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旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

【汚い話注意】

 

しばらく前になりますが、お手洗いで水を流した後でポコポコと音がすることがあると父が言うようになりました。私は聞いていなかったので、何だろうねえと言うだけで終わっておりました。が、在宅勤務が始まり、台所で仕事をしておりますと(ダイニングテーブルにPCを置いている)、廊下を挟んだ斜め前にあるお手洗いから、確かに時折ポコポコと聞こえてくる。

 

ググってみたところ、これは排水の詰まりが原因であると考えられるとのこと。ラバーカップや真空ポンプで解消することもあるけど、詰まりが便器内ではなく排水管で起きているとしたら、業者さんを呼ぶしかない。てことでまずは真空ポンプでも買ってきましょうかと言ってるうちに、水を流した際の便器内の水位がグッと上がることに気づいて、「アカン、ヤバイ」と。最近、コロナのこともあるから、流す際に必ず蓋を閉めるようになっていたので、気づくのが遅れました。

 

で、業者さんを呼びまして、外の排水管を見てもらったら、書くのも恥ずかしいけど、ブツが流れずかなり堆積していることが判明! その場で見積もりを出してもらい、すぐ高圧洗浄して流してもらいました。ついでに排水システム全体を高圧洗浄でスッキリきれいにメンテ。

 

原因なんですが、おそらくこれだろうって。

 

うちが玄関前に植えている細い竹の根っこが、排水管と土の間から枡の中へと捩じり込んできていたそうで。すげえな、竹。その根っこに紙が引っかかるなどして、段々に溜まっていったんだろうって。極端な例になると、木の根っこが排水管を破壊することもあるらしい。植物は恐ろしいねえ。

 

放置を極めるとこうなるのだ(言わずと知れた、タ・プローム)。

Liftold - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 

 

Johannes Janning (Germany) - 投稿者自身による作品</span>, CC BY 2.0 de, リンクによる

 

また行きたいなあ、タ・プローム。もう15年くらい前になるのか。カンボジアはシェムリアップ周辺とプノンペンしか滞在していないので、もっと別の場所にも行きたい。

 

話を戻しまして。

 

とりあえず、升に入り込んでいた根っこは切りましたので、詰まりの原因は解消されました。が、どうせすぐまた伸びてくるから、竹はすべて伐採することになりました。上だけ切っても根が残っていたら意味がないので、薬をまいて絶滅させるんだって。可哀想だけど、今のままでは根っこを切り続けるしかなくなりますし、何本もある竹のどれの根っこかわからないから、文字通り根絶やしにするのだ。

 

これから家を建てようとお考えの方、排水システムの近くには樹木を植えるなら、充分に気を付けた方が良いかと。こんなの常識だったのかもしれませんけど。

 

結構あることなんですって。うちと同じように升がコンクリート製だと、そのわずかな継ぎ目から木の根が入り込んでくることがあるのだそうな。塩ビ製の升にすると接着だから大丈夫だって。うちも、塩ビ製の升に交換するか思案中。竹を切っちゃうにしても、今後も何が伸びてくるかわからんし(もう近くには大きな植物はないけれども)。そもそも、竹のせいでコンクリの升がちょっと損傷した状態なので。

 

年明け早々、物入りなことです。

2008/5/12

 

帰国して1週間経ったわけですが、大問題が。

旅行中おなかを壊して食が細くなったにもかかわらず帰国後計ると体重2キロ増。
そしてこの1週間であれも食べたいこれも食べたいとドカ食いしたせいで更に1キロ増。

増えるのはあっちゅー間やね。

さて、履歴書でも書くか…。
 
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重症ではなかったけど、それなりにつらかったですね、あの時は。

 

しかしホンマ、なんで体重増えたんや。あの時ばかりは「きっと減ってるよな」と思ったのに。まさか増えていたとは。そりゃ、普段の食事に比べたらカロリーは高めだったと思うけどもさ。うち、野菜たっぷりで肉より魚が多い和食が基本だから。

 

リンク先にも貼ってるけど、お腹を壊した原因であろうピティとパンの食べすぎ現場。

 

 

 

 

グルジアもアルメニアもアゼルバイジャンも、食べ物は口に合いましたよ。だから、体を壊して食欲を失ってしまって残念だった。グルジア料理として最近シュクメルリが人気ですけど、私は食べてないです。グルジアではファストフード的なヒンカリとハチャプリをよく食べていました。気軽に食べられるし、安いし、お腹も膨れるし、美味しいし。

 

ヒンカリ。

TheMightyQuill - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 2.5, リンクによる 
 

ハチャプリ。

Andrew Butko, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 

あと、煮込み料理にも美味しいのがあったよ。写真を取り出してきて、ちゃんと書こう旅行記。もう、当時の100分の1も思い出せないんだろうけど。

 

2008/4/24

 

ナゴルノ・カラバフに行ってきた。アゼルバイジャンとの紛争の土地。美しい山岳地帯の修道院と、美しい丘陵地帯の修道院と、戦争によって廃墟と化した町を見学。廃墟の町にも人は住んでいたが、難民が多いらしく、お金をねだられたりした。ま、アルメニアの首都のイェレバンにも物乞いはいるけどさ。

ビザは予め取得していったが、なくても入国できる。入国した後に外務省で発給してくれるのだ。入国許可というより滞在許可なのね。

国境でもスタンプも押さなかったし、別の国家ではあるが自治州程度のもんなのか…? イェレバンでも「カラバフ出身なんだ」という人にたくさん会ったわ。

今日はオスマン・トルコ帝国に虐殺されたアルメニア人150万人を追悼する記念日でしたので、記念塔に行って献花してまいりました。

明日北上してアラベルディに移り、さらには帰国に向けてグルジアへと向かいます。

 

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はい、ちょっと紛らわしい書き方をしておりますね。ビザは、「このパスポートは有効であり、入国に問題なし」と発行時点の入国資格を証明しているだけで、入国を許可してはいない。実際の入国の可否は国境で判断される。

 

…んだけど、ナゴルノ・カラバフではビザ取得は入国後でも良かったんですよ。オンアライバル(入国時)でさえなく、入国してから、国内でビザを取れる。入国した後にビザも取らずその人が行方をくらましたらどうするんだろ? こういう方式、他の国にもあるのかなあ。

 

ナゴルノ・カラバフのビザに関してはこちらで書きました。

 

リンク先の記事にも書いている通り、外国人登録のために、外務省には行ったんですよ。外務省は街角にある2階建てくらいのフツーの小さな建物で、セーターにジーンズ姿の職員が手続きしてくれました。それは今でも私の心に深く残っておりましてね。スーツなんか着なくたって首都の官庁で政府職員としてきちんと仕事してはるやないか、これでええやないか。今の職場もそんなもんですが、最初からこうだったわけではなく、10年かけて私色に染め上げてやったのだ。どう思われているかは知らん。

 

 

話を戻しますと、昔、ビザについて勘違いしていて、ラオスで無駄な手続きを試みたことがあった。

 

 

色々と苦労もしましたが、いつだって幸せでした。
 
つい先日、ある人が「海外に行きたいなあ」と言うので、「苦労したり理不尽な目に遭ったりも楽しいですよね」と言ったら、「わかりにくい地図で迷ったり、係員に木で鼻をくくったような扱いされたり、読めないメニューからえいやっと注文したり、したいですよね…」と言ってました。心からそう思う。

2008/4/20

 

アゼルバイジャンからグルジアを経由して一気にアルメニアに入りました。まる1日かかったわ。夜の10時に着くと確認しておいたのに0時30分に着いたよ…。半泣きでホステルに駆け込んだ。

アルメニアの首都イェレバンはきれいだ。グルジアの首都トビリシもきれいだけど、イェレバンの方が優雅な雰囲気。

アゼルバイジャンの首都バクーは石油ブームによる建設ラッシュで街中が工事中といった様子で、ちょっと疲れた。メインストリートはピッカピカで、一本か二本裏に入るといきなり庶民の匂いが濃厚になるのは、急性長が生んだアンバランスってとこで面白いけど。でも、アゼルも、地方都市のシェキは、メインストリートも緑なす木々に覆われて、しっとりとしていて美しい。シェキではキャラバンサライを活用したホテルに泊まったんだけど、趣きがあって本当にすてきだった。

イェレバンは観光産業が急成長中。旅行会社のツアーに入ってきました。$30近く吹っ飛んだけど、公共交通機関では一気に廻ることのできない修道院をいくつも廻ってくれるから、時間の制約がある旅行者にはやはりありがたいね。ガイドはアルメニアのこともいろいろ話してくれるし、今後の観光の相談にも乗ってくれて、本当に助かりました。

明日からナゴルノ-カラバフ共和国に行ってきます。いわゆる未承認国家は、沿ドゥニエストゥル共和国に次いで2つ目。ドゥニエストゥルなんてビザはおろかスタンプさえくれなくて残念だったけど、ナゴルノ-カラバフはビザがいる。これが貼ってあるとアゼルバイジャンに100%入国不可能という代物だ。だから先にアゼルバイジャンに行っておいたんだ。頼んだら貼らずにクリップでとめておいてくれるそうだけど、頼んでおいたのに貼られてしまって、アゼルバイジャンに行けなくなってしまった人もいたからさ。

いよいよ旅行も後半ですわ。もう行当りばったりはできないから、日数を数えて計画を立ててます。

 

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記憶も不確かになってきたけど、バスの到着が遅れに遅れて、不安でいっぱいになっていた私、きっと傍目にもわかったのかな。同じバスに乗っていたアルメニア人の男性が、宿は決まっているのか、大丈夫かと心配してくれて、「もし宿に入れないなんてことになったら僕の家に電話して。妻にも言っておくから」と電話番号をくれたのでした(それはそれで不安もある選択肢ではありますが… 失礼とは言え、まったく警戒心を持たないのも不用心なので…)。ありがたいことにホステルはフツーに入れてくれたので問題なしでした。こういうこともあるから、駅やバスターミナルから近い宿が好きなのよ。

 

ああ、なんとなく、イェレバンで泊まった宿の周辺を思い出してきた。なぜか宿ではなく…。

 

「$30近く吹っ飛んだ」と言う記述に当時の自分の財政状況を知ることができますわ。この旅行、今の職場に就職する2ヶ月前くらいなんだ。5月に帰国してしばらくしてから話をもらってね。7月から働き始めた。だからこの旅行の頃って、一番自分のお財布に不安を持っていた頃だよ。バイトしては旅行して、の毎日ではあったけど、正直、あの当時は稼ぐ金額より出ていく金額の方が多かった。貯金を切り崩して旅行していました。「就職しちゃったらこんな風に旅行ばっかりできないから!」を言い訳に。その一方で、気が小さいから貯金が減っていくのは恐怖でね。年齢的に事務職で再就職って難しくなるなと、それも焦りがあったし。今となっては「旅行三昧の方針で正しかったぞ!もっとやっとけば良かったのに!」だけどね。

 

しかし、本当に、リアルタイムで日記をつけておくべきですよ。アルメニアでガイドツアーに参加したことは憶えているけど、ガイドさんにそこまで優しくしてもらったこと、記憶にない。もったいないなあ…。

 

2008/4/6 

(まずはそのままコピペ。下に、書き直したのを載せます)

 

Georgia no shuto Tbiliri ni imasu.

Istanbul de 1niti kankou site, yokuasa tukimasita.
ga, sono hi ha tukare sugite ite (2-ban tudukete matomo ni nemure nakatta kara) bazar wo urotuita dake de owatta.
kyou ha arukimawatte iru uti ni, nazeka sinsigai ni tadori tuita.

asita Armenia ni icchaou ka, Georgia wo mawari hajimeru ka, sianchuu.
sokujitu toreru to omotte ita Azerbaijan no visa ha, 3-ka kakaru you ni natta rasii. Mendou kusai.

Kankoukyaku ga inai wa...
mada kisetu ja nai rasii.
Yado no hito ni
"Turky kara kita no? atti ha kankou kyaku ita?" to setujitu na kao de kikareta.
Istanbul demo, package tour no kyaku bakkari datta.

Sou ieba, Istanbul no nampa otoko tati ha kenzai da.
chotto kuti wo kiita dake de
"I love you. I want to marry you."
ba----ka.

sikato site ita kedo, tram no naka made tuite kite, tikan siyagatta yatu mo ita!
ima kankoukyaku ga sukunai kara, teatari sidai ni warusa siteiru no kamo.

 

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グルジアの首都トビリシにいます。


イスタンブールで1日観光して、翌朝 着きました。が、その日は疲れ過ぎていて(二晩続けてまともに眠れなかったから)、バザールをうろついただけで終わった。

今日は、歩き回っているうちに、なぜか新市街にたどり着いた。

明日アルメニアに行っちゃおうか、グルジアを周り始めるか、思案中。

即日取れると思っていたアゼルバイジャンのビザは、3日かかるよつになったらしい。面倒くさい。


観光客がいないわ…

まだ季節じゃないらしい。

宿の人に「トルコから来たの? あっちは観光客いた?」と切実な顔で聞かれた。イスタンブールでも、パッケージツアーの客ばっかりだった。

そう言えば、イスタンブールのナンパ男たちは健在だ。ちょっと口をきいただけで「愛してる。君と結婚したい」

ばーーーーか。

 シカトしていたけど、トラムの中までついてきて、痴漢しやがった奴もいた!
今 観光客が少ないから、手当たり次第に悪さしているのかも。

 

 

 

2008/4/2

 

よく旅行に行くので、用意と言っても特に買うものはない。
はずなんだけど。

今回新調したもの
・デジカメ
まだ使えるんだけど、バッテリーがもう寿命。
だけどミノルタ製で、もう製造してないから入手できない。
取り寄せ出来ないか問い合わせる手もあるんだけど、 デジカメももう安いから、あのバッテリーを買うよりは 性能のいい新しいものを買うほうがいいんだよね。
こうしてまだ使えるものを捨てることになるのだった。
カシオ製、手ブレ防止と広角付きで、3万4千円。
 
・スニーカー
今のもはけないことはないんだけどね。
5年前にスロベニアで買ったウォーキングシューズ。
2年前には旅先で前の部分がパックリ口を開けかけて、グアテマラで瞬間接着剤を買って修理したのだった。
でももうボロボロで水がしみるし、思い切って新しいのを買いました。2300円。
古いのは国内ではまだ使うとも。

いつもはコンタクトレンズは2weekだけど、旅行にはワンデイ。
先生に「一ヶ月旅行に行くので」と言ったら「どこに」と聞かれ、グルジアとアルメニアとアゼルバイジャンだと答えたら、「アゼルバイジャンと言えばね!」と熱く語りだしました。
松本清張の作品に、バクーのゾロアスター寺院をロシア人が焼き討ちするという話があるらしい。
知識が増えたわ。

 

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この頃はまだスマホじゃなかったからデジカメだったのね。この新しく買ったデジカメ、台湾旅行でコンクリートの上に落として、ちょっとガタが来ました。でもまだ使えるはず。

 

懐かしの3ヶ月の東欧旅行は、たったの5年前だったのね。もうそのスニーカーは使っていないけど、紙に包んで天袋にしまってあるよ。この時に新しく買ったスニーカーは捨てたっけ。

 

この頃はまだコンタクトレンズを使っていたのね。今は眼鏡だけだけど。いつもコンタクトレンズを買っていた店はもう何年も前に閉店して、あの眼科の先生と会うこともなくなってしまった。朗らかで楽しい先生だったなあ。

 

最近はもう旅行に向けて新調するものもないね。消耗品を買い足すくらい。あったら便利かなと買ってみるものは、たまにありますけど。

 

実は昨年、大阪・梅田にあるウルトラマンショップで旅行用品を買ってしまったのだ! 似たようなものはもういくつも持ってるのに! 当分旅行に行く予定もないのに!

 

結局、好きなんだよね~旅行用品が。バックパックも今でも買いたくなっちゃうしさ。いくつ持っていても、まだ欲しくなっちゃう。

 

 

 

2008/4/1

 

旅行に持っていくものをざっとまとめてみた。
……が、なんでパスポートがないのだ!
いつも置いていた場所にない!
その前の置き場所だった場所にもない!
家の外に持って行った覚えもない!

もう発券してもらっちゃったから、行けなかったらキャンセル料かかるぞ!
つかそれどころじゃないって、パスポートないじゃ済まされん!

必死に記憶を辿り部屋をひっくり返して捜索するが、ない!
前回入国した後にどこかで失くしたんだろうか?
だめだ、どこで触ったかなんて記憶にない……!
ふと気づくと、ドルやユーロの現金やTCもないぞ……。
これは、一緒にどこかに隠れているはず。
ちょっと気楽になった。

捜索を続けていたら、見つかりましたよ。
箱の中に、パスポート、米ドル&ユーロの現金&TCをきちんと整理してしまってありましたよ。

そう言えばこんな風にしまったっけ……とまあ、何となく思い出せなくもないんだが。
うかつに整理整頓するから行方不明になるんだよな……。

とにかく良かった良かった。

 

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昔っからこんなんだし、今もこんなんです。

 

てゆかトラベラーズチェック! 時の流れを感じるわ。いや、もうこの頃には時代遅れになっていたはずだけどね。

 

私の知っている人は、外国での研修に参加するべく空港に行って出国しようとしたら、古い方のパスポートを持ってきていて、参加取りやめになったという経験の持ち主です。出発日より前にきちんと準備を済ませていたそうですが、準備した内容がダメだったと言う…。でも古いパスポートって穴を開けてあるよね? それが見えないような状態で準備しちゃったのかな。とてもしっかりした人なので、意外でした。

 

それにしてもパスポート、コロナのせいで使えない年数があるのが悔しいねえ。私なんてまだ新しいの作って1年くらいだったのに。まあ、期限間近であっても、一から作り直すより更新の方が楽なので、同じことではありますけどね。

先日、もともとmixiで繋がった人から当時のハンドルネームで呼ばれて、「懐かしい!」と衝撃的なほどの感慨を覚えました。ちなみに当時のハンドルネームは「ヘーベレケ・ノン・ダ・クーレ」です。

更に、別の方が「久しぶりにmixiにログインしてみました。今でもそこでゆったりと繋がっている方々がいることを知ったので」とか書いていらっしゃるのを拝見。で、気が向いたので、私も何年振りかにログインしてみました。私をかつてのHNで呼んだ人は、今もそこで普通に日記を書いている…。私も散歩日記でも書こうかしら。

で、自分の過去の日記を読んでいたら、こっちに移したくなるような内容のものも多少はありましてね。いくつか転記します。

 

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2008年03月29日

コーカサス三国への一ヶ月の旅行が決まりました。

とりあえずグルジアIN。
アルメニアは暴動があって間もないけど、グルジアで情報収集してみて大丈夫そうなら行く。

アルメニアとアゼルバイジャンの国境は今は危ないと聞くので、いっぺんグルジアに戻ってからアゼルバイジャンかな…。

乗り継ぎはイスタンブールですが、往きも帰りも待ち時間が17時間ほど。

町には出られるけど、もう2回も行ってる町なのに…。

そりゃ見るところはたくさんあるから退屈しないけど、ほかに行きたいところが山のようにあるのにイスタンブールばかり4回も行くことになるとは…。

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イスタンブールに4回か。
1回目は、トルコにツアーで行った時だね。
2回目は、トルコツアーで出会ったまっきーちゃんとエジプトに行った時かな?
3回目は…?同じくまっきーちゃんとモロッコに行った時か?
 
写真を見たらわかるかもしれんけど、ま、いっか。
 
この頃はロシア読みの「グルジア」が使われていたよね。その後、グルジア政府が「英語読みのジョージアに変更されたし」と表明したので、ジョージアになりました。でもアメリカのジョージア州と間違いやすいし、グルジアの方が… いっそグルジア国内で使われる自国名サカルトヴェロにすればいいのに。つまり、ジャパンでなくニッポンみたいなことね。
 
とか思ってたら、1月11日にリトアニア政府が「うちはサカルトヴェロと呼ぶことにしますね」と。日本もサカルトヴェロにしようよー。
 
話はズレますが、先日のアメリカ合衆国での連邦議会議事堂乱入事件で、暴徒の一部にグルジア国旗を振り回す人たちがいたそうで。AMAZONとかで「ジョージア 旗」で検索してポチっちゃったんだろう、と。
 
 
「それ、ジョージア州の旗じゃないよ、ヨーロッパの国の方のジョージアだよ!」
 
 
うん、やっぱりサカルトヴェロにしようよ。歴史に残る赤っ恥やらかす人が減るよ。

友人に、タワーレコードからKISSの日本酒が割引価格で売られていると教えられまして。

 

買いました。

 

本当はもっともっと種類があるんですが、とりあえずこれだけにしておきました。

 

友人「選んだ基準は?」

私 「曲名」

 

ROCK LEGENDS SAKE SERIES

FIRE HOUSE

DEUCE

DETROIT ROCK CITY

LOVE GUN

BLACK DIAMOND

ROCK AND ROLL ALL NITE

 

 

鎖でぶら下がってるタグを6本ともボトルに乗せるの、ちょっと苦労したんですよ…。隣のボトルを触っていてちょっと動くだけで落ちるもので。

 

箱の裏面。

 

 

横面。メイクの図案、ピーターのがちょっと無理があるな。あと、ポールが唇まで入っているのが面白い。☆だけじゃシンプルすぎるからか。

 

 

商品としては際物かもしれませんが、作っているのはいずれも一流の酒蔵ばかり。美味しくいただきます。

 

それぞれの曲を流しながら飲むぞー!

先日、アイルランドのゴールウェイについて書いていた際のこと。ゴールウェイの方が、その前に泊まっていたリムリックより華やかで賑やかなイメージの記憶があるなあと思い出しておりました。産業の違いにもよるのかもしれないけど。アイルランドではゴールウェイが3番目、リムリックが4番目に大きな町だそうです。

 

そんなことを考えていたら思い出したんですよ。

 

時々旅先で、日本のどこから来たの問われることがある。阪神間在住の兵庫県民ですが、面倒くさいから「大阪」と答えることが多い。大阪を知っていれば大きな都市だとわかってもらえるし、大阪を知らない人には「日本で2番目に大きな町だよ」と言っておきます。

 

本当は、住民数という点では横浜市の方が大阪市より大きい町だそうですけどね。大阪は昼人口(働きに来ている人)が多く、横浜は夜人口(住んでいる人)が多いんだって。でもそういう細かいことを言い出すと、東京は市ではないから一番大きな町とは言えないなんて話にもなるので、もういい。
 

 

でも、「私が住んでいるのは小さな町だから」なんて話の流れで「どこに住んでるの」と質問されたら、大阪とは答えられないでしょ。そう言う時は、本当に自分が住んでいる市の名前を教えます。もちろん、質問してきた人の100%がうちの市なんて聞いたことない。で、「京都は知ってる?近くだよ」とか言っておきます(近くもないけど関西圏ってことで)。もっとも、京都を知らない人も珍しくはない。その場合は「日本の真ん中より少し西」とか言っておきます。日本の形さえよく知らない人たちにそんな地理情報を伝えたところで話が弾むわけでもないけど、まあ、とにかく何か言えばいいんですよ。それが会話ってもんです。

 

そんな会話に続けてたまに質問されるのが、「人口はどれくらい?」ってやつ。初めて聞かれた時には「なんでそんなこと知りたがるんだ?」と謎に思ったけど、人口で経済規模を推測できるのよね。大阪も京都も西日本もわからなくても、人口で、相手が住んでいるのが便利な都市部なのか、小さくとも整備された町なのか、田舎の村なのか…。そこら辺の当たりをつけることができるわけだ。

 

昔は知らなかった自分の市の人口を、そういう会話のおかげで把握しておくようになりました。と、友人に言ったところ、「学校でも習ったし、ずっと人口の推移も把握している」と言っていましたが。そんなもんですか。私がダメな奴だったのか。

 

 

うちの市は人口で言えばゴールウェイよりずっと大きい。でもベッドタウンだから賑やかさも知れているし、その中でも私が住んでいるのは静かで緑の多い住宅街。かなり宅地造成されちゃったけど、まだまだ畑も残っているし、少し歩けば山に入るしで、やっぱり「小さな町に住んでいる」という意識なんだよなあ。山の上の村で育った父は「ここのどこがどう小さいんだ」と言いますけどね。(でもあの村だって中山道沿いの宿場町だったんだから、近隣に比べたら開けていたはず) ま、私は働きに行っている大阪のど真ん中と比べるし、父は故郷の村と比べるし、そりゃ感想も違うでしょう。

 

写真は昨年中のものです。散歩中に見かけたお宅のお庭に1個だけ残っていた柿と、1輪とちょっとだけ残っていた薔薇。