最近のHKTは、奈子が帰ってきてそのままセンターに入ったり、運上とか、地頭江とか、それなりに様変わりしていますが、
松岡 はな 、健在。
錆びなど一分もない。 一瞬の曇りもない。
私があのころに見て、「ひとりだけ重力から切り放された空間で踊っている」と賞した、速くて軽やかなパフォーマンスは何も変わってなかった。
HKT48に、松岡はな在り。
矢吹 奈子 のベースレベルの高さ。
奈子は私の好みとするがむしゃらさとか全力感とか、そういう場所にはいない。
スピードやパワーで押すタイプでもない。
だから奈子のパフォーマンスはパッと目に付くものではない。
だけど、群舞の中で並んで踊る彼女の整えられたその動き。
右足を斜めに伸ばす。 右手を払う。
つま先、手首。
何か動きを見せる度に、いちいち整えられたその動き。
手足の関節をどのくらいの速度でどのくらいの量を動かすとどう見えるのか。それを分かってる。
もう、基礎のレベルが違う。
これは、韓国に行ってあちらのやり方で相当鍛えられたんだな。
私はK-POPは別に好きではないし、48があれらに負けているとも思ってはいないんだけど、
純粋にフィジカルという部分では、奈子のこの姿を見てしまうと、見習うべきものはある、とは感じますね。
やっぱ5階席は問題アリだと思うなぁ。(涙)
最後列は8番列でしたから、最後列のひとつ前、という席でした。
見下ろす角度は45度はないですが、30度以上は確実にある。
坂口が「5階席の人は、今日はHKTのフォーメーションを覚えていってください!」と言ってたけど(笑)、まあ正にそのとおりの見下ろし度。
だって、ステージフロアのメンバーも、ステージに組まれた後ろの壇上で踊るメンバーも、見え方にあんまり差がないんだもん。(涙)
マジな話、スマホを手で横に持って顔から30センチ離して、上からの定点映像を見てる、ってステージのサイズ感というか距離感。
正直、5階は席の埋まり具合もかなり疎らでしたから、最初から使わない方が良いと思います・・・。
ついでに文句をちょっと言うと、
申し訳ないんですが、後ろのLED映像はほとんどいらないです。(涙)
だってステージにメンバーがいてパフォーマンスしてるのに、後ろにそのメンバーの事前に撮った映像を大写しで流すのってどういう意図で?
ステージのメンバーは見なくて良いの?
バックの映像を見て、ってことなの?
LEDスクリーンは「背景」なんですから、ステージにいるメンバーのパフォーマンスをより引き立てる映像を流してほしいです。
てか、5階席だとメンバーの顔分からないから、ステージのフォーメーションに合わせて名前出して紹介して欲しいですよ。(涙)
バンドの映像の意味もハテナ?
そういうコンサートにしたいなら、本当に生のバンドにステージで演奏してもらえば?
話がちょっと逸れますが、
そういう意味ではNMB48劇場のバックのLEDスクリーンは上手くできてると思います。
以前からあったものから、ステージ背面全体を覆う大型のLEDスクリーンに換装されたのですが、なんたらビジョンのような映像を映すスクリーンではなくて、かなり間を置いたイルミネーションのようなLEDスクリーンになっています。
最初に見たときは、なんで映像スクリーンにしなかったんだろう? このサイズなら価格にそれほど大きな差はないんだから、フルスクリーンにした方が良いのに、と感じました。
ですが、点灯して光が動いているのを実際に見ていると、逆にこれで良い、と感じました。
背景ですから。 エフェクトなんです。
輝度も色もフルコントロールなので、色が変わっていくとか、段々暗くなる、模様を作ってスクロールする、というコントロールはできる。
だけどそれがステージのメンバーより目立つことはないです。
これはステージ設計の見識を感じました。
スクリーンを見せるのではなく、あくまでステージのメンバーを引き立てるために使う。
私は背景のスクリーンはそうやって使うものだと感じました。
ただ、
私の個人的な趣味で言えば、この5階席からの見下ろし角度はアリ。(笑)
もうちょっとステージが近ければね。(笑)
確かにメンバーのパフォーマンス見るには良いかも知れません。 前列も後列も全然関係ないから。
なんか後列ですっげぇはっちゃけてるのがいるぞ?とかが分かる。
でもこの距離だと顔が分からず判別不明。(涙)
でもですね、この距離でも、顔は良く分からなくても、それでも「あれはあの子だ」と分かるメンバーがいる。
その筆頭は豊永で、
あれが豊永だ、と見れば分かる。
とにかくメッチャクチャに動いてるから、すぐに分かる。
彼女は口には出さないけれど、これは多分、須田亜香里と同じ考え方なんだと思います。
5階席の後方の席でオレンジと黄色のサイリウムを振る、彼女のファンがいる。
彼女は、そんなファンに見せるために踊っている。
その距離のファンにも、「私はここで踊ってるよ!」と伝えるために踊っている。
だから、私は豊永阿紀をずっと見てた。
それは自分だけのためではないけれど、それでも彼女があそこまで大きく動くのは、自分に見せるためだ、と感じるから、私はその彼女をずっと見てた。
地頭江も、デコ出しにして大きく踊ってる姿がわかりやすい。
あと、栗原も背が高いから目立つ。あれは栗原だろうな、って分かる。
コンサートのパフォーマンスを言えば、
以前の「お笑い」とか「寸劇」とか、そういうものから純粋な「パフォーマンス型」にシフトしていたのは個人的にすごく良かった。
生歌だったのも良いと思います。
運上は歌えない。
だけど、全力で歌おうとしていた。
もちろん歌えないことは良いことじゃない。歌えた方が良いに決まってる。
でも、彼女がステージで懸命に声を出そうとしているその姿は恥ずかしい姿ではない。
できなくても、やろうとする姿。
ファンはそれで納得するし、それで満足もする。
少なくとも私は、出ない声を搾り出そうとする運上弘菜を見て、マイナスのイメージは全く感じなかった。
あとは、彼女がどうするか、というだけだと思う。
やっぱり歌えた方がいい、と思うなら練習すればいい。練習すれば、きっと歌えるようになるから。
頑張って欲しいと思います。
坂本がユニットのセンターで歌って踊ってた姿も印象的。
彼女の声と、軽やかでポップなパフォーマンスはとてもマッチしていて、坂本愛玲菜というアイドル像を鮮やかなものにしています。
以前に、私はHKT48のコンサートを見て、
わざとらしい姿を作る必要はない。ありのままの姿で良い。 「ダイヤモンドに化粧はいらない」と評しました。
HKT48のコンサートは、これで良いと思います。
このコンサートは、彼女たちそれぞれの良さを出そうとする、彼女たち自身の良さで勝負しようとする、そんなコンサートに見えました。