こんにちは。今年も月に1度のシリーズ「箱根路を駆けた名選手たち」を続けていきます。
2019年の初回に紹介する選手は石橋 安孝(東海大卒)です。
今年の箱根駅伝で念願の初優勝を果たした東海大。その原動力となったのは黄金世代の3年生です。今回この学年からは鬼塚、西川、館澤、中島、阪口、小松、郡司と7人も出走しています。さらに走れなかった選手の中にも關や松尾、高田など強い選手が数えきれないほど控えています。
実は、黄金世代ほどではないにせよ、質・量ともに揃った強力世代が彼らの3学年上に在籍していました。その世代は箱根駅伝に出場することすらできなかった東海大をシード常連校に引き上げ、最後は主役を後輩たちに譲りながらも大事なところをしっかり締めてくれた世代です。
今日紹介するのは、そんな魅力的な世代のエース格として奮闘していた石橋という選手です。
〇高校時代
福井県の美方高校出身の石橋。得意の3000m障害ではインターハイで3位入賞を果たしています。さらに全国高校駅伝ではエース区間の1区で4位と世代トップクラスの実力を誇っていました。
〇大学時代
■1年次
美方高校卒業後は東海大に進学した石橋。同期には廣田や土屋、荒井など強力な選手が揃っており、さっそく主力として前年に箱根予選敗退を喫したチームの立て直しを図りました。
石橋も箱根予選ではいきなり個人23位と好成績でチームの箱根復帰に貢献します。しかし、足の捻挫により本戦は欠場。チームも13位とシード権を逃してしまいました。
■2年次
箱根予選こそチーム内11位と貢献することはできませんでしたが、大学駅伝デビューとなった全日本では7区2位の快走。2チームを交わしてシード権獲得の立役者となりました。
また、箱根でも7区7位と安定した走りを披露。こちらもシード権を獲得し、東海大の完全復活を印象づけました。
■3年次
いよいよ上級生となり、石橋はエース区間に戦いの場を移します。出雲では6区3位、全日本では2区7位とそれぞれ好走すると、敢えて最短の4区に起用された箱根では区間2位と期待通りにチームを勢いづけました。
この年の東海大は三大駅伝全て5位。優勝争いには絡めずとも、確実に上位校としての立場を固める年となりました。
■4年次
そして迎えた最終学年。黄金世代が入学し、いきなり三大駅伝全てで優勝候補として注目されるようになります。
しかし、それはチームの主役が1年生に替わることを意味していました。
出雲、全日本ともに主要区間を含めてメンバーの半数以上を1年生が占めることに。出雲では彼らの力が爆発して優勝争いに加わりましたが、全日本では噛み合わずにシード落ちと前年までの安定感抜群のチームから一転、強さと脆さを併せ持つチームとなりました。
そして箱根では往路5区間のうち、実に4区間を1年生に任せるという思い切った戦略を採りました。両角監督は彼らの爆発力に賭けたのです。
しかし、結果は裏目に出てしまいました。1区鬼塚以外はことごとく区間2桁順位に沈み、往路は15位。
翌年の箱根予選を回避するため、また出雲駅伝の出場権を掴むため、なんとしてもシード権だけは確保したかった東海大。しかし、シードラインとは2分近くも差が開いていました。
そんなピンチを救ったのが7区に回った石橋でした。
序盤から田村(青山学院大)に引けを取らないタイムで突っ込むと、最後まで粘り切る激走で区間賞を獲得。4人抜きで11位まで順位を上げました。
石橋の走りで完全に流れが変わり、8区以降も好走を連発した東海大。激しいシード争いの中、10位を確保することに成功しました。
この大会でシード権を獲得したことによって出場権を得た出雲駅伝で優勝し、その経験が先日の箱根駅伝の優勝に繋がったのは皆さまもよく知るところだと思います。
〇社会人時代
東海大卒業後はSGホールディングスグループに入社しました。高校時代から取り組んでいる3000m障害は2017年日本選手権で4位に入るまでレベルアップ。この種目で世界に打って出る日もそう遠くはないのではないでしょうか。
〇最後に
シード権をギリギリで確保した2年前の箱根駅伝。もしあそこでシード権を落としていれば今回の優勝もなかったかもしれません。それくらい東海大の歴史において重要な分岐点となった大会でした。
そして、その大会で流れを作り出した石橋の走りは高く評価されるべきなのです。
最後はエース区間ではありませんでしたが、それでもピンチを救う最上級生として頼もしさ満点の走りでした。
それが今の東海大に繋がっているということなのです。
次回はまた箱根駅伝の振り返りに戻ります。お楽しみに。
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