10日前に不当解雇これはあり? 1
百太郎ですw
どもヾ( ̄_ ̄ )/\( ̄ー ̄)/\(  ̄- ̄)ノ゛ども
前のブログで書いたあの事ってありましたよね。忘れてて「カキ氷のブログ」を書いてしまったので
すいませんw忘れてました。
おれは丁度7月に入った最初の日曜日でした。
僕は営業を終え2Fの同系列のイタリアンレストランのシェフと話をしようと思い下に下りました。
(僕のお店は3F)2Fは営業を終えてみんな机に座りしゃべっていました。
「オツカレで~す」 僕
「おつかれさまで~す」 シェフ二人と同系列の懐石料理店の店長 計3人
「そういえば 夏休みの事オーナーからみんな聞きました?」僕
「いや まだ聞いてないですよ」 懐石料理店の店長
「あっそうですか・・・・」 僕
「百太郎さんは聞いてます?」シェフB
(内心聞いているが話そうか考え中)
「あ~あの入社1年未満の人は1日みたいですよ。入社1年以上は2日もらえるらしいです。」僕
その時点で会社に対する不満がみなさんあるみたいで・・・・
年中無休(休みは月4回)ボーナスはもちろんありません
しかも福利厚生はまったくもってなし しかもみんな所帯持ち(給料は高くありません)
拘束時間は15時間
「・・・・・・・・・・・えぇ~~~~~~~~~~~~!!!」シェフA
「じゃ 俺1日って事ですか?」シェフA
「まぁそうゆう事になりますね・・・あっでも自分の休み入れて2日ですね・・・」 僕
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 全員 沈黙。
「でも社員9人いて休みをとったら9週 にまたぎますよね?」シェフB
「そうですね」僕
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 全員 沈黙。
「そうだ 9週にまたぐのなら色々問題はありますし(バイトが足りないから募集)やややこしいシフトの交換その他もろもろのの負荷がかかりますからね~」懐石料理店の店長
「年中無休があるから心身ともに休めるなんてないですからね 誰かが休んでもお店は営業してるわけで・・・・」 シェフA
「確かに!!!」全員
「ではお店を休みにするのはいかがですか?3日間だけ暇な日を」 僕
「あっいいじゃないですか~~」全員
「これで子供に会えるな~」シェフB
「僕も新婚旅行にいけるな~(昨年10月に結婚したばかり)
「わかりました。今日来てない人もいるので各店舗で話して僕に報告してください。」僕
「OKならオーナーに掛け合ってみます。多分聞いてはくれないと思いますが」僕
「百太郎さんが言ったら次は僕もいいますからオーナーに」シェフB
「みんなでいうと揉めそうなので一人一人いいましょう」シェフA
「そうですね」懐石料理店の店長
ということで次の日僕が代表してオーナーと話すことになりました。
あんな悲劇が起こるとは知らず・・・・・・・
その続きは また今度
今宵のカクテル
マティーニ
レシピ 作り方 ステア
ドライジン - 45ml
ドライベルモット - 15ml
★1910年代にニューヨークのニッカボッカー・ホテルにいたマルティーニという名のバーテンダーが考案したことから(しかし現在のものとはレシピが異なる)
★マティーニの原型となったカクテルで使用されていたベルモットが、イタリアのマルティーニ・エ・ロッシ社製であったことからなどが有力とされている。* ただし、開高健の著作によると、マルティーニ・エ・ロッシ社が、自社のベルモットを拡販するために、このカクテルに“マティーニ”と名づけて意図的に流行させた、というのが事実のようである。開高はサントリーの宣伝部に在籍していたので、この辺の事情には詳しかった。
「カキ氷は何味が好き?」
海文字色で食べれば美味く感じ
夏祭で食べると2倍季節を感じる。
BARにもそんなカクテルもあります。
「フローズン」リキュールやフルーツやさまざまな材料と氷をバーブレンンダーというミキサーにかけて完成させる
食べるカクテルという感覚が正しいのだろうか。
これが出てくる季節になるとバーテンダーは季節を感じる。
まあバーテンダーはあまり日を見ることがないですからね(笑)
そんな「フローズン」有名なのはフローズンダイキリであろうか
ヘミングウェイとフローズンダイキリ
作家といえば、たいてい大の酒好きと相場が決まっているものだが、へミングウェイの場合は、
その飲みっぷりの豪快さ、底なしぶりにおいてとにかく断然郡を抜いていたと言っていいだろう。
キューバ時代のヘミングウェイの暮らしぶりを描いた「ヘミングウェイ・キューバの日々」(ノル
ベルト・フエンテス著)によると、友人たちと1日にウイスキーを3 4本開けるのがまず平均的な
エブリディ・ドリンキングの基本。昼食と夕食にはお気に入りのロゼワインをたっぷりと飲むのが
習わしだったそうだ。
1940年に買い取った、ハバナ郊外の農場「フィンガ・ビヒア」に作ったプールで泳いだあとそ
の日の最初の飲み物は、ハイボールかトムコリンズ。原稿執筆中は素面を守りとうしたが(夜明けか
ら午前中いっぱい、立ったままで!草稿を書きつずけた)グラスを手にする時間が来ると、
気分のおもむくままにさまざまな酒を飲み干した。感傷を排し、
冷徹なタッチで対象物を描くハードボイルド
作家らしく?、生涯一瓶一酒などという枯れた飲み方とは対極のなんともパワフルで、自由闊達な飲
みっぷりであった。
自宅フィンガ・ビヒアで飲まないときには、
ハバナのオビスポ通りにあるバー・レストラン「フロリディータ」へと出かけていった。
もちろん大好物のフローズンダイキリを飲むためである。オールドハバナの一角にあるこの古い酒場に、ある日ぶらりとやってきたヘミングウェイは、クラッシュアイスを浮かしたカクテルに出会う。
それがフロリディータの主人コンスタンテの考案になるフローズンダイキリなのであった。
この涼気満点のカクテルをヘミングウェイが偏愛しはじめるのは、
フィンガ・ビヒア購入前の1930年代だったという。ダイキリそのものは以前からキューバで飲まれていたそうだが、アイス・キューブの代わりに細かく砕いたクラッシュドアイスを浮かせたのは、コンスタンテのアイデアであった。
このフローズンダイキリを砂糖抜きでダブルで注文するのがヘミングウェイの流儀だった。
これをフロリディータでダース飲むのが定量だったそうだが、
ラムのボトル本をゆうに越える量だ。
立ったままで何時間でも原稿を書き続けることのできるタフネスさを身につけている人らしい、
じつにタフで見事なまでのダイキリ・ドリンカーとしてパパ・ヘミングウェイはカクテルの世界にその名
をとどめている。
ハバナで飲むフローズンダイキリとフロリディータの素晴らしさを、機会あるごとにヘミングウェ
イは語りつずけてやむことがなかった。
第次世界大戦後のアメリカでダイキリがたちまちポピュラーになったのはヘミングウェイの(ハバナ通信)の波及効果に負うところが大きかったと「キューバの日々」の著者フエンテスも指摘している。
ヘミングウェイが同じように愛したもう一軒の酒場「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」には、こ
んな記念プレートが飾られているそうだ。
“わがダイキリはフロリディータ
わがモヒートはボデギータ“
「写真は ストロベリーチーズケーキのフローズン」
自己紹介
千葉の田舎鎌ヶ谷に住んでもう一年が経ちます。
職業は一昨日まで
とあるbarのマネージャーをしておりました。
1月に可愛い子供も生まれ日々仕事に専念し頑張ってきました。
なのに何故!!!!!
10日前にいきなり回りくどい解雇を言われました。
しかも 原因が不明という不当解雇です。
自分でも心当たりを考えても見つからないほど あははって感じで笑うしかありません。
売上は一年半で二倍に人件費すらしっかり押さえ利益をあげていたのですが…
もしやあの事か?
いやあんな事で解雇か?
あの事が原因ならそうとう頭が悪い経営者だな。
っと考えても理不尽過ぎてはなしにもならない。
あの事ってなんだよってはなしですよね?
ちゃんとお話しいたします。
世の中自分が悪くなくてもこんな事って起きるんですよ。
今の時代絶対はありません。
僕も身をもって知りました。
次回 あの事をお話しします。お楽しみに!
31でニートになるとは…