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パラレル

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高崎市タワー美術館で開催中の「The 美人画」展でこれは、と思う作品、鏑木清方(1952)《夏ざしき》株式会社ヤマタネ の主観レビューをお届けします。


本作は、夏の座敷に静かに座る女性を描いた美人画です。

女性は涼やかな単衣の着物を纏い、畳の上に正座しています。

背景には余計な装飾を排し、室内の静けさと夏の空気感が強調されています。

 

最も印象的なのが、淡い水色を基調とした着物です。

この装いが視覚的に「涼」を伝え、夏を感じさせます。

まさに「日本の夏を着ている」と言える表現です。

 

また、誰か来たのか、手を止めて上を見ています。

しかし、顔は普段と変わらず、緊張感はありません。

このことから、親しい人なのでしょう。

清方らしく、「事件性のなさ」を描いています。

 

そして、この女性は特定の人物というより、静かな座敷、緩やかな時間、暑さの中の一瞬の涼、日本的な慎ましさを体現する”夏そのもの”とも言えます。

つまり、「日本の季節と女性の美を重ねて表現」しているのではないでしょうか。

 

 

高崎市タワー美術館で開催中の「The 美人画」展でこれは、と思う作品、鏑木清方(1915)《文の使》高崎市タワー美術館蔵 の主観レビューをお届けします。


本作は、手紙(文)を託す女性と、それを受け取る使者の若い女性を描いた一場面です。

縁側をはさんで向き合う二人の女性の、控え目でありながら緊張感を帯びたやり取りが、繊細に表現されています。

 

二人の間にある欄干は斜めに描かれ、文を持つ女性は今まさに動こうとしている瞬間なのですが、そこにもう一人の女性が立ち、視線と身体の向きで動きを制しています。

「文を届けに行こうとするが、引き止められている」という構図です。

 

また、文を持つ女性は、地味で落ち着いた着物を着ており、やや控え目な存在感です。

これは、使いの者、あるいは立場の弱い側を表します。

 

一方、引き止める女性は、華やかな装い、空間的にも「奥」にいることから、身分が高い、あるいは感情の主体である可能性があります。

ここから、主従関係、年長者と若い女性、あるいは恋に関わる「当事者」と「仲介者」といった関係性が想像できます。

 

二人の着物は赤と青で対照的な色ですが、画面で反復され、互いの着物にバランスよく配置されていることから、身分や立場は違うが、感情の方向は同じ、つまり、同じ秘密・想いを共有しているという印象が生まれます。

清方はここで、「対立」ではなく「共犯性」「連帯」を描いているのではないでしょうか。

 

高崎市タワー美術館で開催中の「The 美人画」展でこれは、と思う作品、上村松園(1910頃)《春の野図》株式会社ヤマタネ の主観レビューをお届けします。


本作には、柔らかな春の空気に包まれた若い女性が、静かに歩を進める姿が描かれています。

手に持つのは扇。

視線は伏し目がちで、内省的かつ慎ましい印象を与えます。

 

身体はややくねらせたS字の姿勢となっており、静止ではなく「動きの途中」、無意識のうちに表れる若さを感じさせます。

顔の表情には、強い意思や色香はなく、どこか無垢で、思慮深すぎない印象です。

これは、松園が少女から女性へ移ろう瞬間を描いているためです。

 

そして、着物の「赤」は画面全体を引き締めると同時に、まだ控え目だが、確かに芽生えている「大人の兆し」を表していると考えられます。

手の指には指輪がきらめいており、幸福な門出の暗示と受け止めることができます。

さらに、春は人生の始まりとも捉えることができ、少女から女性へ、日常から人生の節目へという重層的な意味が重ねられている可能性があります。

 

つまり本作は、「少女から女性へ移ろう、その一瞬の気配を、春の野に託した作品」と言うことができるのではないでしょうか。