『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 | パラレル

パラレル

美術鑑賞はパラレルワールドを覗くことです。未知の世界への旅はいかがですか?

ご連絡はこちらまで⇨
yojiohara21@gmail.com

文藝春秋から刊行された『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んでみました。

村上春樹(2013)『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋

 

大学時代、一方的に親友4人に絶縁を申し渡された多崎つくる。

何の理由も告げられずにー

死の淵を一時彷徨い、漂うように生きていたつくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時何が起きたかを探り始める。

 

本書は、そのタイトルが示している通り、色彩がキーワードの一つになっています。

高校時代に仲の良かった5人は、それぞれタイプは全く異なっていましたが、むしろそれゆえに、まるで正五角形のように完璧な親密さを形成していました。

つくる以外の4人は、姓に色が入っており、「アカ」「アオ」「シロ」「クロ」と呼ばれ、主人公のつくるだけが、色がない、つまり存在感がないキャラクターとして設定されています。

 

この赤と青、そして白と黒は色の中で代表的なものです。

それは色彩世界の全体像を示していますし、世界の調和を暗示しているともいえます。

 

さらに途中から、灰田と緑川という男も登場します。

灰は白と黒の中間ですし、緑の文字が出て来ることで、赤・青・緑の三原色が揃いました。

これらの脇役の登場で、色彩世界はさらに完全なものとなります。

 

なお、赤・青・緑は色材の三原色で、もう一つ、色光の三原色というのがあり、それだと赤・青・黄になります。

つまり、この小説では、あと黄色が欠けているのです。

 

多崎つくるには、木元沙羅という恋人候補がいます。

二人は、将来結婚するのか、それとも別れるのかというところで本書は終わります。

 

多崎つくると木元沙羅だけには、名前に色の文字がありませんが、それが現在あるいは未来ということになります。

この二人の名前の読みをひらがなにして「たざきつくる」と「きもとさら」にしてみると、共通する文字が一つだけあります。

「き」です。

これは「黄」ではありませんか。

もし二人が結婚すれば、そこには「き」という共通点によって、黄が生まれるのです。

 

自分に自信の無かったつくるが、実は自分にも「持っている」ものがあったと気づかせる、いわば成長の物語です。

色彩の理論は、世界の調和のあり方を教えてくれるのです。

 

 

 

筆者プロフィール

村上春樹(むらかみ・はるき)

1949年、京都府生まれ。早稲田大学文学部卒業。

1979年、『風の歌を聴け』でデビュー、群像新人文学賞受賞。主著に『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞受賞)、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『ノルウェイの森』、『アンダーグラウンド』、『スプートニクの恋人』、『神の子どもはみな踊る』、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』など。『レイモンド・カーヴァー全集』、『心臓を貫かれて』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、『ロング・グッドバイ』など訳書も多数。