タイガーマスク メキシコ編 | 旅中毒

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ある日私は、メキシコで、日本人の女性旅行者とプロレスの話をしていました。

彼女はプロレスファンではない。

ルチャを観に行ったことくらいはあったんだったかな?

(メキシコではルチャ・リブレ観戦も観光名物の一つです)


知らない方のためにざっくり説明しますと、ルチャ・りブレというのは

メキシコのプロレスのことだと思っておいていただければ結構です。

プロレスラーはルチャドール(男)、ルチャドーラ(女)です。

ほれ、スペイン語で闘牛士のことはマタドールと言うでしょ。

同様にね。


しかし彼女は、せっかくメキシコに来たので、できれば会ってみたいと思う

ルチャドールがいるのだと言うのです。


これだけで、私はピンと来ました。

と言うのは、彼女が熱心にボランティア活動をしている学生だったからです。


これを読んでくださってるプロレスファンの方も、もうわかったでしょう。


そう、そのルチャドールとは、暴風神父、フライ・トルメンタです。


本名、セルヒオ・グラディエス・ベニトス。

1945年生まれ。

神父であり、孤児院を経営している。

ローマ法王から表彰されるほど多くの孤児を育てたそうです。

そして経営資金のために副業で覆面レスラーとして戦っていたのです。


メキシコでは副業プロレスラーと言うのは珍しくありません。

警察官がお小遣い稼ぎにプロレスラーやったりもしているそうです。

もちろん、大会場で試合をするような選手とはレベルが違いますが。


暴風神父のことが日本に知られた時には話題になりましたよ。

リアルタイガーマスクだ、と。


昨今では知らない人もいそうなので一応書いときますと、

タイガーマスク (伊達直人) は自分が育った孤児院を救うために

虎の穴を裏切り、一生命を狙われる道を選んだのです。

そしてファイトマネーは孤児たちのために使っているのです。


フライ・トルメンタ、日本にも来たことがありますよ。


あの、1995年4月2日の夜。

週刊プロレス主催の東京ドームにおける多団体合同興行 vs

天龍源一郎率いるWARの後楽園ホール興行。

私はあの夜のことを一生忘れない。


暴風神父は、WARの第1試合にタッグマッチで出場しました。

パートナーは、彼が孤児院で育て、ルチャを教えた、フライ・トルメンタ Jr。

できすぎやろ、というようなシチュエーションでした。

正直、2人ともレスラーとしては全然たいしたことなかったけど、

やっぱり生でフライ・トルメンタの師弟タッグを見ることができたのは

ちょっと嬉しかったなあ。


日本のテレビ番組で特集されたこともあるし、

ジャン・レノ主演で映画にもなったから (グラン・マスクの男)、

プロレスファンでなくても何となくは知っているって人も多いみたい。


と言うわけで、そのメキシコで会った彼女は、ぜひその孤児院を訪れたいと

思っていたのです。

で、私がプロレスファンだと知ると、その孤児院がどこにあるのか知らないかと

訊いてきました。

すみません、知りません。


フライ・トルメンタという名前だけは教えてあげられましたので、

それでネットで調べてみたらと言っといたけど・・・

会えたのかしら。




関係ないけど、もひとつ。


全日本プロレスで三沢選手がタイガーマスクになった時、

我々、原作およびアニメのタイガーマスクファンは、

小橋選手が全日に入団していたことを喜びました。

だって、小橋の下の名前、健太なんですもの。


伊達直人が育った孤児院 「ちびっこハウス」 の後輩である、

タイガーマスクに憧れる幼い少年。

彼の名前が健太なのです。




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