さて、アーライシ湖では、先史時代、9世紀、14〜17世紀の3つの時代の遺跡を楽しめます。
こちらが14世紀に建てられたお城の廃墟。ツェーシスの旧市街にあるお城の出先機関みたいなもん?
このお城を建てたドイツ系入植者(リヴォニア帯剣騎士団)が滅ぼしたラトガレ人の湖上集落の復元がこちら。
泥の中に埋まってたので非常に保存状態が良く、構造の解析が容易だったらしい。
メインストリート。真ん中にあるのが村長の家かな?大きいし、テラスがあるし。
繋がってない長屋という感じの密集度。村全体では80人くらい住んでたのではないかとのこと。
丸太を組んだ上に建てられているので足場が悪いのですけど、小さな子供達は鬼ごっこと隠れんぼに夢中。興奮して走り回っててすごかった。こんなとこなんで走れるの!? (人の入ってない写真を撮ろうとスマホを構えると物陰から子供が弾丸のように飛び出してくるのが面白かった)
普通の家はこんな風に丸太の上に土を敷き詰めて床にしていたけど、共同浴場は木の床だったそうな。水が下に流れるようにね。共同浴場は一番清潔な場所だったから、医療施設でもあり、子供を産む場所でもあったらしい。
家の玄関は必ず左側で、かまども玄関から入って左向きに作られていたって。
さて、ツェーシスに戻って、昨日は時間が足りなくてよく見れなかったお城の博物館だけ行き直した。古いお城に新しいお城が隣接してる、新しい方にある。
一番印象に残ったのは、マナーハウスに改造されちゃった新しいお城に住んでた伯爵の図書館の塔。
屋上に出れるのでした。
今は、ツェーシスから移動してスィグルダ。ロシア系のホテルに泊まってます。1940年6月17日(ソ連がラトビアに侵攻した日)以降に移住した人は帰化しない限り国籍を与えられないと国籍法で決まっていると聞いたけど、ここの人はどうなんかな。
ツェーシスのタクシーの運転手さん、「ロシアの占領自体にはツェーシスには高い建物を建てることが許されていなかった」と言ってたな。反感あるんだろう。















