パラレル -31ページ目

パラレル

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上野の森美術館で開催中の「正倉院 THE SHOWー感じる。いま、ここにある奇跡」展でこれは、という作品《紅牙撥鏤尺》の主観レビューをお届けします。


本作は、象牙を赤く染め、その表面を彫って象牙地を出し、文様を表しています。

赤い文様の中に緑の点が施されれおり、色彩が際立っています。

その文様は宝相華や唐草模様、花喰鳥が刻まれており、まさに仏教世界における天上世界(浄土・極楽)を象徴する意匠として理解できます。

 

つまり、紅牙撥鏤尺全体が天平時代の仏教的宇宙観を可視化したものと言えます。

その根底には「仏教の天上世界を工芸で表した」精神性が確かに宿っているのです。

 

また、聖武天皇は「仏法による国家統治」を最も明確に打ち出した天皇です。

聖武天皇は、自らを「仏法を守護する王」として位置付け、仏教によって民の安寧と国家の秩序をもたらすという理想を掲げました。

 

つまり、紅牙撥鏤尺は「仏教的秩序に支えられた理想の国家」を象徴する意匠作品と読むことができます。

その美は単なる飾りではなく、政治と宗教の融合を象徴する”美の政治言語”でもあったのです。

それは、聖武天皇の「仏法による国家統治」という理念を具現化したものであり、天皇の徳と治世を称賛する象徴的工芸と解釈できるのではないでしょうか。


《紅牙撥鏤尺》再現模造

 

 

上野の森美術館で開催中の「正倉院 THE SHOWー感じる。いま、ここにある奇跡ー」展へ行って来ました。


奈良、東大寺の北側に建つ正倉院は、9000件もの宝物を1300年近く地上で守り伝えた”奇跡の宝庫”です。

それは、「偶然に残った宝物」ではなく「守り、残してきた宝物」であり、時代を超え、人の心と手を通じて紡がれてきました。

 

宮内庁正倉院事務所全面監修のもと、開催される本展。

「愛 美 紡ぐ」をテーマに宝物の背景にある様々なストーリーを紐解きます。

 

正倉院事務所では、宝物の素材・構造・技法を忠実に再現し、本来の姿を甦らせることを目的に、「再現模造」の製作を行なっています。

本展には、正倉院宝物の実物出陳はありませんが、人間国宝ら現代の名工が生み出した精巧な作品を通して、1300年前の天平文化の息吹を五感で「感じる」ことに主眼が置かれています。


《螺鈿箱》再現模造

 

ハイライトの一つが、宝物を360度からスキャンした高精細3Dデジタルデータを用いた映像作品です。

巨大なスクリーンに映し出される《螺鈿紫壇五絃琵琶》や《漆金薄絵盤》は、肉眼では捉えきれない文様の細部や素材の質感を驚くほど鮮明に映し出します。

まるで宝物の中に飛び込んだかのような没入感は、静的な鑑賞では得られない感動を与えてくれます。


展示風景より

 

また、本展では天下人が愛した幻の香「蘭奢待」を体験することができます。

織田信長や足利義政がその一部を切り取ったと伝わる天下第一の名香「蘭奢待」。

門外不出であるこの香木を科学的に分析し、その香りを忠実に再現しています。

本展でしか体験できない貴重な見どころと言えるでしょう。


レプリカ 蘭奢待

 

そして、いまを生きる私たちも、未来へとつながる物語の一部となります。

正倉院宝物を現代に接続させるものとして、現代アーティストと正倉院のコラボレーションにも注目したい。

 

《漆胡瓶》の独特な存在感に魅せられた、デザイナーの篠原ともえは、伝統の技法を尊び、過去と現代との対話から何かしらの表現を残したい良いう想いから、纏うアートピースの象徴として宝物をファッションへと昇華させました。

文様を紐解くと、その世界観は自然と生命への賛歌でした。

鹿や鳥など動物たちの愛くるしい豊かな表情はどこか人間味に溢れ、小さな昆虫や蝶までもが雄と雌のつがいであるのは、聖武天皇そして光明皇后との愛の絆を想起させます。


展示風景より

 

月の昇る方角から正倉院に向けて光を投じた写真家・瀧本幹也。

すると校倉が鋭く浮かび上がり、影は漆黒の闇の中へ静かに沈み込んでいきました。

その鮮明な明暗は、時を超えて新たな表情をもたらしました。

かつて人々も、月光に浮かび上がるその姿をこうして静かに仰ぎ見ていたのかもしれません。


展示風景より

 

本展は、1300年間守り伝えられてきた奇跡の宝物を、現代のテクノロジーと感性で解き放ち、私たちの目の前に蘇らせてくれる画期的な展覧会です。

知識として知るだけでなく、全身で「感じる」ことで、天平文化の豊かさ、そして日本の美意識の原点に触れることができるでしょう。

 

 

 

 

会期:2025年9月20日(土)〜11月9日(日)

会場:上野の森美術館

   〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2

開館時間:10:00〜17:00

   (入館は閉館の30分前まで)

主催:上野の森美術館、「正倉院 THE SHOW」実行委員会(読売テレビ、読売新聞社、TOPPAN、角川メディアハウス)、日本テレビ放送網、BS日テレ

監修:宮内庁正倉院事務所

協賛:タケモトピアノ

技術協力:エプソン販売

協力:高砂香料工業

後援:TOKYO MX、J-WAVE

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

   9:00〜20:00 無休

 

中公新書から刊行された『最後の審判 終末思想で読み解くキリスト教』を読んでみました。

岡田温司(2022年)『最後の審判 終末思想で読み解くキリスト教』中公新書

 

本書は、西洋美術における最重要テーマのひとつ「最後の審判」を、気鋭の美術史家・岡田温司氏が鮮やかに読み解く一冊です。

ミケランジェロの祭壇画を思い浮かべる人も多いこの壮大な主題が、いかにして生まれ、変容し、西洋の人々の精神に深く刻み込まれてきたのか。

本書は、その複雑で豊かな歴史を知的好奇心たっぷりに案内してくれます。

 

目次

はじめに

第Ⅰ章 あの世の地勢図

第Ⅱ章 裁きと正義

第Ⅲ章 罪と罰

第Ⅳ章 復活

おわりに

参考文献

 

キリスト教は死者の世界をどのように描いてきたのだろうか。

あの世はどのような地勢図に彩られているのだろうか。

いったい、イエスは如何なる権限でそうした重大な裁きを下すことができるのだろうか。

あらゆる「裁き」の原点にあるともいえる「最後の審判」に、実のところ正義はあるのだろうか。

「正義」とは果たして何であるとみなされてきたのだろうか。

 

罪人は地獄に堕とされて罰を受けるとされるのですが、そもそも罪を憎んで人を憎まず、というのがキリスト教の教えではないのだろうか。

裁き罰することよりも、赦し救うことが、この宗教のいわば売りではないのだろうか。

にも関わらず、様々な処罰が想定されてきたのはなぜで、そこに如何なる力学が働いていたのだろうか。

「最後の審判」において、死者はその肉体ごと復活すると説かれてきたのですが、いったいどうすればそんな不可思議なことが可能になるというのだろうか。

そもそも「復活」とは何のことなのだろうか。

 

その筆致は単なる美術史の解説に留まりません。

本書は「最後の審判」にまつわるこうしたストレートな疑問に捧げられています。

なぜ人々はこれほどまでに終末を恐れ、同時に救済を待ち望んだのか。

その根源にある問いを、豊富な知識と鋭い洞察で解き明かす様は圧巻です。

 

専門的なテーマを扱いながらも、その語り口は平易で、知的好奇心さえあれば誰でも楽しむことができます。

西洋絵画や彫刻のファンはもちろんのこと、キリスト教や西洋史に興味を持つ人、人間の根源的な感情である「希望」と「恐怖」の正体について考えてみたい人にとっても、本書は最適な一冊となるでしょう。

 

 

 

 

筆者プロフィール

岡田温司(おかだ・あつし)

1954年広島県生まれ。京都大学大学院博士課程修了。岡山大学助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を経て、現在、京都精華大学大学院特任教授。京都大学名誉教授。

著書『ルネサンスの美人論』(人文書院)

  『モランディとその時代』(同、吉田秀和賞)

  『フロイトのイタリア』(平凡社、読売文学賞)

  『マグダラのマリア』(中公新書)

  『処女懐妊』(同)

  『キリストの身体』(同)

  『アダムとイヴ』(同)

  『天使とは何か』(同)

  『デスマスク』(岩波新書)

  『黙示録』(同)

  『ネオレアリズモ』(みすず書房) など

訳書『スタンツェー西洋文化における言葉とイメージ』(アガンベン著、ちくま学芸文庫)

  『開かれー人間と動物』(アガンベン著、共訳、平凡社ライブラリー)

  『創造とアナーキー』(アガンベン著、共訳、月曜社) など