「私は家に帰れなくなった」夢を見た
と言うことで、これは夢のお話




今朝、北海道で大型飛行機が墜落する夢を見た。

夢の中の私は、
その事故が起きることを予知夢で知っていた。
だから、もうサバイバルの予行は済んでいて、

機内を建物がえぐりながら粉々にしていくのを
鼻先で触れそうな距離でも冷静に見つめていた。

夢の中の私は夢を見てるようだった。



そこから脱出すると、
道路には「何線・何行き」と、
行き先がはっきりと大きく書かれていた。


「行き先が書いてあるって、
めちゃくちゃ親切で画期的やな」と思った。

同じ方向へ行きそうな人を見つけた。
方言が似ていて少し頭が良さそうな同い年くらいの男性。
ひとりで進むよりは安心できそうだった。

でも、その彼と一緒に行く気があるわけではない。彼は彼の道を歩いているだけ。
私は、その方の嫁でも家族でもない。
だから、
とことんついていくという感覚はなかった。

『一緒の方に行く』『一緒に居る』
その違いが、夢の中でははっきりわかった。


場面が変わって、
今度は、北海道の別荘にいた。
夢の中で何度も出てくる大きな山があるのだけど、私の部屋はそれと同じ高さにあった。

その山は、私が夢の中で神様と遊ぶ時に
駆け回っていた山で、
私にとっては自由な場所。



両側の大きな窓を開けると、
山の側面がとても近くで窓いっぱいに広がった。




「こんな絶景、見ないとダメだよ!」

誰かに伝えようとした。
でも、そこには誰もいなかった。


そのまま寝転んで窓の外を再び見ると、
今まで山の上のほうにあると思ってた家と、
私の部屋が同じ高さになっていることに気づいた。

「ん?今まで気づいてなかったが、
  あちらからはこちらは見られてたのか?」
少し気まずくなった😅


私は住んでいたところに帰れなくなった。

ここで目が覚めた。

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起きてから、夢の意味を考えた。

飛行機の墜落が何を意味するのか。
事故から生き残ったこと。
行き先が書かれていたこと。
誰かと同じ方向へ歩いていたこと。
山と同じ高さに部屋があったこと。

考えているうちに気づいたのは、

この夢の中で、私は一度も
「誰かに助けてもらおう」としていなかったこと。

事故が起きても、自分でかわした。
脱出したあとも、自分で行き先を探した。
誰かと歩くことはあっても、
その人についていこうとはしなかった。

そして、私の自由な山と自分の部屋が
同じ高さにあった。


あー。。。
私、昔は「縛られているから動けない」
と思っていたわ。

家がある。家族がいる。責任がある。お金もある。
だから、動けない。

ずっと、そう思っていたわー。
ってすごく思った。


でも、夢の中の私は全部自由に動いていた。

飛行機が落ちる前から落ち着いてた。
落ちたあとも、自分で脱出した。
道が見えて、この人についていくと
自分で決めた。

誰かの後ろを歩くのではなく、
誰かと同じ方向を歩いていた。

私は“自由になった”んじゃない。

「私は動けない」という思い込みが
もう終わったのかもしれない。


最後の場面の意味は、
もう、昔の私が帰るはずだった場所には
戻れなくなったってことかな。


「動けるなら、私はどっちへ行こうか?」
そう考えるようになっている。

帰る必要がなくなった。。から??



いや、
「帰る必要がある」と思っていた自分がもう
いなくなったから。。


夢の中で家に帰れなかったのは
人生の道を失ったからではなくて、
自分の道を歩き始めたからなのかもしれない。

そんな夢だったのかもしれない。

覚醒って、簡単に線を跨ぐようなことより
何層も何層もベールを剥ぐような仕組みなんだ!




…知らんけどグラサン












私は、日常の中でしばしば
旦那さんが意識からすっかり無くなる瞬間がある


こんなにしっかり養ってもらっていて、
旦那さんの稼ぎあっての今の暮らしなのに。


しかし時折、なぜか
自分ひとりで生きているみたいな錯覚に陥る。


そして私はふと
昔好きだった人のことなんかを思い出しながら、
年老いてしまった自分を持て余したりする。

「もし、あの頃に戻れたら…」

昔は、そんなことをまだ
どこか現実味のある願いとして考えていた気がする。

でも、いよいよ
「あの頃に戻れたら」も、
昔話くらい遠い過去になってしまった。





時間はちゃんと過ぎている。




「人は誰だって死ぬんだよ」
なんていうセリフも、もうリアルすぎる💧


昔なら、その言葉の中にある儚さが
少し切なくて
繊細でキラキラしたものを感じていた。

でも今はもう、
あの頃みたいに「儚げに輝く破片」ではない😑





死ぬということも
老いるということも
過ぎた時間は戻らないということも、

ずいぶん現実的なものになってしまった。



そしてたぶん私は今、

「誰かに養ってもらっている人生」と
「自分ひとりで生きているような感覚」の間の

なんとも不思議なところにいる。





リビングで寝てしまったからこそ
こうして真夜中にこんなことを書いてられる。


誰かと一緒に寝ることは、
こんなちょっとした自由も無くなるからね。


割と昔から朝までぶっ通しで寝られない私にとって
夜間覚醒を暗い部屋でひとりで耐えるのは
地味にストレスなんだな。


って、
こう言う自由な夜があるからこそ感じちゃう。



どこででも、何時間でも寝てられる夫には
この苦痛は理解してもらえないの。



夜中に目が覚めてしまって
そうしたら繊細な彼も目を覚ましてしまって
「どした?」って寝ぼけて言って
また腕枕してもらって眠る。




こう言う一瞬の心地よさが
実際にあったのかなかったのか、
不意に愛しく思い返してしまった時に
切ない気持ちよりも
遠い昔に感じすぎて
自分が老婆になった感覚で😅

 
でも、悲しみに暮れるわけでも無く
50代ってこんな感じかぁって
ちょっとにやけている午前3時なのでした^ - ^









床寝もこたえるお年頃ですわ😅⚡️




 



私たち親は、大人なので
子どもを守ったり
躾をしたりする義務はあります。

でも、いつでもどんな時でも大人であると
子どもの要求がしんどいものに
なりやすい気がします。


遊びを【子どものもの】にしてしまうと、
「遊んであげてる」になってしまう。

そうなると、
・時間がかかること。
・訳のわからんことに付き合わされること。
・おんなじことを繰り返すこと。
もう、超絶イライラする😡


しかしですねぇ、私くらいのプロになると
「いーれーてー!!」
と、自ら遊びにダイブしちゃいます!

もはや、ただの生贄です🥸🤚笑



娘らが小さくて専業主婦だった頃は、
遊びを先に付き合ったら
そのまま家事まで一緒にしてもらってました。

晩ご飯を作って半日が過ぎる
何作ろうか?
これ洗ってみようか
ピーマンが水に浮かぶこととかだけでも
「つんつん!」「やめてよーー💦」
ピーマンの気持ちを言葉に出すだけで
子供は笑いますし
シチュエーションは♾️なので
「あら、ぶつかってごめんなさい」とか
子供の口から出てきたりして
そう来たか、、って思うと
「あら?誰かと思ったらおとなりの〇〇さん?
こんにちは」とかとか言いつつ
どの展開でこのピーマンに包丁を入れようか
こちらも大喜利みたいになってきて。。

洗濯物を干していると
「もう一回やりたい!」と言われて、
せっかく干した洗濯物を
もう一度カゴに戻して🧺
「洗濯干しまーす!」と、再び干す。

……何の遊びやねん😂


でも、子どもにとっては
たぶん、それで面白かったんですよね。


そして私も、
その時しかない時間なら、
もうそこに没頭するしかない。

スマホは便利ですが、
なかった時代の子ども時間潰しは
お母さん(私)レベルでも
子供は喜んでくれていたので幸せでした😊





今思えば、

「子どもに遊んであげる」じゃなくて、
「子どもの世界に一緒に入る」だったんだと思います。
チャネリングですわな。





大人も子どもも、
「こうしなきゃ」から少し離れて、

みんなが楽な気持ちで
一緒に楽しめる世界を目指しています🌍✨








最後から2番目の恋が放送されてた頃
この内田有紀に似てるとあちこちで言われてて
私自体はドラマを見てなかったけど
いろんな役を演じられるって楽しそうだな🤭




エンドレス🔁な毎日で

じぶんの時間もままならないのはよくわかる


犬と遊ぶのだって

タイマーかけて頑張って遊ぶけど

私は流石に犬にはなれないので

もう、必死!!!!!



飼った以上はね、幸せにしてあげたいしさ。

みんな楽しく頑張ろ!!照れおねがいチュー