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下町を散策

みなさん、ご無沙汰です。
春の嵐は大丈夫だったでしょうか?
私は、昼・夜の担当だったので、午前中には局へ。
どんどん状況が変わる中での生放送、対応に追われました。
午後も、もしも(特設ニュースなど)に備えて待機していたので、風の強い時間帯には外へ出ることもなく、局を出る頃には、風も雨もすっかりやんでいて、塵やほこりの飛ばされた空は、蒼く澄んでいました。
さすがにぐったりしましたが、翌日は休日!!そう思うと疲れも吹っ飛び、気分はワクワク。
週の真ん中にお休みがあると、ウキウキです。

そして、見事に晴れた今日、午後から浅草へ。

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平日の昼下がりの、ぶらりは、格別に楽しいものです。
少し遅いランチはココ。

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老舗の洋食屋さんで、オムライスをいただきました。
その後は、辺りをぐるり。
浅草寺にお参りに行ったり、仲見世でお土産を買ったり。
こんな景色にも、出会えたり。

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そして、夜は、今日のメイン。
浅草HUBにて、Gentle Forest 5 & Gentle Forest Sisters 。
前回、仕事終わりで駆けつけたため、最後の1曲しか見れないという苦い経験をしたので、今回は、休みを出しておきました。
予約をしていなかったため、お席はカウンター。
メンバーとの距離は非常に近いのだけれど、背中を見つめる、という角度。

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「背中を見ることができるなんて、普段はないですから」と言われ、ちょっと慰めになったような。
しかし「たまに振り返ってください」という、無茶なリクエストに、メンバーみなさんが答えてくれたので、なんだか、特等席に座った気分♪
3ステージ、本当に楽しかった~。
もう、病み付き。
毎月、どこかしらでジェントルを見るというサイクルは今後も続いていきそう。
今日は、良い夢が見れそうだ・・・。

オーガニック ミュージック

祝日の渋谷は、人が多くて本当に嫌だ。
浮かれ気分の人をかき分け、仕事へ。
お昼くらい、豪勢に食べようじゃないかと、渋谷の街へ出てみたものの、どこもかしこも、いっぱい。
仕方なく、局に帰っての昼食は、こんな感じになりました。

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食堂は嫌いじゃないんだが、テンションを上げる何かが、欠如しているのです。

昨晩は、SHIBUYA-AXで行われた、RADIO DRAGON presents LIVE DRAGON vol.7 を見に行ってきました。
出演は、SPECIAL OTHERS × 在日ファンク 。
楽しみな組み合わせです。
この歳にもなると、ライブハウスの空気や、若者たちのノリや、スタンディングというsituationがどうも苦手で。
最近は座席のあるライブハウスになら行こう!!というのが、私の中のスタンス。
で、今回のAXでは、特別、2階席でゆったり見せていただくことができました~♪

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関係者が多いせいか、年齢も、やや高め。
チケットチェックを受けた者のみが入ることができるエリアなので、みなさんお行儀もよく、またトイレも空いていて、快適に楽しむことができました。

今回の在日ファンクも、また一段と素敵☆でした。
トロンボーンは見ごたえ十分。
ハマケンのキラキラした感じも、仰木氏の、とろけるような甘い声も、堪能しました。

そして、SPECIAL OTHERS 。
会場を1つにする、リズム、音の力、偉大でした。
上からフロアを覗くと、気持ちがいいくらい、みんな楽しそうに暴れていました。
スペアザは、初めてと言ってもいい程度にしか知らなかったのですが、けっこう好き。
インストって、正直、好みでなければ退屈しちゃう。
でも、スペアザは、たまのハーモニーが、めちゃめちゃキレイで、引き込まれてしまいました。


で、帰りにTSUTAYAに寄ってみたのです。
探せど、探せど、見つからない。
埒が開かないので、検索機を使って探し出しました。
SPECIAL OTHERSがあったのは、オーガニックコーナー。
そもそも、オーガニック音楽って?と思いましたが、棚をよくよく見てみると、コトリンゴとか、フィッシュマンズとか、ハナレグミとか、星野源くんとか、高田漣先生のCDもありましたっけ。
分かるような、分からないような。

ただ、見過ごせないものが1つ!!
「在日ファンク」。
オーガニックが分からなくても、在日ファンクがそのジャンルに入らないということだけは私にも分かりましたが・・・。

今月の絵本

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衝撃の1冊に出会ってしまいました。
その題は『かっぱ』
杉山亮さんのおばけ話絵本シリーズの1冊のようです。
絵は軽部武宏さん。
こどもには、少々刺激の強い絵となっております。

【あらすじ】
父親と暮らす女の子。
ある日の昼下がり、父親は晩飯のおかずを捕るため、沼で釣りをします。
女の子は一足先に家へ。
父親は釣りを続けますが、いっこうに釣れません。
軽い気持ちでそばにあった石を沼へ。
すると、急に空が暗くなり、風がひそひそささやき始め、沼の水が音をたてて、渦を巻き始めます。

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バシャ~ン!!
父親は沼に引きずりこまれました。
しばらくして、水からあがってきた父親。
家に帰ると、体はぐっしょりぬれて、目はうつろ。
「カッパに、沼にひきずりこまれて、あやうく溺れるところだった。
 何とか助かったが、追いかけてくるかもしれん。
 戸締まりをしておくれ」と言います。
女の子は夕飯に、父親の大好物を出しますが、父親はキュウリばかり食べています。
すると、そこへ扉をたたく音。
本物の父親が帰ってきました。
家の中を逃げ回る女の子に、正体を現したカッパが迫ります。
バリーン!
父親が体当たりで、飛び込んできました。
そして、カッパをしばりあげました。

※ここまでの物語では、カッパが非常に悪者なのですが、次の展開があるのです。

「やいカッパ、なんで、こんなひどいことをするんだ!!」
するとカッパは口を開いて言いました。
「ひどいことをしたのは、そっちだ。
 お前が投げた石が、おれの子どもの頭に当たって子どもは死んじまった」

※え~っ!!さっきの軽い気持ちで投げた石が~!!

父親と女の子はカッパを連れて沼に行きます。
と、どうでしょう、ありがたいことにカッパの子どもは死んでいませんでした。
お皿に石が当たって、目を回しただけだったのです。
父親は「すまなかったな」と謝り、女の子は畑のキュウリを全部、あげました。


というお話。
ありがたいことに、死んでいなかったという表現も、なかなか斬新ですね。

私にもカッパの思い出がありまして・・・。
小学生の頃、夏休みに子どもだけで行くキャンプに母が行かせてくれました。
行き先は、アルプス。長野県だったと思います。
そのキャンプで、毎年語り継がれていた、「カッパ伝説」。
天竜川には、カッパの住処があって、今もカッパが暮らしているというものでした。
あるとき、カッパを探しに行こう、ということになり、天竜川にある洞窟へ、次の日、探検しに行くことになりました。
私は、カッパが怖かったのでしょう。
次の日、ものすごい高熱が出て、カッパを探しには行けませんでした。
今思えば少々残念ではありますが、この時のこの部分の記憶だけは鮮明に残っていて、今も「天竜川」と聞くと、カッパを思い出すのです。

話題の店へ

昨日に引き続き、今日も活動的。
正午に本郷3丁目に集合し、話題のお店でランチしよう!!というお楽しみ企画。

本郷3丁目といえば、ここに行かねば!!ということで、こちらを散策。

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この赤門の向かい少し行ったところに話題のお店『Sign With Me 』はあります。

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オープンは昨年の12月下旬、スープがメインのお店です。
経営者もスタッフも手話を使う聴覚障害者で、コミュニケーション(接客)は手話と、筆談で行われています。
今年に入って、テレビや新聞などメディアに取り上げられ、一躍話題の店に。
某局でも番組で取り上げさせていただきました。
お店にも大変、興味を持っていたのですが、私はここのスープを2回ほど、差し入れで頂いておりまして、
実のところ、手話よりも何よりも、そのおいしさに、やられておりました。
念願叶って、本日、たどり着いたわけです。

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ランチタイムを過ぎた14時頃だったのですが、店内にはけっこう人がいて、後から後から、人が入ってくる感じ。大盛況です。
注文はメニューを指して行います。
手話話者はやはり、表情が豊か、ものすごく、にこやかな接客でした。

今日注文したのは、東京ビーフシチュー。
待ってました~とばかりに食らいついたので、写真を撮るのを忘れるという失態・・・。

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※すでに3分の1は食べ終えた写真

パン(ライス)とミニサラダとスープで、780円ととてもリーズナブルお値段。
おいしくて、ボリュームもあって、満足のランチとなりました。

店内は本当に静かで、手話でお話している人たちもいらっしゃいました。
私たちも、もちろん手話で、店長さんと少しお話したりして。
楽しいランチタイムを過ごしました。

手話が分からない人でも、気軽に入ることができるお店です。
手話に興味を持っている人は、手話に触れるちょうどいいきっかけになると思います。
是非、来店してみてください。

私は、今月はもう1回、来店する予定。
次回は何のスープを食べようかな~♪







1年

東日本大震災から、1年が経ちました。
今日は日本の各地で、たくさんの方々が東北に思いを寄せ、同じ時刻に黙祷を捧げたのではないでしょうか?
1年経った今だからこそ、1年前の記憶を記録しておこうと思います。

<私は1年前のあの日、何をしていたのか・・・>
普段と変わらない金曜日の朝でした。
出勤するため、いつも通りの時間に電車に乗り、高田馬場でJRに乗り換えた時間、それが 2:46 でした。
ipodからは、栗コーダーカルテットの『川口くんのおすすめトラッド1』が流れていました。
足下がグラグラと揺れ、おかしいな、これは少し大きいかな?と思っていると、辺りがザワザワ。
車内では放送が流れ「危ないので、電車の中に居てください」とのこと。
立っていられないくらいの揺れだったけど、この時、私はまだ、あまり恐怖心もなく、栗コーダーの音楽に癒されていました。
そのうち、ホームの天井が一部崩れ落ち、早々に車内から出されてしまいました。
局に電話しなきゃと思ったけれど、電話は不通。
大阪にいる姉に電話すると、つながりました。
姉も様子を把握していなかったので、この時の会話は、何とも暢気なものだったと思います。
唯一、繋がっているのに、大した会話もしなかったのですから。
改札へ向かうと、大きなテレビには、聞き慣れたNHKのアナウンサーの声。
「大津波警報が出ています」と必至に呼びかける声に、随分なことが起こったのだと、その時やっと、ことの重大さに気づきました。
外に出ると、人だらけ。車道にも人があふれていました。
何度も大きな揺れを感じ、初めて怖いと思いました。
そして、また大阪に電話をかけたら、これが、また繋がったのです。
姉もテレビを見たようで、大変な事になっていると教えてくれました。
1人で心細かった私にとって、この時の電話は心強くありました。

ここに居ても仕方ない、何とか動かなければ!!
そう思い、渋谷方面に向けて歩き出してすぐ、幸運にもタクシーをひろうことができました。
車内からの景色は異常でした。
人が、本当に多くの人が、外に出ていました。
水道管が破裂したのか、水が溢れ出ている所もありました。
ただ、目の前にある景色を眺めているだけで、現実感はなく、これから待っている仕事のことも、その時はまだ、頭に全くありませんでした。

原宿駅の信号で止まっていると、窓をコンコンと叩く人。
「一緒に乗せてくれませんか?」
と高校生の女の子2人に話かけられました。
バスは満員、タクシーは全くつかまらない状態だったので、切羽詰まっての行動だったようです。
卒業旅行で遊びに来ていて、新幹線の時間が迫っているとのこと。
運転手さんに確認を取り、乗せてあげることにしました。
高校生の女の子たちも、まだ、ことの重大さに気づいてはいない様子で、EXILEの宣伝トラックを見てテンションが上がったり、渋谷の景色を目を輝かせて見ていました。
私の行き先が某局だと分かると、さらにテンションを上げて「アナウンサーさんですか~?なんか、すごい~」なんて言ったりして。
この子たちもきっと帰れないんだろうな、と後ろ髪をひかれながら別れ、私は無事、局に着きました。

金曜日ということもあって、午前から仕事をしていた人が多く、みんな揃っていました。
私の顔を見て、「よく来たね」と言ってくれました。

夜のニュース担当の私は、ただただテレビで流れているニュースを見ていました。
何度も何度も鳴る地震計の音。
状況が刻々と悪化していく様子。
そこから、放送が終わるまでの記憶は全くありません。
その時、自分が何を担当したのかさえ、覚えていません。
放送が終わっても、状況は悪くなるばかり。
都内は電車が止まってしまったせいで、駅で大混乱が起こっているとのこと。

気分転換のために外へ出ましたが、店は軒並み営業中止。

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この写真は、その時に撮ったものです。
「地震のため」に閉店することがあるのか。と驚きました。
飲食店も火が使えないとかで、閉店。
コンビニ、スーパーには、飲料、食料がすでに姿を消していました。
唯一開いていたのは、サムラートというインド人?がやっているカレー屋さん。
インド人は強いな~と思いながら、みんなの分のカレーを持って局に戻りました。

その晩は、一晩中、居室にいました。
テレビをつけ、ずっとテレビを見ました。
気仙沼の町が燃えている光景、石油コンビナートからあがる炎、目に焼き付いています。
眠くなると、地震計の音。
朝になるのをじっと待っていました。



これが地震のあった3月11日の私の1日でした。
その日以降、報道に携わる人間として、考えることもたくさんありました。
夜に心細くなったことも、多々ありました。
でも、ある人が『人間は想像以上に弱く、想像以上に強い』と教えてくれました。
今日、1年という経過を迎えて、改めて思いました。
本当に我々は想像以上に強い。

未だ、ふるさとに帰ることができない人が大勢います。
行方不明者を探す家族がいます。
1年経ったけれど、復興は、まだまだ。
でも、神戸が壊滅的なダメージから復活できたように、東北の被災地も、いつか復活できることを信じています。
この日を忘れずに、これからも毎日をひたむきに真摯に生きていきたいと思います。