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パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

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美術出版社から刊行された『絵でわかるアートのコトバ』を読んでみました。


「美術検定」実行委員会・編(2011年)『絵でわかるアートのコトバ』美術出版社


美術の世界には「マニエリスム」「琳派」「テンペラ」など、専門的な用語が数多く存在します。

美術館でキャプションを読んだ時、普段使わない用語がちりばめられているために、見る楽しさが半減してしまった方もいるのでは。

本書では、豊富なイラストと簡潔なテキストをセットにすることで、直感的に理解できるよう構成されています。


また、美術検定の公式テキストとしての側面も持っている為、西洋美術だけでなく、日本美術もバランスよく収録されています。

これから美術全般を学びたい人にとって、偏りのない知識の土台を作ることができます。

それは単たる用語解説にとどまらず、「この用語を知っていると、美術館で作品のどこを見ればよいか」という、鑑賞のポイントが分かります。

読み終えた後、美術館に行くのが楽しみになることでしょう。


本書は、「美術には興味があるが、解説文のカタカナ語や専門用語にアレルギーがある」という方にこそ、最初の一冊としておすすめできます。

パラパラと眺めているだけでも「アートの仕組み」が頭に入ってくる、「読む」というより「見る」参考書として良書です。


森美術館で開催中の「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」でこれは、と思う作品、《水中の月》の主観レビューをお届けします。

A.A.MURAKAMIによる《水中の月》では、樹木のような彫刻からシャボン玉が落下し、水面で跳ね、転がり、弾けます。

建築とデジタルアート、自然現象を融合させた没入型インスタレーションです。

 

霧や光を用いた作品は、人工的でありながらどこか有機的で、時間の流れを忘れるような幻想的な空間を作り出しています。

それはまた、儚くもあり、ヴァニタスを想起させます。

つまり、霧・泡・煙・光という”存在しつつ、同時に失われていく”ものが作品の本質と言えるでしょう。

 

これは、「時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」という本展テーマとも親和性を持ちます。

時間は消える(有限)

体験は身体に刻まれる(永遠性)

鑑賞者の内部で、有限=永遠という逆説が起きるのです。

 

”消えてゆくもの”がその瞬間、”永遠”となる

そのパラドックスこそ、彼らの作品が放つ詩学です。

A.A.MURAKAMI(2025年)《水中の月》

森美術館で開催中の「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」へ行って来ました。


3年に一度、日本の現代アートシーンを定点観測する「六本木クロッシング」シリーズの第8回目となる今回は「時間」という普遍的かつ哲学的なテーマを掲げています。

 

本展では、21組のアーティストの実践を様々な観点から掘り下げており、それぞれのアーティストが捉える時間や空間、そして世界に向けた眼差しを重ね合わせることによって、今日の「日本の現代アート」を多角的に見つめています。

 

アーティストたちは、個人的な体験や記憶、思索を普遍的なテーマへと変容させます。

きわめて個人的な瞬間が、一人の生涯を超えて人々に響く力強い表現へと昇華されるのです。

 

沖潤子は、他者の時間と記憶が染み込んだ古布に刺繍を施し、自身の時間と生命の痕跡を刻み込み、過去と現在、個人と社会を結び直しています。

手芸という”ゆったりとした時間”でしか成立しない表現を「アート」として提示することで、時間や価値観の再検討を促しているようです。


展示風景より

 

焼成の過程で釉薬にひびが入る「梅花皮」や、内部の鉱物が表面に現れる「石爆」といった陶芸ならではの表現を、意図的に強調することで、陶芸における美しさの新しい解釈を試みている桑田卓郎。

本展では、鮮やかな色彩と大胆な造形が目を惹く大型陶芸を展示し、「伝統的な陶器の時間」と「現代アートとしての時間」を重ね、陶芸というメディアの可能性を再提示しています。


展示風景より

 

女性2人組のユニット、ズガ・コーサクとクリ・エイトは、六本木駅の出口を再現した《地下鉄出口》を紹介しています。

ダンボールなどで制作された本作は、日常の感情や記憶がいかに失われやすいかを静かに示しています。


ズガ・コーサクとクリ・エイト(2025年)《地下鉄出口 1a》


展示風景より

 

アーティストたちは、社会状況や私たちを取り囲むメディアの在り方が、時間感覚やその理解をどのように形作るかを明らかにします。

作品は、都市を覆うイメージと音の氾濫から距離を置き、それぞれの作品を見つめ、耳を傾けるよう私たちに促します。

 

ガーダー・アイダ・アイナーソンは、絵画を中心に立体やインスタレーションなど多様なメディアの作品を制作してきました。

壁面の絵画は、音声をテキストとして静止させることで、その場面の感情やイメージを凝縮しています。

床に置かれた香港民主化デモの際、警察車両の侵入を阻止するために考案されたバリケードの模倣とともに、暴力を想起させます。


展示風景より

 

作品制作を個人の表現から集団的な営みへと転換するアーティストたちにとって、時間は欠くことのできない要素です。

コミュニティや社会的集団、地域文化には、それぞれに固有の時間が流れており、その中で新たな共同体のかたちが育まれていきます。

 

国内外の多様な人々と共に「コミュニティ・スペシフィック」と呼ぶ実践を展開している北澤潤。

日本軍によるインドネシア侵攻時に使用され、後のインドネシア独立戦争でインドネシア軍に再利用されうなど、複雑な歴史を象徴する「隼」をインドネシアの空軍博物館で発見したことが契機となり、現地の凧職人たちと協働し、隼を実寸大で蘇らせました。

過去の負の歴史を、凧へと変換するプロセスが提示されています。


展示風景より

 

宮田明日鹿は、手芸、コミュニティ、社会史が交差する領域を探求するテキスタイルアーティストです。

宮田の芸術活動の核となるコミュニティを基盤としたプロジェクト「手芸部」では、家庭内での手芸という私的な労働を、皆で分かち合う文化的な創作活動へと変容させています。

参加者が作った作品は、彼女たちの人生と個人の歴史を記憶した重要なアーカイブでもあります。


展示風景より

 

アーティストたちは、誕生から死へ、始まりから終わりへ向かう過程で、必ずしも一方向の直線的な道を辿るわけではないことを示しています。

むしろ、それらは循環的で有機的なリズムで動いており、回復と再生を通じて持続します。

 

10年以上にわたってマレーシアと広島県尾道市を訪れているシュシ・スライマンは、屋根が大きく傷んだ廃屋から集めた瓦を使用した《瓦ランドスカップ》を制作しました。

放棄されたものを新しいものに変えるのではなく、人間と自然の協働が織りなす関係を観察しているのです。


展示風景より

 

本展は、パンデミック以降の加速する社会に対する批評的な視点も含みつつ、全体として「詩的で瞑想的」なトーンが強いのが特徴です。

「時間」という抽象的なコンセプトを様々な角度から「感じさせる」構成となっています。

理論だけではなく、身体感覚や感情を伴った体験となることでしょう。

 

 

 

 

会期:2025年12月3日(水)〜2026年3月29日(日)

会場:森美術館

   〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階

開館時間:10:00〜22:00

   ※火曜日のみ17:00まで

   ※ただし、12月8日(月)は17:00まで、12月30日(火)は22:00まで

   ※最終入館は閉館時間の30分前まで

主催:森美術館

助成:オランダ大使館、モンドリアン財団、ノルウェー現代美術協会(OCA)、オーストリア住宅・芸術・文化・メディア・スポーツ省

協賛:アンソロピック、株式会社大林組、三洋貿易株式会社、公益財団法人現代芸術振興財団

制作協力:SCAI THE BATHHOUSE、Lisson Gallery、MISAKO & ROSEN

企画:レオナルド・バルトロメウス(山口情報芸術センター[YCAM]キュレーター)、キム・ヘジュ(シンガポール美術館シニア・キュレーター)、徳山拓一(森美術館シニア・キュレーター)、矢作学(森美術館アソシエイト・キュレーター)

お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)