11月19日 木曜日。くもりときどきあめ。
においも人それぞれだと思うけれど、
当然ながら、字も、人それぞれだなとよく思う。
リビングには、友子さんのものと思われるメモが何枚かある。
ひとつだけ、気になっている走りがき。
プール大開放、今日
なんだろう…プール大開放って…。
11月18日 水曜日。はれ。
久しぶりに大家さんが来る。
「わたし、何かにおいますか」
突然、何を。何もにおわないですよ。
「そうですか」
大家さんは、部屋の中をじろじろ見ている。
大家さんは、友子さんの事情をどこまで知っているのだろうか。
わたしのことを、どこまで知っているのだろうか。
そんな疑問が、急に頭に浮かぶ。
「今日は、夕飯はまだですか」
あ、ごめんなさい、今日は外で済ませてしまったので。
「そうですか…」
次は、かならず、ご馳走します。
「ありがとうございます」
はい。
「わたしも、あの建物、気になってました」
あの建物?
「仙川の、コンクリートの、斜めの」
ああ、あれ、何なんでしょうか。
大家さんはそれに答えず、
帰っていってしまった。
男の人の声が、はっきりした大きい声が聞こえたような気がして、
目を覚ました。
男の人と女の人に声の違いがあるように、音の違いがあるように、
男女に、においの違いはあるだろうか。
そりゃあ、あるだろう。
友子さんは男の人と二人で住んでいた。
わたしはそう思いこんでしまっている。
たとえば、
仙川駅前に堂々とそびえる桜のような人とか、
実篤公園の近くに出没する蛇みたいにとらえどころのない人とか、
妙円地蔵さまのように静かな人とか、
好き勝手に想像して、にやにやする。
わたしが想像することはわたしの中にしかないのだけれど、
それもひとつの
本当のことだ。
そんなことを考えていたら、
また眠くなってきた。
11月16日 月曜日。くもり。
久しぶりに実篤公園の方まで来る。
ニワコヤにも行ってみようと思ったが、
月曜日は定休日だったことを思い出した。
実篤公園も閉まっていた。
公園のそばの道で、熱心に写真を撮っている男の人がいる。
何を撮っているのだろう。
カメラの先には暗い茂みしかない。
「蛇、いたのにな、いま、いたのに」
わたしがじっと見ていることに気付いたのか、
男の人は弁解するようにつぶやいた。
蛇、いたんですか。
「いたんですよ、もう少しで捕まえられたんだけど」
男の人は、すごくはっきりした声で、言った。
この男の人にとって、「捕まえる」ということは
「カメラにおさめる」ということなんだな。
当たり前の表現かもしれないけど、
新鮮に響いた。




