~ 11/28 18:00 公開のラジオブログの概要欄と同一です ~
私自身、非常に残念ですが、
決勝大会をライブで見ないため、あまり多くを語れません。
そのために20人を2回に分けたダイジェストでのご紹介になります。
ライブはライブで見てこそ、その真価が理解できるもの、と思っております。
ライブで見ない私には、ライブでの歌唱内容について語る資格がないと思います。
ですが、
もしも「このメンバーの歌唱を紹介して」というリクエストがあれば、そのメンバーについてのご紹介の回を作成しようと思います。
内容的には、断定的発言を避けた少し薄い内容にはなると思いますが、お聞き頂いている方が私にやれと言って下さるのであれば、そのご要望にはお応えしたいと思います。
もし、川合の歌唱紹介をご希望されるメンバーがいらっしゃれば、コメントでリクエストをしてください。
リクエストについては、選別することなく全てにお応えいたします。
この「決勝について」の動画のコメントでリクエストして頂けると分かりやすいですが、どの動画でリクエストして頂いても結構です。
私個人の勝手な価値観での対応となり、申し訳ございません。
なにとぞ、よろしくお願いいたします。
■リクエストに際してのお願いとご注意いただきたい点
・お1人につき、リクエストは2名まで、とさせてください。
・ご期待されるような、そのメンバーを褒める、というものでなく私の私見による批判的な内容になる可能性があります。
あまりそういう内容にはしないつもりですが、「私が感じた本心」をお伝えしたいのでそうなる可能性はある、ということはご承知ください。
以上、よろしくお願いいたします。
「AKB48」というアイドルグループを知らない人はほぼいない、
と言って良いほどにAKBの知名度は高いです。
一般を対象に「日本で最も著名なアイドルグループは?」という質問をしたならば、
それはAKB48、という結果になるでしょう。
それなのに、今のAKB48は一般視聴者層の支持を得られません。
その理由は非常にシンプルです。
「AKBという名前は知ってるけど、知っているメンバーが1人もいない。」
例え紅白にAKB48が出場したとしても、名前はおろか、顔を見たこともない子たちが出てきて「365日の紙飛行機」を歌う。
それだったら出演者がAKB48である必要がない。
一般に知名度の高い女性演歌歌手が「紙飛行機」を上手く歌ってくれた方が全然いい。
一般視聴者はそう感じてしまうでしょう。
これはごく当たり前の話です。
TVで見るなら、知らない人が歌っているよりも、知っている人が歌っている方が安心感も納得感も高いです。
今のAKB48は、「AKB48」という名前だけで、見ても全然知らない分からないグループ、なのです。
これを打破する方法は1つしかありません。
センターを、世間に名前と顔が浸透し認知されるまで固定する。
それを囲む、例えば7名のメンバーも世間に認知してもらうまで固定する。
そして、その世間の「AKB48」という認識の上で、ヒット曲を放つ。
それしかありません。
AKB48といえば前田敦子と大島優子、であったのと同じ状況を再び作る。
一般視聴者層の支持を得る。 のであればそういうことが必要だと思います。
センターのメンバーは少なくとも3年くらいは固定です。
それを囲むフロントメンバーも同じように固定です。
運営は、それができるでしょうか。
今のAKB48のファンは、それを受け入れられるでしょうか。
「あの子をセンターにしろ」
「この子を選抜に入れろ」
「聖域の打破」
「純AKB48メンバーでのシングル」
そんなことは全て、本当に全て捨てなければなりません。
センターは、例えば小栗有以なら小栗有以で数年間固定。
そしてその隣には須田亜香里を立たせる。
AKB48が一般視聴者層に再びリーチするためには、そういうことが必要になります。
それを断行してまでも、
世間一般からのAKB48の支持を集めたい、
そう望むAKB48のファンは、どのくらいいるのでしょうか。
AKBのファンなら、誰だって紅白に出て欲しいと思うでしょうし、レコ大で大賞を取って欲しいと思うでしょう。
出ない取らないよりは、その方がいいに決まっています。
ですが、それを具体的な目標として「AKB48」に求めるのか、
AKB48はそれを目指すべきなのか、ということでしょう。
今から、
これから、
AKB48はそれを目指すのか。
明日からのAKB48が目指すべきは、そこなのか。
それらは皆、「過去の出来事」です。
「国民的アイドルグループ」
かつてAKB48はそう呼ばれました。
紅白に出る。レコ大を取る。
それらはただ単にそういった過去の記憶に縛られている、のではないでしょうか。
乃木坂46も、NiziUも、「国民的アイドルグループ」と呼ぶ人はいないでしょう。
現在において、そういうグループは存在しないですし、必要とされてもいないからです。
TVというメディア。
紅白というコンテンツ。
それらは「昭和」を代表するシステムです。
そういった過去のシステムに囚われて、
「今のAKB48」を測るのは「旧い考え方」だとはお思いにならないでしょうか。
そういった「過去にあったこと」を規範とし、
そこへ再び進もうとするのは「明日へ向かうこと」なのでしょうか。
乃木坂もNiziUも、いずれ紅白には呼ばれなくなります。
必ずそうなります。
紅白の出演者とは、そういうものだからです。
鬼滅の刃を扱って視聴率が上がるなら、鬼滅の刃を使おう。
TV番組とは、ただ、それだけのことなのです。
過去に起こったことは、
それはもう、過去のこと。
終わったことを「あの頃は良かった」と懐古するのは、
AKB48のメンバーたちがもう少し歳を取ってから、でもいいでしょう。
明日からの「AKB48」は、
過去に起こったことをもう一度起こすことを考えるのではなく、
今までに起きたことがないことを起こしてみせる。
そこに向かって走るのです。
今、私たちの目の前には
そこへ向かって、どうすれば良いのか分からずに藻掻き続けるメンバーがいます。
彼女たちが目指すのは、
過去に既に達成された、既成概念としての成功、ではありません。
AKB48には、過去なんかいらないのです。
AKB48が目指すのは、新しい明日、です。
さよなら紅白。
今までありがとう。
また、AKB48が必要になったら呼んでください。
その時には、
また、今までとは違う「AKB48」をお見せします。
メンバーも、ファンも、
今はまだ全然どうすれば良いのかわからないですが、
次に呼ばれる時には、必ずや「新しいAKB48」をお見せすることをお約束します。
では、いつかまた。



