自分が勤務医のころ、大ベテランの耳鼻科開業医の先生と意見交換したことがある。
その開業医の言い分はこうである。
「若い医師は、耳鳴りは治らないとすぐに言う。必ず治るからといい、何度も何度もかよってもらえば、おかげ様で耳鳴りはだいぶよくなりましたと言うようになるんだよ。医師の熱意が伝わるのだから。」
客観的事実よりも、半分宗教的なものを感じ、受け入れられなかったのを思い出す。
治るとか、治らないとかはもっと客観的なものではないだろうか。医者が一生懸命やってくれたから良くなりましたというのは、そもそもよくなっていないと言えないだけなのではないだろうか。
僕が医者になったころ、がん患者に予後を言わないのが普通だった。治らないとは絶対に言わない。あと1週間の命だろうと思っても、最後の最後まで化学療法をやっていたりする。そして命を落とす。その患者は、命は助かるはずだと思いながらも、亡くなっていく。こんなことが普通だった。
今はまったく違う。「あなたの寿命はあと1年ぐらいです。手術がうまく言って治る可能性は50%ぐらいです。」とこのように予想をはっきり言う。ときには、「あなたはもう治りません。今後もって3ヶ月ぐらいだと思います。」というようなことを本人にはっきり宣告する。治らないのであれば、無駄な治療もしないし、残った余命を意義のあることに使わせようとする。今の病院の医師はこんな感じだろう。
耳鼻科の開業医の場合にはちょっと違う。「治らない」ということはまず言わない。「きっと治るから、頑張って通ってください。」と言い続ける。医師が治らないと思っているのであれば、ちょっと詐欺っぽいように思う。ただし、悪意をもって騙しているのではない。患者にショックを与えないようにごまかしているのだ。
僕の場合には、わりとはっきり言ってしまう。「治る」「治らない」「やってみないとわからない。」だいたいこの3通りである。
嗅覚障害で10年近く治らないと言う患者が受診してきた。これまで10年近く他の耳鼻科に通い、ずっと薬をだされていたようだ。「治らない」ということは言われずに、薬だけずっと出し続けられてきた。
はっきりした意見を聞きたいと当院を受診してきた。
何年も治らなかった嗅覚障害は今後治ることはありません。ですから、内服治療も、通院も意味がありません。
はっきり言わせてもらい、当院は一度の診察で、すべてが終わりになった。患者本人は、「その言葉を聞きたかった」と納得していたようだった。
「治らない」という言葉を言わないのは、患者を苦しめたくはないからなのか、断言する自信がないだけなのかはわからない。
しかし、ダラダラと通院させることで、その人の時間とお金を奪うことになるのは本望ではない。はっきりといってあげたほうが患者のためになると思っている。
治らないとは言わないのが開業医テクニックなのであれば、自分は開業医向きの性格ではないと思う。