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パラレル

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岩波新書から刊行された『魔女狩り』を読んでみました。

 

「のろく燃える(生まれ木の)火で焼いても、魔女に対する罰としては十分ではない。地獄で待っている永遠の劫火を思えば、この世の火は、魔女が死ぬまでの、半時間以上は続かないのだから。・・・魔女を火刑にしない裁判官は、裁判官自身が焼かれるべきである。・・・魔女は、子供といえども赦してはならぬ。ただし、その幼い年齢を斟酌して、絞殺した上で焼いてもよかろう。・・・正規の裁判手続きに拘泥してはならぬ。それを厳格に守っていては、十万に一人の魔女も罰することはできない。・・・」(当時のフランス一流の進歩的な社会思想家、政治家、経済学者、パリ高等法院の一員、ジャン・ボダンの『悪魔崇拝』1580年、より)

 

1600年を中心の一世紀間はまさしく「魔女扇風」の期間でした。

しかもこれを煽り立てたのが、法皇・国王・貴族および大学者・文化人だったのです。

この期間をピークとする魔女扇風は13世紀ごろのフランスから吹き始め、やがて全キリスト教国、つまり西ヨーロッパ全土を荒らしまわり、17世紀末にその余波を新大陸アメリカに延ばした後、急速におさまりました。

 

当時のヨーロッパ社会を覆っていた深刻な不安ー戦争、飢饉、そしてペストの流行といった死の恐怖ー。

人々が理不尽な災厄の連続に苦しむ中で、その原因を説明し、憎悪をぶつけるための「スケープゴート」が「魔女」だったのです。

 

目次

プロローグー魔女旋風

Ⅰ 平穏だった「古い魔女」の時代

Ⅱ 険悪な「新しい魔女」の時代

Ⅲ 魔女裁判

Ⅳ 裁判のあとで

エピローグ

 

本書では、悪魔と契約し、魔女集会で乱痴気騒ぎを繰り広げるといった「魔女像」が、神学論争や民衆の迷信、そして為政者の思惑の中でいかにして「現実」として構築されていったのかを丹念に追っています。

そこには、狂信と政治が結びついた時に現出する世にも恐ろしい光景が広がっています。

理性が麻痺し、集団が暴走するとはどういうことか、そしてその中で個人としていかに思考し、行動すべきかを問いかけています。

 

 

 

 

筆者プロフィール

1903-87年

専攻ー科学思想史

著書ー『科学精神の歩み』

   『ガリレオの生涯』他

訳書ーサートン『科学史と新ヒューマニズム』

   サートン『科学の生命』

   ホワイト『科学と宗教の闘争』

   ビュアリ『思想の自由の歴史』(以上岩波新書)他

 

東京国立博物館で開催中の「動物の仮面」展へ行って来ました。

 

飛鳥時代、大陸から日本に仏教芸能である伎楽が伝わりました。

それ以来日本では、宮廷の仮面劇として発展した舞楽が室町時代に大成した能、狂言といった、仮面を用いる多様な芸能が栄えてきました。

基本的に仮面は人を表しますが、人のほかにも神や鬼など多種多様な仮面が使われ、その造形も様々です。

なかでもひときわ目を引くのが、動物の仮面です。

 

本展は、芸能の垣根を超えて、動物をテーマとした仮面を鑑賞するものです。

 

奈良時代に成立した雅楽のうち、舞踊をともなう舞楽で用いるのが舞楽面です。

一方、行道面は菩薩や御法神を表します。

面を着け、読経しながら寺院を練り歩く行道で用いました。


《舞楽面 陵王》(鎌倉時代 1211) 愛知・真清田神社


《行道面 五部浄居天》(鎌倉時代 14世紀) 和歌山・丹生都比売神社伝来

 

能は、大陸の芸能に由来する猿楽を源流とし、室町時代に大成された仮面芸能です。

基本的には人の姿に基づきますが、龍神や鬼、土蜘蛛といった人の姿をとらない役の場合には、両目を見開き、牙を剥き出しにした激しい表情の仮面が使われます。


《能面 顰》(室町時代 15〜16世紀) 金春家伝来

 

狂言は、能と同じく猿楽に起源を持つ芸能ですが、能とは異なり滑稽さやおかしさを描く喜劇が多く、精霊や動物を演じる際には仮面を用います。

特に猿や狐はそれぞれ写実的に表され、日本における動物彫刻の一例としても貴重です。


《狂言面 狐》(江戸時代 17〜18世紀) 個人蔵


《狂言面 猿》(江戸時代 18〜19世紀) 東京国立博物館

 

古来より、人々は儀式や芸能の中で、動物の力や神秘性を自らの身に宿すため、また物語を表現するために仮面を用いてきました。

そうした人々と動物の多様な関わり方を、仮面という造形物を通して感じてみませんか。

 

 

 

 

会期:2025年8月26日(火)〜11月9日(日)

会場:東京国立博物館 本館14室

   〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9

 

 

東京国立博物館で開催中の「特別展「運慶 祈りの空間ー興福寺北円堂」」でこれはという作品、《四天王像(多聞天)》(鎌倉時代 13世紀 奈良・興福寺)の主観レビューをお届けします。


一目見て分かるように、左手で宝塔を高く掲げて、それを仰ぎ見ています。

しかも、ただ見ているだけではなく、目を見開いて、口を半開きにして。

他にも仰ぎ見る作例はありますが、本作ほど誇張され、見上げている多聞天は見たことがありません。

 

多聞天が持っている宝塔は、智慧の象徴です。

その智慧を駆使し、衆生の迷いに対し、正しい方向へ導くことが期待されています。

つまり、迷える人々を救済することを強く念じていることが分かります。

 

ありふれた伝統的な作例とは異なる、誇張され、ダイナミックなスタイル。

それこそが、運慶が鎌倉時代の天才仏師として名を馳せることになる一つの要因となったのではないでしょうか。