私は、幼い頃から「賢い賢い」
って周りの大人に言われてきてて、
何が賢いのかわからないけど
それがいつの間にやら
「賢くいなくちゃ」って
自分を縛ってたんだろうな。。
間違えることや失敗を恐れて
石橋を叩いて叩いて叩き過ぎて
叩き割るタイプ🤭
わくわくすることがどんどん浮かぶのに
結局は
決定的に切羽詰まらないと行動できないで
後手後手の人生になる。
『不可抗力の成れの果て』
みたいにどこか被害者面。
とは、表現はがキツいけど、
被害者ではなくて、被害者“面”ってところが
何とも無責任で不細工。
『paradise kiss』って漫画で、
「自分の足で歩いてるくせに全部人のせいか!(略)自分の意思はどこにあんだよ!!」と言う言葉を主人公に向かって叩きつけられる場面がある。
いつでも何をしててもなんだか楽しくなさそうな冷めた主人公(JK)が
ある出会いからファッションモデルへの道を歩むことになるお話なんだけど、土壇場になるとすぐにここに連れてこられたのは誰かのせいにしていつでも自分は被害者面。
そんな彼女の生き方にイライラしてこの言葉を言い放ったのが主人公ののちのパートナー。
この一言から、自分の意思を持って歩き始めるきっかけになるんだけど
なんてことない序盤の出来事かもしれないけど、
大人になってちょうど3年前くらいに漫画を見直した私(40代)にもとても影響があった。
思い通りにならないのではなくて
自分からすすんで
ずっとコントロール待ちの状態。。
これは酷く無責任だと気づいた時の衝撃は
凄かった。
だけど、長年そうして生きてきたものを
ある日突然シフト出来ないし、
やっぱりついつい忘れてしまうしで、
そこから更に2年近く過ぎた今、
自分を大切にすることを
真剣に取り組んでやってやっと腑に落ちた💧
結婚してからは特に
“親である”
“母である”
“妻である”
「間違えるわけにはいかない」と言う恐怖から
何でもとりあえず
夫に聞いて生きてきていた。
それだと夫の考え方にどんどん
偏って行くことになる。
ここでも間違えてならないのは
どうしても飲めないことには
自分の意思も必ずあったはず。。
どれほどの圧があっても
仮に『死ね』と言われても死んで無い。
総じて、自分が選び取ってきた結果。
そしてそれはこの先も同じく
誰に会おうともどこに行こうとも
結果の全てが自分の意思だと
明確に自分で理解していようと思う。
答え合わせしたくなって、
ついつい誰かを求めるけど
自分に集中し始めてわかることは
・自分が好き🥰と思えること
・反対にどうしても無理だ!と思うこと
前の記事にも書いたけれど、
これだけが本当に真実で、
そこからしか私は
自分に正しくは考えられない。
心が動くことを楽しみに
この世に来た私だからこそ
幼少期から色とりどりの刺激が
目の前にもたらされたのかも🤭
“答えは自分の中にある”
というよりかは、
自分の中のわくわくだけが真実で
そこに錨⚓️を下ろして
そこを軸に丁寧に純朴に向き合った時に
自然にたどり着くのが答え。
と言うことになる。
もっともっと感じて
自分の足で歩いていこう!
いつも読んでくれてたら本当にありがとう🫶
ほなまたねー^ - ^🤚
