リクエストの追加もあり、年内一杯は終わりそうもありません。(ありがたいことです)
第4回の開催まで、今回の予選突破ならずのメンバーを紹介し続けて、というご要望もありましたがそれはさすがにちょっと無理です。
私に歌唱力決定戦以外のこともさせてください、すみません。(笑)
やって欲しい、というご期待は本当にありがたいです。ただのAKBヲタのおっさんの話を聞きたいと言ってもらえて、感謝というか申し訳ない感じです。
で、その歌唱力決定戦のお話。
ラジオブログに付けて頂くコメントも、私の意見とは異なる価値観のコメントがかなり増えてきました。すごく良い方向だと思います。
もちろん、私の意見に賛同して頂けるコメントはすごくありがたいです。 でもそればっかりになってしまっては気持ち悪い。(笑)
私は教祖様にはなりたくはないですし、
48Gの良さは「多様性」です。
だからファンの方たちの意見も様々であるべきです。
私が自分の個人的価値観で好き勝手なことを言っているように、他の皆さんもご自分の思うことをガンガン言って頂くのがAKBの在り方としてベターなんじゃないかと思っています。
というのも、
他の方の歌唱力決定戦に対する感想を、未だにアメブロを徘徊して読んでいるのですが、
他の方のご意見を見る度に「う~ん・・・」と色々なことを考えさせられちゃっています。
歌唱力決定戦に対するご意見は、大別すると2つに別れ、ガチのコンテスト型と、もっとエンタメ型、です。
さらにその2つの中でもマジ型と、ゆる型、があるように感じられました。
そのマトリクスでいうと、私がどこに属するかと言えば、私は「ガチコンテストのゆる型」というちょっと意味不明な属性になります。(涙)
大会の審査や仕組みはガチであって欲しいけど、メンバーが歌唱力以外の要素を持ち込んでもいい、という考え方です。
今年の豊永、古畑、峯吉、などがその例ですね。
ただ、それだと審査基準が不明瞭になる、という欠点はあります。
今回、私がこの記事を書こうと思ったきっかけは、
「AKB歌唱力No1決定戦は、のど自慢大会じゃねぇんだ」
という言葉。
ものすごくシンプルで分かりやすい言葉が私の胸にズゴン!と突き刺さりました。
う~ん、う~~ん、・・・
言ってる趣旨も感情もすごく分かります・・・。
でもなぁ、そう言い切っちゃうとなぁ・・・。
確かに、そこだけでの審査になってしまったら「AKBでそんな大会をやる必要ある?」とは思いますが、
例えば昨年の門脇のパフォーマンスを私は絶賛しましたが、「それは歌唱力No1決定戦という場でやることなの?」ということにもなってしまうと思うんです。
とかですね、
遠回しに色々と正論じみたことを言っても結局内容は同じなので、
はっきりストレートに言いますけどね、
池田裕楽に対して、「歌唱力」以外の点での否定はやめろ!
君らが言ってることは分かる。
確かに今の時点での池田にはセンターとしての華はない。
でもそんなのは、16歳のほとんどすっぴんの、一年とちょっとの活動期間しかない研究生に対して投げかける言葉じゃない。
センターとしての華がないから、AKB歌唱力決定戦で優勝できない、なんておかしくないか?
そもそも、ファイナリストで曲作ってリリースする、なんて後付けのオマケの要素。
そんな内容でこの大会の優勝について判断するなんて本末転倒も甚だしい。
池田の外見を否定したいなら、それはそれで構わないです。
あなたはそういう価値観の人、なのだから。
だけど、それは歌唱力No1決定戦とは違うところでやって欲しい。
そんな要素を持ち込んで、池田裕楽の優勝を否定しないで欲しい。
そういう内容での「1位」を決めたいなら、違う大会を実施すればいいと思う。
「歌唱力」じゃない、実技での「センター試験」をやればいいと思う。
それは否定しないです。
でも、「歌唱力No.1決定戦」には、そんな要素は持ち込んで欲しくない。
この大会は、歌の実力で1位を決める大会なんです。
この大会は、
ルックスもメンバーの実力のひとつ。
確かに、それは否定しません。
でも、この大会はダンスの要素を審査しないのと同様に、ルックスの要素は審査しません。
そういう大会なんです。
そういう大会であって欲しいんです。
自分は池田よりも他のメンバーの方が良いと思った、という意見はあって然るべきです。
それは「人が人の歌を聴く」ということにおいては当たり前にあることです。
でも、「歌唱力」以外の要素で池田の優勝を否定するのは絶対に違うと思います。
池田裕楽は、今回の優勝に足るべき歌唱をみせた。
それは間違いないのです。
きっと、そこについては多くの人が認める部分だと思うんです。
池田裕楽は、
第3回AKB48グループ歌唱力No.1決定戦の優勝者です。
その実力を持つメンバーです。
その事実は揺らぐことはありません。
褒めてあげようよ。
よく頑張ったね、って。
不安があるなら支えてあげようよ。
それがAKBグループのファンのいいところじゃないですか。
この大会から、新しい見たこともないセンターが生まれる。
今までの価値観とは違う、「新しいセンター」が。
彼女が実力で勝ち取ったセンター。
AKB48は、そういった方法でもセンターになれる。
それは48グループ全てのメンバーの希望になると思います。
峯岸みなみ
「いろいろな道を経験してきて思うのは、メンバー全員がAKB48に起こる1つ1つの出来事を当事者として捉えていけたら、よりいいチームになれるのではないかと。AKB48はエネルギーを持って発信できるグループになれると思います。だからこの1年は、みんなで喜んで、みんなで悔しがって、前に進んでほしいなと思います。」
峯岸は、もう自分からAKB48に対して何かを発言する機会はそれほど多くないだろうし、本人もそれを自覚していると思います。
そんな峯岸が、15周年の記念配信、という公式かつAKB48にとって大切なイベントの場でこう発言しました。
それは、峯岸から見て「AKB48という自分が属する組織に対して、どこか他人事に捉えているような、そんな風に見えるメンバーがいる」ということです。
だから峯岸は「全員が当事者として捉えて」と発言したのでしょう。
簡単に言ってしまえば、峯岸にとっては今のAKB48にはメンバーの一体感が感じられない、のでしょう。
魔女狩りはしたくないですし、そういうことが起きて欲しくもありません。
今はこういう時ですから、メンバー同士が会う機会すら少ないのでしょう。ある程度は仕方がない要因もあるかもしれません。
今はメンバーそれぞれが、それぞれに考え、それぞれにできることをやらなければなりません。
だからその方向性がバラけていくのは必然です。
何もしなければ自分は埋もれていくし、忘れられていってしまう。
でも運営から与えられるグループとしての活動は少ない。
それであれば自分で考えて、自分なりのものをやるしかない。
その状況で「みんなで同じ方向を見て、同じ情熱と同じ志を持って」というのは無理だと思えるほど難しい。
みんな、自分で考えて、自分で行動している。
誰かが、全員に言わなければ。
誰かが、全員に伝えなければ。
たとえみんなから嫌われてでも、誰かが。
峯岸、それをやってはくれないか。
最後に、君がやってくれないか。
「みぃちゃん」ではない、「一期生、峯岸みなみ」になってくれないか。
それをやるのには運営なんかいらない。
君が、向井地を岡部を込山を岩立を村山を、
横山を岡田を小栗を山内を、呼び出して集めて「柱合会議」を開けばいい。
LINEじゃだめだ。Zoomでもダメだ。
秋葉原の会議室に全員を呼び出して、君が君の言葉で、全員の耳に直接伝えるんだ。
そこでその参加者がひとつにならないのなら、もう、AKB48がひとつになるのは難しい。
泣かないで、叫ばないで、その場の全員をひとつにしてほしい。
そして、その「柱」が全てのAKBメンバーに伝える。
同じように、機械を通さずに、全員に直接伝える。
言えば変わるなんて思わない方がいい。
言えばみんな分かってくれるなんて思っちゃだめだ。
人は、言っただけじゃ、分かってはくれない。
でも、言わなければ絶対に伝わらない、分かってくれない、変わらない。
だから全員に言う必要がある。
峯岸、やってくれないか。
今までのAKB48の全てを知っている、
一期生の君だからこそ言える、伝えられることがあるはずです。
卒業生になったら「部外者」です。
君がAKB48でなくなる前に、
君がAKB48のメンバーであるうちに、
君にやって欲しいと思う。
それは、いまはもう、君にしかできないことだから。


