2026年占星術で蠍座は

84年に一度の恋愛クライマックスの年らしい。



占星術が当たるとか当たらないとか

実はどうでもよくて

自分がそこに乗っかるのか見逃すのかやとしたら

コレには乗っかってみようと思った🤭



これまで私が
…母だから。…妻だから。…歳だから。

色んな理由で後回しにしてきたことがある。


もちろん、それが全部間違いだったとは思わない。
家族も大事。生活も大事。


でも最近ふと思う。

もしかしたら私は、
誰かのために我慢している“フリ”をしながら、
本当は自分の挑戦を怖がっていただけかもしれない。


だから今年は、ちょっと決めた。

少しずつ、もう少し思い切ってやってみよう!



サロンでも、慣れない新メニューを出したりして、
正直まだ初手の手探り。
でも「やってみたい」と思った自分の気持ちを

無視しないことにした。


アインシュタインが晩年、娘に宛てた手紙の中で

「愛こそが存在する最大の力」

みたいに解いたって言うからさ


恋愛クライマックスとはいえ

今の私が何にときめくのか。

誰に出会うのか。
何が起こるのか。

正直、まだ全然わからない。


でも少なくとも、
「どうせ無理」「今さら」「私なんて」

そんな言葉で自分の可能性の限界を決めるのを

もうやめようと思っている。



愛って、誰かのために自分を犠牲にすること

ではない。


むしろ逆で、

自分の本音から逃げないエネルギー

なんじゃないかと思う。


母だから。
妻だから。
歳だから。

そうやって諦めてきたことがある人こそ、
もしかしたら今がスタートなのかもしれない。


今年は自分の人生に

ちゃんとときめいていこうとおもうよ^ - ^






ほなねー🤚























私は今年50歳になる。
結婚して22年を迎える。

2人の娘が成人して
私は何年か前から
少しずつ家庭の外を歩き始めている。

特別なことはしてなくて、
私の興味が湧いたところで景色を見たり
いろんな人と話して
いろんな世界に触れている。
最初は外に出るのが怖かったけど
ラプンツェルになった気持ちで
大冒険しているみたいだった。

外の世界に自分がなかなか馴染んでないことにも
外に出たばかりの私はわかってなかった。

2年ほどかけて少しずつ行動範囲と
交友関係を広げる中で
今はひとつ強い違和感にぶつかっている。

「パートナーは一人だけ。
その人と何でも共有するのが理想」
という考え方への違和感。


外に出て人と話してみると
人にはそれぞれ得意な世界があって

レトロな話をするのが楽しい人。  
最新のガジェットを語るのが面白い人。  
とても繊細な感情の話ができる人。  
神様や目に見えないものの話ができる人。  
ただ笑っていられたらそれでいい人。

人は、みんな違う。

それなのに
「たった一人のパートナーと全部共有する」
というこのルール
普通に考えてあり得ないと思う。

恋愛、友情、知的な会話、趣味、人生観。  
全部を一人の人に集約させる。

もちろん、
それが奇跡的に成立する人もいると思う。  
でも、現実にはそれぞれ違う相手と深く話した方が  
世界は広がることも多い。

私は家庭という縛りが
ほとんど無い環境で育ったから
家庭という血のつながりだけの集団が
不思議に見える。

去年、
「ポリアモリー」という概念を知った。
ポリアモリーとは
複数の人と誠実な関係を築くという考え方。

誤解されやすいけれど、  
単なる自由恋愛というよりも  
「人間関係の可能性を一人に固定しない」
という発想に近い。

はたまた、
「コンパニオンシップ」と呼ばれる形もある。
コンパニオンシップは
恋愛の高揚だけではなく
・安心  
・信頼  
・生活の協力  
・人生を一緒に作る
そういった基盤を共有する関係。

多くの子育てを終えた夫婦は
こうなって行くと思う

好きとかときめきなんかは一切無いが
自分の居場所になりうる関係。
長く積み重ねてきた歴史があるし
少しの距離を置くことで
一番気を使わなくてすむのはこの人だった。
的な^ - ^


シブがき隊のふっくんは、
奥様と離婚して家を売り払い
マンション暮らしをしているが、
隣の住人はなんと元奥様のつちやかおりさん

お互いがプライベートは離れながらも
困った時は助け合う仲らしい。

そう言う最新型を地で行くところが
タレントたる所以な気もするし
いつでも逃げずに真摯にぶつかってて
素晴らしいと思う。

私自身、
離婚?卒婚?自立?なんて言う思いを経て
この二つの概念の間で  
自分を観察しているところ。


一人の人と深く繋がっていたい。
「どこまでも愛せるのは貴方だけ」
なんてことをいつだって言いたい。

これが永遠であればどれだけ尊いだろう。
いつまでも続かないことがあるのを
多くの経験で知っているからこそ
そんな言葉は体から漏れてしまわない限りは
言えんのです。

1人の人と深く繋がっていたい
しかし、
世界は狭くしたくない。


純粋で至って真面目な様々の矛盾を
どう扱えばいいのかがまだ分からない。



ただ、はっきりしているのは  
少し外に出て歩き始めたことで  
停止していた心が
自分の中で確実に動き出したということ。


家庭の中だけにいた時には  
見えなかった問いが今は見えてきている。

「自然な自分で生きる」とは何なのか。  
「パートナーシップ」とは何なのか。


今の私の課題は  
この違和感をなかったことにせず、  
諦めないことなんだと思う。



若い頃、
気取ってHIPHOPやRBを
聴き散らかしてたうちのひとつに
Nellyのジレンマがある

愛だけで全てを選べたら
そんな楽なことはないんよ。
いやマジで!








って言う日曜の正午でした^ - ^🤚



ほなまたねー















“世界には私しか居ない”
って
25年前にふと感じて
あれから25年も経ってしまった



世間の評価とか
私以外の人がどう思うか…

って考えることで
自分が孤独にならなくて済むように
命綱にしてしまってたのは私の方で
…誰も私を縛ってないんよな

自分が“変な人”なのを
諦めきれずに中途半端に隠して来た結果、
自分の中の違和感が
飽和してしまった




唯一、娘2人を
大まじめに伸び伸び見守って来たことが
わたしが私に誇れること


私が正しい答え持ってるわけないし
娘が毎日見ている景色は
私の想像を超えるものに決まってる

例えば、鬼ゲーマーの娘に対して
「ゲームばっかりしててアレはあかん」
と、夫は私に言うが

ゲームばかりの何がいけないのかを
相手の行動をさえざることなく
俺主体で伝えること
できることってそれだけ。

自分の生きて来た経験と自分の友人知人の経験とよく行っても自分がネットなどで得られる他人の経験くらいで
娘が毎日見ている景色とは一致しないのにね


コントロール欲なのか
責任感なのか 
すぐに解を押し付けてくる人いる

無責任やし、相手を信用してないし
ひいては自分のことも信じれてない
監視社会の世界にいるからこそ
小さく塞ぎ込んでしまうのかな


“一旦聞き入れる”ができない

そんな人を一番身近に置いたことが
“世界でひとりで生きている私”の潜在意識

だとしたら
よっぽどひとりで漂ってることが
大好きなんだな笑笑
って今朝妙に腑に落ちた


自分と境界線が無くなるほど
しっくりと来る人だったら
ニコイチになってしまって…
どんなになってしまうんだろか??




最近、また新しく
私の近くに
変な人が近づいて来ている

ごめんやけど、
明日がどうなるかわからないから
おもしろいと思うことには
ガンガン足を踏み入れてみようと思う


私に会った瞬間に直感でこの人だと思った
って、そんな
ロマンチックなことを言われたら
おもしろすぎる😆✨
そして、受け取ってみてわくわくする



違和感を解放することに集中するだけの
豊かな日々を選ぶ

大層に聞こえるけど、
ただただ自分の感覚で
「これいいな」「これはやだな」
それに素直に行くだけ^ - ^



下の子が成人して、大学を出る頃には
家族みんながそれぞれに
自分のしたいことにガンガン進んで行けますように

私がずっと願っていること






自分の人生を納得して生きよう
誰にも乗っ取られてはいけない

















ほなまたね^ - ^🤚