今日は成人式🎌


娘は去年成人式を終えまして、

美容師をしている彼女は今年からは裏方役です。

今朝は4:00に職場へ向かいました🚗³₃



大人になって行く娘を見送り

私は、自身をふと振り返っていました。




子どもたちは年々親から離れていき、

祝いの日も、

子ども同士で味わうようになっていきます。


うちの娘たちも、

中学の卒業式あたりからか

“祝いの日が私の手元から離れていく”

そんな感覚がありました。

寂しいような、嬉しいような^ - ^


一方で、

いつまでもお母さんにくっついている子もいます。

親離れ子離れのタイミングは本当に様々。


母親がいなかった私は、

会場にお母さんがいるだけで、

今思えばとても羨ましかった。


私は末っ子で、

父は仕事が忙しかったのか、

私のことにどこまで関わっていいのか

分からなかったのか


私の周りには、

あれこれ世話を焼く人がいなくて、

SNSもない時代、

友達やそのお母さんから聞いたことを頼りに

自分なりの範囲で準備していました。


見る人が見れば、

少し見窄らしい女の子だったのかもしれません。


そして今、

この育ってきた環境が、

私自身の子育てに

とても影響していたんだなと

改めて気づきました。


私自身があれこれ構ってもらわずに育ったから、

子どもたちが自分の元を離れてからは、

意識して手も口も出さないようにしてきました。


嗚呼、、自分の育った環境を

そのままなぞっているだけなのかもしれない😳

なんだかとても腑に落ちた瞬間。

同時にその環境を

肯定できているということでもあるってことにも気が付きました。


構いまくらないしコントロールしないけれども

“母親不在”は味わわせたくなかったから

母をやり切ることは譲らなかった。


義実家も、夫は歳の離れた末っ子で、

似たような放任スタイル。

さらに高校の学費を自分で稼いで通っていたので、

私の甘々放置とはまた違います。


「乗り越えられる苦しみしかやってこない」

とか言うけれど、

もし怒涛の人生を乗り越えてきたことが

元々のポテンシャルの高さの証なら、

まあ、悪くなかったかな^ - ^


親に大切にされることだけが育児じゃなくて、

目の前に与えられた環境も、

偶然ではなく必然で、

見えない力のおかげなのかもしれません。


過保護で心配性だけど動けない祖父。

お金では不自由させなかった父。

充分にありがたかった^ - ^


それでもね、

母親がいない寂しさは

50になった今でも

思い出すとやっぱりあります。


しかしそれは、

誰が悪いとか何が足りないとか

悪者が居ないと成立しないようなことでは

全く無くて


私は、父の人生が少しでも

父の楽しい日々であったことと、

私の犠牲になるだけではなく

思うようには自由にあちこち飛び回って

色んな人を大事にして、されて

片親で頑張る父を放っておかない

お世話好きな女性達との日々♡

そんなホッと癒される時間もあって

良かったなぁ。って救われていたのも事実です。



私は私の課題として

今日からまた少しずつ

あの頃の私に「心細かったね」

「見えてなくてごめんね」って、

その子が温まるまで

ハグしてあげようと思います。

自分大好き甘々星人だもんで(笑)




「人生ってこんなもん」って

淡々とやってきたけれど、

実は、

臭いものに蓋をしながらじゃないと

回らなかった日々もあって。


『自分に重なる』を始めてから、

感情が強制終了させられたまま

止まってしまっている自分を

改めて見つけることがしばしばあります。



自分が可哀想だったことを掘り返すこと

勧めたいわけではなくて、

これはあくまでも私なりの片付け方。


過去を棚卸しして、検品して、

自分の中を整理しておきたい。


過去の自分のところに、

今の経験を持って戻ると、

当時の周りの人の感情にも出会えて、

色んなことが

オセロのようにひっくり返ります。


実際、父の姿も

私の中で自身の成長とともに

何度も見え方が変わりました。


自由に飛び回っていたあの時間は、

父のそれまでの苦労を思えば、

少しのご褒美タイムだったと今では思います。


私は病気もなく健康で

友達や彼氏もいて

機嫌よく過ごしていられたし、

お互いいい距離で

いい時間を過ごしたと思っています。


こうして人生を振り返る時間を

持てていることにもきっと理由があって、


見たことのある景色として

人と接するお仕事に活かせていると

思っていますし、

それが決めつけになることのないよう

しっかり見つめて片付けて

自分のいまの感情と混乱しないように

持ち物として役に立てていきたいです。





『自分に重なって』

今年も『自分で決める』を

心地よく続けていけますように。

















私の2025年は
始まりは自分探しや自分作りで
結局はずっと
「自分に重なる」ことに取り組んできた。

子育ては、娘の成人でひと区切り。
振り返れば、
人生の7割は予告編みたいな時間だった。


タイトルの文言は
イエモンの吉井和哉さんの映画のポスターに
添えられた言葉。

イエモンに痺れたのが高校卒業してからで
そういえば長いこと私の人生にいるなぁ🤭
好きだ!





自分に重なって生きること。
それが、いちばん安心で安全で、
いちばん誠実な生き方。

まだまだ気を抜くと
他人に認めて欲しいという
他人軸に乗っかってることしばしばありつつも💧
ようやく腑に落ちてきた。


自分の人生が
波瀾万丈でよかったとは昔から思ってる。

探求し続けてきたからこそ
人より何倍も苦しみに飛び込めたし、
今となってはそれぞれの形はなくても、
その全部が血肉になってる。

「逃げないこと」
「その場を離れても見届けること」
それは時に
無茶な意味付けを生むかもしれないけど笑笑
その無茶な「整いました」もひっくるめて
私のからだである。


私はずっと
「誰かの笑顔を見ていたい」
「誰かの何かになりたい」
そう願って生きてきた。

大混乱の大家族に
歳の離れた末っ子としてやってきた時から
私はその役目を自覚していた。

でも、もう
“敢えてピエロ”みたいなのには
ならない方を選ぼうかしら。


『静かに自然に』
それができる場所が
うっすらと見えてきてる気がする。


それは子どもの頃から憧れてた
“おばあちゃん”と言う存在👵
なんかドジで抜けてても
可愛げがあってお茶目で
底抜けに優しくて
人生経験から知恵が豊富で
快適なお布団みたいな存在。

そう“なる”と言う圧力のある様子よりかは
そう“ある”と言う存在で、
ターシャ・テューダみたいに、
コツコツと自分の庭を育てる人
でありたい。

その庭に集中できる日々を
愛して、労って、包んで、味わう。

“誰かに愛されること”よりも、
「存在としての自分」を
自分が愛し続ける日々。

地味やと思ってたけど、
たぶん中身は全然ちがう。
豊かで安心な場所。


このタイミングで、
名刺の肩書きから資格を全部外して
“place of peace”にした。
まさか、ここで回収されるとは🤭!!



安心の庭にいる人。
安心の庭であること。



50代は、
もっと不器用で、
もっと可愛げのある人で
力を入れすぎずにやわらかく生きたいな。


と言うことで
40代の残りから50代に移行する2026年も
自分にばっちり乗っかりながら
人生の本編へ入って行こうと思う^ - ^




いつも読んでいただき
ほんとにありがとうございました。
2025年もとてもしあわせでした⭐︎
良い年越しをお迎えください。












お餅の食べ過ぎに注意🤭
























  




素敵なクリスマスをお過ごしくださいませ








いつもきっちり読んでくれてる皆さんと

たまたま今日ここに来てしまった皆さんが

幸せで居てくれると

私はとても幸せだす😌








明日の分もメリクリ🎄🎁🤭