幻想 と 現実 。
少しずつ、整理しました。
思い上がるんじゃない、
と自分を諫めようと思います。
きっと、
自分の知らなかった、真実の須田を見て、
自分勝手にショックを受けているだけなんだと思います。
須田は、プロでした。
プロの「芸能人」でした。
そんなの分かってたはずなんですが、
あまりに近くに感じることができるから、
本当に間近に接することができるから、
ついつい勘違いして思い上がっていたのだと思います。
須田亜香里 は、
SKE48というアイドルグループに属し、
アイドルを職業として活動している、
他人。
そして私は、
そのアイドルを応援する、
何万人 の中のひとり。
須田亜香里というアイドルは、
そこに一人の人間として独立していて、
それは誰か他の人のものではありません。
それは即ち、
須田は私のものではない、ということです。
私の中には、「須田亜香里」という存在がありました。
きっと、このブログを見るようなAKBのファンの方の中にも
同じようにそれぞれの推しメンの存在があると思います。
その人なりの、それぞれの、存在。
だから、
良いとかダメだとか、
こうあって欲しい、こうなって欲しい、
そして、
自分は彼女に対して、こうしたい。
彼女のため に。
そういった、
自分の中の彼女に対する、自分の想い。
これがあるはずです。
それが、
推すということ、
ファンであるということ。
きっと、そのはずです。
私の中にも、
自分の推す「須田亜香里」がありました。
そして、
私は昨日のSKE48劇場で、
本当の 須田亜香里 を見ました。
それは、
違う とか、
そうじゃない とか、
そういう
自分の想像とは異なっていた、
ということではありません。
須田亜香里 という 「人」 がそこにいる。
私の心の中にある存在ではない、
アイドルを職業とする
ひとりの
人
として、そこに
いる 。
本当の 須田亜香里 という存在。
それは私の中にあるのではなくて、
私が毎日駅まで歩くなかですれ違う人と全く同じように、
私とは全く無関係な存在として、
いる。
私は、
昨日のSKE48劇場で、それを確認したのだと思います。
自分の中にある須田亜香里という存在は、
ただ単に自分の中のものでしかない。
目の前に、
須田亜香里 はいる。
この人を、
どれだけ受け入れられるのか、
どれだけ受け止められるのか、
この、
実は
全く 何もしらない、
全く 何もわかっていない、
この目の前の ひと を、
どれだけ愛せるのか。
昨日、
須田亜香里 というひとに「接して」、
それを実感したのだと思います。
私は、
自分の中で
勝手に須田亜香里という存在を作り上げて、
それに対して
勝手に盛り上がっていただけ、でした。
須田が、
アイドルの自分は死んで、人間として生まれ変わった
と言ったように、
私は
AKBヲタを捨て、
人として、須田亜香里という人に、向き合う。
幻想 を捨て、 現実 に向かう。
それに気づいたのだと思います。
そうでなければ、
ただの自分勝手な独りよがりの「ヲタ」に留まるか、
「アイドル」は自分とは世界が違うものとして遠ざけるか、
どちらかを選ぶしかありません。
須田は、SKE劇場のステージ上にいる。
そして、
私はその須田亜香里という人を、客席から見る。
実存する人として、実存する人に向き合う。
本当に、 須田亜香里という 人 を愛せますか、
本当は、何も、全く、知らないその 人 を。
そう尋ねられているのかもしれません。
私は、
その問いに対して はい と答えるために
明日、 須田亜香里 への投票をしなくては
ならないのだと思います。
ひと として、 ひと である彼女と向き合うために。
自分勝手な想像の須田亜香里は捨てます。
もういちど、
一からスタートしようと思います。