がなかったのは、マジでどうなってんのと不審なくらい発券に時間がかかったからでもあるんですが、今思えばお姉さんは何とかもう少し接続のいいやつをと探してくれていたのかもしれんね。オスロからの直行便で似たような時間帯のやつとかさ。と言うか、別にその日でなくても良かったんだから、最初に「日程はずらせます」と伝えておけばお姉さんも楽だったし、私ももっといい便を手配してもらえたのかもしれんねえ。私のバカ。

 

更に駅では、ストックホルムの宿で会った別の旅行者が偶然同じ列車を予約しており、ホームを走る私に窓から声をかけてくれましてね。電車に乗り込んだ後はすぐにお喋りが始まっちゃったんだよな。かくしてそのまま航空券を確認することもなく呑気に1ヶ月以上フラフラしとったわけだ。マジでバカ。

 

さて、どうしようもないのでそのまま予約便に乗りました。2便とも同じスカンジナヴィア航空だから、ストックホルムからオスロへの便もレイキャビクでチェックイン済み。でもストックホルムに着いてみるとですね、ゲートが通路の端と端~! ギャーーース! 猛ダッシュ!

 

 

ターミナル5のはずですが、3つある通路のどれだったのかな。体感的には一番下の長いやつだけどw たぶん、同じ通路沿いの端と端だったと思う。別の通路まで走ったような記憶はない… ような。曲がってない気がするの。と言うか、この3つある通路をウィングと呼ぶんスか?

 

それでですね、よりによってこんな時に、持ち込み荷物もめちゃくちゃ重たかったのだ。レイキャビクで買ったビールの500ml缶が10本。バックパックには入り切らないので機内持ち込みにしていました(今はできないね)。それをレジ袋でぶら下げて爆走! 袋が指に食い込んで痛いし腕が抜けそうだよ! それでも買わなきゃ良かったとは微塵も思いませんでしたけどね! ついでに言うと、この日は女性特有の体調の悪い期間の更に2日目という最悪のコンディションでした。

 

私がオスロ行きのゲートへと走っていくと、もう当然他の人達は全員が乗り込んだ後でした。転げるように駆けこんでくる私を見て、飛行機の入り口にいたクルーのお兄さんは、にこにこと笑い、走る真似をして和ませてくれました。ご迷惑をおかけしましたわ。席についた後はもう、体中がガクガクでしたよ…。

 

そして、更に問題が発生するのでした。

 

これねえ、前にも書いたはずなんです。書いた文章も憶えている。けど見当たらない。よそに書いたことがあるのかなあ。

 

北欧周遊の思い出を書き連ねていきます。

 

ところで私、アイスランド行きのチケットはオスロで買いました。オスロの旅行会社に入っていって、買い求めたのです。けど、発券にめっちゃ時間がかかりましてね。オスロからベルゲンに向かう電車に乗り遅れるかと思ったよ(全席指定)。おまけになぜかクレジットカードが使えなかったの! こんな高額商品なのに嘘だろって思ったわ。「私が手続きしている間にお金をおろしてきて」と言われて、そうしました。

 

で、ここが私の愚かなところなんですけど、アイスランドに一番近いからノルウェイでチケットを買えば良かろう、とか思っていたんですよ。でも手にしてみるとチケットはストックホルム経由でした。アホだ。と言うか、別にどこででもチケットは変えたのだから、ヘルシンキやストックホルムにいる間に買っておいても良かったのだよな。そうすれば無駄な動きをせずに済んだものを。

 
往路のストックホルムでのトランジット中、待合室はなかなかサービス良かったですよ。飲み物やサンドイッチやアイスクリームが好きなだけもらえたの。私はアイスクリーム一つだけいただきました。で、登場が始まりますよ~ってなった時、おじいさんの一人がそれまで食べていたサンドイッチの他に、もう一つ手に取ってから搭乗口に向かうのを見て、ついつい欲張ってしまうのは万国共通だなと思った記憶。

 

機内では、窓際が私、隣が7歳くらいの女の子、そして彼女のおばあちゃんが通路側に座っておりました。機内食が出まして、まず最初に女の子に子供用のミールが届きました。ペンネだったのを覚えております。んで彼女が食べ始めてしばらくしてから大人用のミールが来まして、それを見た女の子がショックを受けた表情。どうも、大人用の内容の方が好みだったらしい。おばあちゃんがクルーさんに何か言って、結局大人用のと交換してもらったんじゃなかったかな。

 

上空から見るアイスランドの景色。(なんでか最初の投稿では貼れていなかった)

 

 

 

 

 

女の子も私の横から窓の外を見ておりました。大人としては窓際を譲る場面かとも思いましたが、ごめん、こればかりは…!

 

さて、楽しいアイスランド周遊10日間も終わり、レイキャビクの宿で最後の夜に寝る前に、翌日に乗る飛行機のチケットを確認しておりました。そしてふと、おかしな点があることに気づきました。
 

 

 

ひとつ前の記事でアイスランドのセーターの話を書いて、そのついでにノルウェイのカーディガンの話も書いてたんだけど、ノルウェイのカーディガンの話を「アイスランド」のカテゴリで書くのも残念な気がしますので、書き直します。
 
さて、私が北欧2ヶ月半の旅に出たのは5月。まずはフィンランドに入ったのですが、南部であるヘルシンキにおいても全くの装備不足であったと悟りました。持ってきた長袖衣類じゃ全然足りない。ヘルシンキのどこかの駅のホームで元同僚の友人に絵葉書を書き、そこで「寒い」と泣き言を記したのを憶えております。
 
そこで上着を買うと言う選択肢もあったわけですが、何しろアイスランドで灰色と水色と白のセーターを買うのが楽しみでしたからね。手持ちの服を重ね着して頑張りました。これから夏になっていくから大丈夫と自分に言い聞かせて。しかし予定ではフィンランド、スウェーデン、ノルウェイ、そしてアイスランドと西に移動していく予定でしたから、先は長い…。
 
ところで、細長い国々なので一つ一つ順に見ていくと言うのもなかなか難しく、また、計画なしでその日の気分で行き先を決めていたので、結局、滅茶苦茶な廻り方になりました。ヘルシンキ→ストックホルム→オスロとなぜか平行移動した末、中部でまたノルウェイからスウェーデンに横移動したりね。ボスニア湾もヘルシンキ → ストックホルム、何週間後かにストックホルム → トゥルクと往復しているし、それからフィンランドを北上し、またノルウェイに入って。他の旅行者に「なんで2周してんの」と言われたっけな。
 
今なら行きたいところを予め調べ、効率の良く回れるルートを選んで、無駄のない移動を心がけると思います。でもあの時、ホンットに行き当たりばったりに動き回ったことも、楽しい思い出です。
 
ちなみに、フィンランド、スウェーデン、ノルウェイは縦長に3つ並んでますけど、一番上(北)ではフィンランドとノルウェイが国境を接しております。
 
 
 
最初から脱線しまくりですが、寒かったと言う話をするための前振りってことで。
 
ヘルシンキ → ストックホルム → オスロと移動した後、ソグネフィヨルドへ行きました。その基地となるのがフロムです。
 
ソグネフィヨルドはノルウェイ最大のフィヨルド。オスロとベルゲンを結ぶルートから簡単に寄り道できるし、その寄り道を走るフロム線は世界の山岳鉄道の中でも人気の高い絶景ルートだしってことで、観光客が一番たくさん訪れるフィヨルドらしい。
 
さて、そのフロムのお土産屋さんで、このカーディガンを買ったのです。「陸にいても寒いのに、クルーズ…」と思っていたところに特売のサインが目に入りましてね。買って良かったさ。買わずにいたらろくに甲板に出られなかったか、甲板で凍えたか、どっちかだったよ(性格的に後者だろう)。

 

このカーディガンのサイズはS。袖もぴったり。それでも実は買う時、もう一つ上のサイズにしようかと悩んだんです。と言いますのは、裾がウエストの少し下くらいでして、もう少し長い方がいいなあと思って。でも袖が長すぎると腕がもたつくし、「やっぱりこのサイズがいいですよね…」と言ったら、店員さんも「そうですね、貴方のサイズはこれです」と言うので、Sを購入。正解だったと思っています。

 

 

 

 

 

旅行中にこれを着た写真もありました。これはノルウェイのナルヴィクで真夜中の太陽を見た時だ。

 

 

 

アイスランドでのラフティングの際にもこれを着たんですよ。

 


このブログ記事に書いている、「脱いだ方がいい?」と聞いたカーディガンがこれです。と言うか、こっちの記事でもこのカーディガンを買うに至った経緯を語っているw ええ、本当に思い出深い一着なのですよ。買った理由も、そのせいでアイスランドのセーターを諦めてしまったことも、すべて含めて愛しい思い出。このカーディガンを買ったのが失敗なのではない。これに加えてアイスランドのセーターも買えば良かったのにそうしなかった、それが失敗なの。

 

 

余談。

 

ひとつ前の記事でスロヴェニアで長袖カットソーを買ったと書いております。それは8月でしたが、やはり肌寒かったから買ったのだった。その後でポーランド北部に行った時にはフリースのジャケットも買いましたよ。その頃はもう8月末か9月頭だったはずなので、寒くてね。

 

赤いフリースジャケット、大のお気に入りだったけど、エジプトに着て行って夜行列車に忘れてきた。