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パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

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松岡美術館で開催中の「開館50周年記念 おいでよ!松岡動物園」展でこれはと思う作品、《気》の主観レビューをお届けします。


本作の前に立つと、まず黒猫に目が行きます。

なにやら、後ろを振り返っています。

誰かが近づいてきたのでしょうか。

 

その後、前方を見ると、葛の葉が上へ上へと伸びていることに気が付きます。

作者によると、その張り詰めた緊張感を、黒猫の振り向いた動きで表しているとのことです。

何となく不穏な雰囲気を感じませんか?

 

そして、葛の枝を辿ると、窓が見えます。

その内部は黒くなっており、窺うことはできません。

しかし、思考は葛の枝に導かれて、内部に入ってしまいます。

 

これは意図した構図なのでしょう。

黒猫は誰にも見られず、その内部に入って行きたそうです。

一度入ると、二度と出てこれない内部に。

それは、まるで現実と幻想との境界に立っているかのようでもあります。


林美枝子《気》(1980年) 松岡美術館

 

松岡美術館で開催中の「開館50周年記念 おいでよ!松岡動物園」展へ行って来ました。


同館は、1975年11月25日に新橋日比谷通りに開館して、今年で50周年を迎えます。

それを記念し、3期にわたり松岡コレクションを様々なテーマで紹介しています。

第2弾となる本展では、松岡美術館が松岡動物園になります。

古代エジプトの神々から近代日本の巨匠が描いた動物まで、古今東西のコレクションから選りすぐりの「いきもの」たちが一堂に会します。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

第1章 古代エジプト 神様になった動物たち

第2章 世界の動物さんたち大集合

第3章 動物と人 描かれた動物たち

第4章 ヒトが描いたヒト

 

第1章では、古代エジプトにおいて、神様になった動物たちが紹介されています。

悪霊や病気から人や家を守る力があると信じられてきた、猫の女神《バステト》や、天空と王権を守護する神様、《ホルス》など、神格化された動物たちが出迎えてくれます。

数千年の時を超えた神秘的な動物たちに、古代の信仰心に思いを馳せることができます。


《バステト女神頭部像》(エジプト 末期王朝時代 紀元前664-332年頃) 松岡美術館


《ホルス》(エジプト 末期王朝時代 第26王朝 紀元前664-525年頃) 松岡美術館

 

第2章では、中国・唐時代の《三彩馬》や、世界各地で出土した動物がモチーフの工芸品が紹介されています。

同じ動物でも、文化や時代によって表現がいかに異なるかに気付かされます。


《三彩 馬》(中国 唐時代 7-8世紀) 松岡美術館


《馬》(ギリシア 紀元前6世紀頃) 松岡美術館

 

第3章では、横山大観や円山応挙など、巨匠たちが描いた動物作品に出会うことができます。

その柔らかな毛並みや生命感が、見事な筆致で描かれています。


円山応挙《猿鶴ノ図より鶴図》(江戸時代 18世紀) 松岡美術館


横山大観《木菟》(1926年頃) 松岡美術館

 

また、ヒトも動物です。

第4章では、ヒトが描いたヒトの作品が紹介されています。

ルノワールやモディリアーニ、ローランサンなどの名画も鑑賞することができます。

同館所蔵の近代西洋画を満喫できる、贅沢な空間です。


ピエール=オーギュスト・ルノワール《リュシアン・ドーテの肖像》(1879年) 松岡美術館


アメデオ・モディリアーニ《若い女の胸像(マーサ嬢)》(1916-17年頃) 松岡美術館

 

本展は、ただ動物作品を集めた展覧会ではありません。

それぞれの文化や時代の中で、人々が動物にどのような眼差しを向けてきたのかを発見することができる、希少な展覧会です。

動物好きな方はもちろん、美術ファンまで幅広く楽しめる展覧会となっています。

 

 

 

 

会期:2025年6月17日(火)〜10月13日(月・祝)

会場:松岡美術館 展示室1・4・5・6

   〒108-0071 東京都港区白金台5-12-6

開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)

休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌平日)

 

 

 

 

 

ちくま新書から刊行された『忙しい人のための美術館の歩き方』を読んでみました。

ちいさな美術館の学芸員(2025年)『忙しい人のための美術館の歩き方』ちくま新書

 

「あなたが最後に美術館に行ったのはいつですか?」

こう聞かれて、「先週行ったばかりです」と答える人は、ごくわずかでしょう。

過去一年以内に行っていればまだいい方で、気がつけばもう何年も美術館から足が遠のいている。

そんな人が多いのではないでしょうか。

 

では、どうして美術館に足を運ぶまでにいたらないのでしょうか。

一番の理由は「何となく行けない」ではないでしょうか。

本書はその「何となく行けない」の理由を掘り下げ、その解決法を示した一冊です。

 

目次

はじめに 美術館に行きたいけどなぜか行けてないあなたへ

第1章 タイパの真逆にある美術館

第2章 美術鑑賞の変遷

第3章 美術館の新たな取り組み

第4章 SNS時代の美術館 鑑賞する側が主役になる

第5章 結局、美術館に行く意味って何?

おわりに 今度の週末、美術館に行こうと決めたあなたへ

参考図書案内

 

本書の根底に流れるのは、「美術館に行く意味、それは忙しない毎日にそっと余白を差し込むことです」というメッセージです。

確かに美術はすぐに役立つものではありません。

無駄に思えるかもしれません。

そして美術館は不要不急の筆頭と言われるかもしれません。

しかし、筆者は作品の前に立ち、ただ静かに向き合う時間がいかに現代人にとって贅沢で、必要なものであるかを説いています。

情報を浴びるように消費する日常から一時的に離れ、作品と対話し、自分自身の内なる声に耳を澄ませる。

その「無駄」とも思える時間が、結果的に日々の生活に彩りと深みを与えてくれるのです。

 

また、本書は軽やかで読みやすい文章で綴られています。

それはまるで、親しい友人から美術館の魅力を語りかけられているかのような心地よさを感じることでしょう。

読了後は、きっと美術館へ足を運んでみたくなるはずです。

 

 

 

筆者プロフィール

ちいさな美術館の学芸員(ちいさなびじゅつかんのがくげいいん)

東京都生まれ。都内のとある美術館で働く学芸員。複数の大学でも教鞭を執る。2022年からnoteにて美術館や学芸員に関するコラムをスタート。すでに投稿した記事は300本以上。現在もコツコツと更新継続中。著書に『学芸員しか知らない 美術館が楽しくなる話』、『学芸員が教える 日本美術が楽しくなる話』(いずれも産業編集センター)。