パラレル -12ページ目

パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

ご連絡はこちらまで⇨
yojiohara21@gmail.com

東京国立博物館で開催中の「博物館に初もうで 午ー神と人をつなぐ祈りのかたちー」展で、これは、と思う作品、《馬》の主観レビューをお届けします。


本作は、疾走してきた馬が一瞬で動きを止めた、その刹那を捉えた木彫作品です。

風を受けて波打つたてがみや、尾、張りつめた筋肉の起伏など細部まで丁寧に彫り出され、生きている馬のような迫真性があります。

 

まるで、スナップショットのような次の瞬間には形が変わってしまう一コマのように見えます。

しかし、偶然の一瞬ではなく、選び抜かれた一瞬です。

骨格、筋肉等によって、最も「馬らしく見える一瞬」として再構成しています。

つまり、「スナップショットのように見えるが、実際は観察と構成によって生み出された、彫刻的スナップショット」と言えるでしょう。


後藤貞行(1893)《馬》東京国立博物館

 

 

東京国立博物館で開催中の「博物館に初もうで 午ー神と人をつなぐ祈りのかたちー」展へ行って来ました。

今年は午年。

家畜化された約5000年以上前から現在に至るまで、馬は人間の良きパートナーとして、軍事や運搬、交通、農耕など、多方面において欠かせない存在です。

平安時代以降になると、荒々しい気性を持つ丈夫な名馬を得ることが武士の誉れとなり、戦勝祈願としての神への供物になったり、様々な祭祀に登場したりするようになります。

 

本展では、神や仏への祈りを捧げる際に現れた煌びやかで華やかな馬の姿を紹介しています。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

第1章 人と馬の出会い

第2章 武士と馬

第3章 馬と神事

 

人と馬の出会いは古く、古墳時代まで遡ることができます。

馬を持つことは、権力・支配の象徴とされ、また、埴輪に表現された馬は、死後の世界でも馬が必要と考えられていたとされます。

そして、馬の装飾性からは、実用品であると同時に威信財であったことが分かります。

《馬形埴輪》(古墳時代・6世紀) 東京国立博物館

展示風景より

 

武士の時代になると、馬はさらに重要な意味を持つようになります。

馬に乗る姿は、武士の理想そのものであり、武運長久を祈る対象として、神仏信仰とも結びつきます。

また、馬の装飾にも、武士の美意識や精神性が表れるようになります。

《鶴亀蒔絵鞍鎧》(江戸時代・19世紀) 東京国立博物館

長谷川等伯(安土桃山時代・16世紀)《伝名和長年像》東京国立博物館

 

展示後半では、現代にもつながる絵馬文化に注目しています。

馬は贈答品として重用されただけでなく、神仏への最上級の供物の一つにもなりました。

馬絵は、願いを可視化する装置であり、馬は願いが速く、確実に届く象徴でもあったのです。

狩野元信(室町時代・16世紀)《神馬図額》東京国立博物館

狩野〈晴川院〉養信模(江戸時代・1828 原本:鎌倉時代・14世紀)《駒競行幸絵巻(模本、部分)》東京国立博物館

 

本展からは、馬=此岸と彼岸、現実と願いをつなぐ存在、という一貫したメッセージが読み取れます。

午は、日本人の精神文化の核心に触れる象徴であることを、静かに物語っています。

 

 

 

 

会期:2026年1月1日(木)〜1月25日(日)

会場:東京国立博物館 本館特別1室

       〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9

 

 

 

太田市美術館・図書館で開催中の「原倫太郎+原游 バベルが見る夢」展でこれは、と思う作品、《ロゴスの庭》の主観レビューをお届けします。

タイトルの「ロゴス」はギリシャ語で「言葉」「理知」「論理」を意味します。

カラフルな積み木のようなブロックには、本のタイトルや断片的な言葉が刻まれています。

バベルの塔の物語において、崩壊した塔とともに、言葉はバラバラになりました。

本作では、観客がこれらの「言葉のブロック」を自由に積み上げ、崩し、再構築することができます。

 

言葉がオブジェ化され、読めるが、理解できない文章となることから、言葉が「伝達の道具」ではなく、「素材」として扱われています。

意味が通じないが、完全に無意味ではない。

つまり、意味の崩壊=コミュニケーションの終わりではない、というメッセージが浮かび上がります。

 

本作は、整然とした秩序(ロゴス)を、バラバラにして再構成する「遊び(庭)」を通じて、私たち一人ひとりが新しい「バベルの塔」を築き続けることを肯定する作品と言えるのではないでしょうか。

原倫太郎(2025)《ロゴスの庭》