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パラレル

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東京ステーションギャラリーで開催中の「小林徳三郎」展へ行って来ました。


小林徳三郎は、大正期から1940年代にかけて活躍くた画家です。

東京美術学校を卒業後、若者による先駆的な絵画表現で注目を浴びたフュウザン会で活躍、1923年からは春陽展を中心に発表を続け、鰯や鯵といった魚を主題とした作品を数多く描き、周囲に強い印象を与えました。

40代半ば頃より、自分の子供たちをモデルに何気ない日常を表現した作品が増え、画家としての個性を花開かせます。

晩年は、江の浦(沼津市)をはじめとする自然風景に興味を持ち、入り江や渓流といった風景画に取り組み、死の直前まで精力的に筆を握りました。

 

本展は、初めての大回顧展として、約300点の作品と資料等により、その画業の展開を追っています。

 

展覧会の構成は以下の通りです。

 

第1章 洋画家を目指して

第2章 大正の大衆文化のなかで

第3章 画壇での活躍

第4章 彼の日常、彼の日本

 

第1章では、徳三郎の東京美術学校(現東京藝術大学)時代からの初期作品が紹介されています。

卒業後は、新しい美術運動として注目されたフュウザン会に参加。

徳三郎はその展覧会に、油絵や水彩画だけでなく、木版・エッチングなどの版画も出品しました。

初期から画才を発揮していたことがうかがえます。

 

第2章では、徳三郎が画壇に登場する前に、出版・舞台・デザインの領域で活躍した時期を振り返っています。

フュウザン会は1913年に解散しましたが、文芸雑誌『奇蹟』に準同人として加わり、表紙絵や扉絵、文筆などに参加します。

翌年には、結成されたばかりの芸術座の舞台背景の仕事も得るなど、絵画以外の創作活動が多数紹介されています。

 

大正期の半ばになると、徳三郎は芸術座の仕事を辞し、自作の制作に取り組みます。

院展洋画部に入選した《鰯》が写真家・野島康三の眼にとまり、個展開催が決まりました。

第3章では、油彩画の筆触や構図の進化、画風の発展が実感できる作品が紹介されています。

 

また、息子が持ち帰った金魚を見て心境に変化が生まれ、より広く日常に絵の題材を得るようになります。

そして、この時期から子供たちの自然な姿を捉えた代表作ともいえる作品を次々と発表していきました。

 

順風満帆な画家生活でしたが、1933年、肺結核が発覚し、千葉県館山にて療養に専念します。

第4章では、戦争・療養・疎開の時期を経て、徳三郎が見つめた日常風景や自然がテーマとなっています。

徳三郎は晩年となっても制作意欲は高く、渓流や、親しき人々の何気ない姿、興味を惹いた光景を日々写し、素朴さを感じさせる風景画を残しました。


小林徳三郎(1946)《渓流》東京国立近代美術館


小林徳三郎(1948)《夕景》ふくやま美術館

 

本展は、日常の光景を素直に描いた絵の魅力に引き込まれます。

日々の営みへの優しい眼差しを確かめてみませんか。

 

 

 

 

会期:2025年11月22日(土)〜2026年1月18日(日)

会場:東京ステーションギャラリー

   〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1

休館日:月曜日[ただし11/24、1/12は開館]、11/25(火)、年末年始[12/29-1/2]

開館時間:10:00〜18:00

   ※金曜日は20:00まで開館

   ※入館は閉館30分前まで

主催:東京ステーションギャラリー[公益財団法人東日本鉄道文化財団]、東京新聞

特別協力:広島県立美術館

協賛:T&D保険グループ

 

 

 

 

 

 

 

 

東京国立博物館で開催中の「明末清初の書画ー乱世にみる夢ー」展示へ行って来ました。

 

中国の明末清初は、漢民族が統治すること明から満洲族による清へと王朝が交代した激動の時代です。

書画をよくした漢民族の文人たちは、王朝の滅亡に際して、自らの立場の選択を迫られました。

 

本展では、単なる美術作品の紹介ではなく、政治的な動乱や個々の立場の葛藤が筆致や表現スタイルにどう反映されているのかを読み解いています。

 

明朝と清朝という、二つの王朝の交代は、多くの文人が「抗清・順清」という選択を迫られ、人生や心情の大転換を経験した時代です。

なぜ、この時代にこれほど強烈な書画表現が生まれたのかという「背景」に迫っています。

王了望(明〜清時代・17世紀)《行草書五言絶句軸》東京国立博物館 西林昭一氏寄贈

朱舜水(江戸時代・1663)《草書千字文巻》東京国立博物館 池田大四郎氏寄贈

 

また、素材の違いや形式の多様性にも注目です。

これらは、単なる見た目の違いではなく、作家がどのような意図で作品として提示したのかを読み解くヒントになります。

祁豸佳(清時代・1649)《山水図扇面》東京国立博物館 比屋根郁子氏寄贈

 

伝統的な筆致もあれば、一見奇抜な線や構図を持つ作品も並びます。

同時代の作品間の“対話“を楽しんでみませんか。

 

 

 

会期:2026年1月1日(木・祝)〜3月22日(日)

会場:東京国立博物館 東洋館8室

       〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9

 

 

 

東京国立博物館で開催中の「インドネシア・スマトラ島 織と染めの世界」展でこれは、という作品、《パレパイ(霊船布)人物船形文様》の主観レビューをお届けします。

本作は、スマトラ島南部で婚礼や葬礼に用いられた霊船布で、魔除けの力があり、死者の霊を運ぶとされました。

貴族階級だけが所有を許された「権威の象徴」であり、船の上に並ぶ建物は、貴族の家系や社会的な秩序を表しています。

 

その文様は明るくリズミカルで、秩序と循環を感じさせます。

これらは、死=破壊や終焉ではなく、世界の秩序の中での移行、つまり、新たな旅立ちとして捉えることができます。

 

一方、波や水流の描写が無いことや、船が水平で安定していることから、停泊しているように見えます。

これは、まだこの世に留まって欲しいという、人間らしい相反する願望を表しているように思われます。

 

つまり、本作は理念(死は旅立ち)と感情(別れたくない)という、矛盾する二重のメッセージを内包しているのではないでしょうか。

《パレパイ(霊船布)人物船形文様》(19世紀) 東京国立博物館