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パラレル

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泉屋博古館東京で開催中の「特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語ー現代マイセンの磁器芸術ー」でこれはと思う作品、《スウィートピーの文様》コーヒーサービスの主観レビューをお届けします。


まず一目見て、マイセンに対する思い込みを捨て去らなければなりません。

まるで現代アートのように、リズミカルに縦線が引かれ、スタイリッシュなイメージを受けます。

そして、その線の中に配置された赤と青のスウィートピーの花。

赤い花は白地に映え、全体を引き締めています。

 

本作は、1960年に発足した「芸術の発展を目指すグループ」の最初の仕事として製作されました。

伝統的なマイセンの花文様とは異なる斬新な作風は、マイセン社内でも賛否両論があったというのも頷けます。

その一式を揃えれば、場が一気に和み、優しい雰囲気になることでしょう。

家族と一緒に使いたい逸品です。

泉屋博古館東京で開催中の「特別展 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語ー現代マイセンの磁器芸術ー」へ行って来ました。


ヨーロッパを代表する名窯、マイセン。

ドイツ、ザクセン州の古都・マイセンで18世紀に王立の磁器製作所として創業しました。

ザクセン選帝侯のフリードリッヒ・アウグスト1世(通称:アウグスト強王)の命により、18世紀にヨーロッパ初の硬質磁器焼成に成功し、マイセンの地で300年以上の歴史を持つ窯として現在まで多くの名品を世に送り出してきました。

 

本展では、絵付師の巨匠ハインツ・ヴェルナーに注目します。

ヴェルナーが創作した名作を中心に、現代マイセンの美しい磁器芸術を紹介しています。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

プロローグ 名窯の誕生

第1章 磁器芸術の芽吹き

第2章 名シリーズの時代

第3章 光と色彩の時代

エピローグ 受け継がれる意思

 

1710年、マイセンの地に、熱心な東洋磁器愛好家であったアウグスト強王が王立磁器製作所を設立しました。

アウグスト強王が最初に目指したのは、「白い金」と称された白磁でした。

マイセンの郊外には白磁の原料となる良質なカオリンがあり、ヨーロッパ初の硬質磁器が誕生します。

 

1720年代には「柿右衛門様式」の色絵を愛するアウグスト強王の願いが叶い、シノワズリ(中国趣味)の色彩豊かな絵付けにも成功し、1735年頃から西洋的な器の形とシノワズリの融合が実現しました。

 

1928年、ドイツ・ザクセン州マイセンの郊外の町コズヴィッヒ。

ここで、のちに現代マイセンを代表するデザイナーとなるハインツ・ヴェルナーが誕生しました。

1943年、ドレスデン芸術アカデミーの分校として設立されたマイセン養成学校に入学します。

入学後すぐに類いまれな絵の才能を見いだされ、早くも1950年には絵付師として認められるに至ります。

 

マイセンの製品は、ライプツィヒ・メッセ(ザクセン州ライプツィヒで開催される見本市)においてデザインが発表され製品化へと進んでいきます。

ヴェルナーな、1958年のメッセにて装飾デザイナーとしてデビューしたのち、1960年には伝統を守りつつも時代に即した新しい創造を生み出すべく立ち上げられた「芸術の発展を目指すグループ」の設立メンバーに選ばれました。

 

《エンゼルフィッシュ》花瓶(1958年 個人蔵)は、熱帯魚のエンゼルフィッシュを描いた花瓶で、ヴェルナーの装飾デザイナーとしてのデビュ作のひとつです。

青一色の軽やかな線描のみですが、モチーフの特徴を捉え、的確にデフォルメして描いています。

 

1960年代のマイセンでは、「芸術の発展を目指すグループ」の発足の一方、マイセンの長い伝統を守った製品も求められていました。

そして、誕生したのが、ドイツで古くから親しまれてきた文学作品をモチーフとした《ミュンヒハウゼン》です。

これをきっかけとし、ヴェルナーは1970年代後半にかけて、物語からインスピレーションを得た代表作《サマーナイト》と《アラビアンナイト》、さらにはマイセンの自然描写に新風を吹き込んだ《狩り》や《ブルーオーキッド》を始めとした、新たなシリーズを次々と生み出します。

 

《アラビアンナイト》コーヒーサービス(1966年 1974年以降製作 個人蔵)は、東洋の踊り子の姿や、空飛ぶ魔法の道具など、物語でお馴染みのモチーフが繊細な絵筆で描かれています。


《アラビアンナイト》宝石箱(1966年頃) 個人蔵

 

そして、もう一つのヴェルナーの代表作は《サマーナイト》です。

《サマーナイト》ティーサービス(1969年 個人蔵)に見られるように、シェイクスピアによる喜劇『真夏の夜の夢』のキャラクターを幻想的に描いています。

「芸術の発展を目指すグループ」の中でも最も年配であった絵付師のルディ・シュトレが第二次世界大戦後、戦争捕虜としてイギリスに滞在していた時、シェイクスピアの劇に出会ったことがこのテーマを取り入れるきっかけになったと言われています。

 

1980年代に入ると、ヴェルナーのデザインは具象を超え、生命力あふれる美しい色と線や面の共演となっていきます。

花、雲、風、ジュエリーから男女の愛まで、多種多様なモチーフを踊るような筆致で描きました。

 

《インプレッション》カップ&ソーサほか(1985年 個人蔵)は、マスキングテープをランダムに切り貼りし、筆のムラを効果的に用いて、雲や風を描いており、躍動感あふれる表現になっています。

 

1990年代になると、ヴェルナーはマイセン内でも若いアーティストの育成に力を注ぐ立場として、教え子たちとの共作を手がけています。

1993年に定年退職した後も創造へのエネルギーは全く衰えを見せず、翌年には集大成とも言える《ドラゴンメロディ》を発表します。

教え子に「マイセンの宝物」と言われたヴェルナーは、2019年に91歳で逝去する直前まで、マイセンの新作発表カタログに名を連ねていました。

 

ヴェルナーは多彩なサービスウェアの数々、陶板画などをデザインしました。

また、ヴェルナー自身が残した「日本は第二の故郷」という言葉の通り、大変な親日家としても知られ、芸術的表現において日本にちなむデザインを生み出すなど、日本との関わりも深い人物です。

ヴェルナーの美しき磁器芸術を堪能してみませんか。


展示風景より

 

 

 

 

 

会期:2025年8月30日(土)〜11月3日(月・祝)

会場:泉屋博古館東京

   〒106-0032 東京都港区六本木1丁目5-1

休館日:月曜日(9/15、10/13、11/3は開館)、9月16日・10月14日(火)

開館時間:午前11時〜午後6時

   ※金曜日は午後7時まで開館

   ※最終入館は閉館30分前まで

主催:公益財団法人泉屋博古館、毎日新聞社

後援:TOKYO MX

監修:荒川正明(学習院大学教授)

特別協力:アンティークアーカイヴ

協力:マイセン磁器日本総代理店 ジーケージャパンエージェンシー株式会社

企画協力:株式会社キュレイターズ

 

麻布台ヒルズギャラリーで開催中の「高畑勲展ー日本のアニメーションを作った男。」へ行って来ました。

三重県に生まれ、岡山県で育った高畑勲。

高畑は、1960年代から半世紀にわたって日本のアニメーション制作のキャリアを積み、その世界を牽引したアニメーション映画監督です。

東京大学仏文学科卒業後の1959年、東映動画(現・東映アニメーション)に入社します。

『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968)で壮大な世界観を表現するなど、アニメーションにおける新しい表現に挑戦していきました。

 

本展は、高畑の演出術に注目し、演出ノートや絵コンテなども紹介しながら、技術や思想が詰め込まれた数々の作品を改めて見返すものです。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

第1章 出発点ーアニメーション映画への情熱

第2章 日常生活のよろこびーアニメーションの新たな表現領域を開拓

第3章 日本文化への眼差しー過去と現在との対話

第4章 スケッチの躍動ー新たなアニメーションへの挑戦

 

高畑は、1959年に東映動画に入社し、アニメーションの演出家を目指します。

テレビシリーズ『狼少年ケン』(1963〜65)で初演出を務め、その新人離れした技術とセンスが評価され、『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)において劇場用長編初監督に抜擢されます。

 

そこでは、高畑は、分業が避けられないアニメーションの制作の現場において、作業の全体を見渡せる者と、そうでない者との序列が生まれてしまうことを問題視し、皆が平等に作品参加できるようなシステムを構築しようとしました。

 

東映動画を去った高畑は、『アルプスの少女ハイジ』(1974)にはじまり、『母をたずねて三千里』(1976)、『赤毛のアン』(1979) という一連のテレビの名作シリーズで新境地を切り拓きます。

毎週1話を完成させなければならない時間的な制約にもかかわらず、表現上の工夫を凝らし、衣食住や自然との関わりといった日常生活を丹念に描写することで、1年間52話で達成できる生き生きとした人間ドラマを創造したのです。

 

『アルプスの少女ハイジ』では、演出の高畑、画面構成(レイアウト)の宮﨑駿、作画監督の小田部羊一が全ての話数に携わり、作品の質をコントロールしました。

特に、高畑が考え宮﨑が実践した「レイアウトシステム」は、演出意図を効率的に完成画面に反映させる画期的な取り組みとして、後のアニメーション制作現場に大きな影響を与えました。

 

映画『じゃりン子チエ』(1981)、『セロ弾きのゴーシュ』(1982)以降は日本を舞台にした作品に特化、日本の風土や庶民の生活のリアリティーを活写します。

その取り組みは、1985年に設立に参画したスタジオジブリにおいて、『火垂るの墓』(1988)、『おもひでぽろぽろ』(1991)、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)という日本の現代史に注目した作品群に結実します。

 

『火垂るの墓』美術監督の山本二三は、『じゃりン子チエ』の時とは異なるリアリティあふれる描写によって、幼い兄弟の戦争体験に迫っていきました。

とりわけ炎、煙、水蒸気、光といった形のないものの複雑なニュアンスを描写することで、背景に心理的な効果を添えることに成功しています。

こうして、観客の意識を過去にいざない、日常生活のレベルで戦争をリアルに感じ取れるような厚みのある物語世界を構築しようとしました。

 

高畑はアニメーションの表現形式への飽くなき探求者でもありました。

90年代には絵巻物研究に没頭して日本の視覚文化の伝統を掘り起こし、人物と背景が一体化したアニメーションの新しい表現スタイルを模索し続けました。

その成果は『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)と『かぐや姫の物語』(2013)に結実します。

デジタル技術を利用して手描きの線を生かした水彩画風の描写に挑み、従来のセル画様式とは一線を画した表現を達成しました。

 

遺作となった『かぐや姫の物語』には、作画設計の田辺修、美術の男鹿和雄を中心に、日本を代表するアニメーション制作スタッフが結集しました。

『ホーホケキョ となりの山田くん』で培われた表現を踏まえ、さらに進化した映像が制作されたのです。

 

高畑が追求し続けた「日本らしさ」。

豊富な資料に囲まれた展示室で、その答えを探してみませんか。

 

 

 

 

 

会期:2025年6月27日(金)〜9月15日(月・祝)

会場:麻布台ヒルズギャラリー

   〒105-0001 東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザ MB階

開館時間:10:00〜20:00(最終入館19:30)

主催:麻布台ヒルズ ギャラリー、NHK、NHKプロモーション

企画協力:スタジオジブリ

協力:(公財)徳間記念アニメーション文化財団、新潮社

協賛:ア・ファクトリー

後援:レッツエンジョイ東京、TOKYO MX、在日スイス大使館