患者の中で、ヒエラルキーの頂点は重症の人です。逆に軽い人たちは、下の階層におかれます。
このことが、患者さんに理解はされないし、患者さんが激怒する理由になります。
僕らは病気が重い人を第一優先に治療をします。逆に軽い人は軽視します。診察しないというわけではないのですが、重要度は低く考えます。
社会的地位が高い、お金持ちだ。このように日常生活では、重視するヒエラルキーのトップにいる人も、医療の世界ではほとんど重視されません。
「俺を誰だと思っているんだ。お前は何様なんだ。」
このような苦情を言ってくる患者がいます。
目の前の医者より、俺のほうが偉いんだと言いたいのでしょう。その偉い人を軽率に扱う医者はとんでもないと言いたいのでしょう。
社会の中で偉いかどうかということと、医療の現場で優先するかどうかはまったく別の話です。特に、病気の治療に関しては、「人間みな平等」という考え方に基づいています。偉い人も、偉くない人も、金持ちも、貧乏人も、日本における保険診療ではまったく同じ医療費で治療ができます。もし、特別な治療を受けたいというのであれば、ブラックジャックのような自費診療をしている特別な医者を探すしかありません。
医療と同じように、刑務所の中も特別なヒエラルキーがあるという話を聞きました。刑務所の中で、「自分は偉い。自分は金持ちだ。」ということはまったく評価されません。その中では、重い犯罪を犯した人が一目置かれるそうです。殺人者がヒエラルキーの頂点で、詐欺犯は下っ端だということです。これは余談です。
美人、ハンサム、日常の世界ではすごくちやほやされることでしょう。芸能界の世界が美人、美男子だらけです。その人たちは、日常の生活の中で不快を感じることは少ないかもしれません。金持ちは、その財力で最高のサービスを受けられます。この人たちも、不快に感じることは少ないかもしれません。
しかし、医療の世界にはまったく通じません。今、具合の悪さがピークの人が一番優先されます。逆に症状の大したことがない人は、どんなに美人、美男子であっても、どんなに金持ちであっても、あとまわしです。日常生活で不快な思いを感じたことがない人が、唯一不快に感じるのが、医療の世界です。すると、「俺を誰だと思っているんだ。」という怒りにかわります。
首相が受診してきたら、さすがに顔をみればわかりますから、自分も無意識のうちに丁寧な扱いをしてしまうことでしょう。国会議員あたりだと、テレビによくでてくる人以外はほとんどわからないですからね。特別な対応はしません。先入観をもたないために、できるだけ個人の情報を事前に知りたくはないのです。先入観があると、どうしてもそれに左右されてしまうので。
これは失敗談なのですが、以前有名俳優さんを診察したことがありました。僕も昔テレビでよく見ていた俳優さんで、顔も名前もよく知っている方です。診察室に入ってきて、そのことにまったく気づかなかったのです。気づかれなかったことにショックを受けて、ムッとされてしまいました。自分もよく知る俳優さんだっただけに、ちょっと気の毒なことをしてしまいました。目の前で見ると、意外と気づかないものです。先入観をもてずに診察できたという意味ではよかったのですが。