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パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

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高崎市美術館で開催中の「5つの部屋2026 5つの小宇宙へようこそ」展へ行って来ました。

5つの展示室で異なるテーマを設け、多様な表現の世界を巡る展覧会「5つの部屋」。

本展は、各作家の特徴的な描法や思考により、小さな宇宙のように違った表情を見せる5つのテーマでコレクションの新たな魅力を紹介するものです。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

1.三次元の部屋

2.線の部屋

3.シンメトリーの部屋

4.光の部屋

5.彼女の部屋

 

まず迎えてくれるのは、彫刻や立体作品が並ぶ「三次元の部屋」。

第1章は、「立体」をテーマに彫刻やオブジェを通して“存在すること“そのものを感じさせる空間です。

彫刻作品を通して、「物質の存在感」と、それが放つ「精神性」に触れることができます。

上原三千代(1998)《寝たふりをしている従者バクの屏風》高崎市美術館

 

第2章は、「描く」という行為の最小単位である「線」に焦点を当てた部屋です。

展示作品を通じて、線が単なる輪郭ではなく、感情や思考の痕跡であることが伝わってきます。

作家の身体性や精神性を反映し、見る側に想像の余地を与えます。

 

第3章は、幾何学的な構成や、左右対称(シンメトリー)がもたらす、数学的な美しさを楽しむ部屋です。

しかし、単なる規則性ではなく、どこか不安定さや揺らぎも感じられるのが特徴です。

完璧に整っているはずなのに、見続けると感覚が揺さぶられる、そんな視覚体験が生まれます。

 

第4章は、絵画の中に閉じ込められた「光」の表現を追求した部屋です。

絵画の中に差し込む光、反射する色彩、時間帯によって変わる印象。

遠くからと近くから、両方で鑑賞すると印象が変わります。

 

最後の章は、「女性像」をテーマに、時代も表現も異なる作品が並びます。

ここでは、「女性を描くこと」そのものが問い直されており、多層的な視点が浮かび上がります。

 

本展では、美術の見方を自然に学べ、満足度の高い内容です。

まさに、「5つの小宇宙」を旅するように、自分の感性にぴったり合う作品が見つかります。

 

 

 

 

会期:2026年1月10日(土)〜3月15日(日)

会場:高崎市美術館

   〒370-0849 群馬県高崎市八島町110-27

開館時間:午前10時〜午後6時

   ※入館は午後5時30分まで

   金曜日のみ午後8時まで

   ※入館は午後7時30分まで

休館日:1月13日(火)・19日(月)・26日(月)、2月2日(月)・9日(月)・12日(木)・16日(月)・24日(火)、3月2日(月)・9日(月)

主催:高崎市美術館

 

 

 

松岡美術館で開催中の「わたしを呼ぶ《アート》古代エジプトからシャガールまで」展でこれは、と思う作品、《聖テレジアの少女時代》の主観レビューをお届けします。

中央の少女(聖テレジア)は俯き加減で、どこか悔いを帯びたような、あるいは思い詰めたような表情をしています。

これは、信仰への強い思いと、それに伴う葛藤や覚悟、といった内面の重さを示しているように見えます。

 

足取りがゆっくりで、画面の水平線が静止して見える点もその印象を強めています。

 

一方、子どもは手の中の食べ物に気を取られ、歩みも自然で軽い。

つまり、現世的・無垢・本能的な存在として描かれています。

 

この対比は、「聖性に目覚めた者」と「まだ俗世にいる者」の違いを言葉無しで語っている構図だと言えます。

 

また、テレジアの帽子の赤は、情熱・苦悩・殉教・信仰の炎を象徴する色であり、画面を引き締めてもいます。

赤が頭部にあることで、信仰や決意が「思考」や「意思」に関わるものであることを暗示しているように見えます。

 

つまり本作は、テレジアは前に進んでいるが、決して軽やかではない。

それでも手を離さず、歩み続けている。

と言えるのではないでしょうか。

ジョン・エヴァレット・ミレイ(1893)《聖テレジアの少女時代》松岡美術館

 

 

松岡美術館で開催中の「わたしを呼ぶ《アート》古代エジプトの棺からシャガールまで」展でこれは、と思う作品、《メランコリー》の主観レビューをお届けします。

本作の中心に壊れた人形が描かれています。

人形の片足は取れ、兜が掛かっています。

しかも、室内のようで、背景は屋外です。

 

本作は、そのタイトル通り、「憂鬱」をテーマに描かれています。

人形はその象徴で、現代人の内面に潜む不安感や倦怠感を示していると考えられます。

 

つまり、壊れた人形は単なるオブジェではなく、「人間の内面」を象徴するモチーフと言えるのではないでしょうか。

浅井光男(1982)《メランコリー》松岡美術館