『運転手さん景気はどうっすか?』

客から話しかけられる枕詞のようなものである

(ぼちぼちでんなぁ)と返したいところだが

『良かぁないっすね』と即答するしかない

《ニッパチ》との言葉通り売り上げは悪い


『東京は景気いいんでしょマンションも高いし』

そりゃそうなんだろうがバブル崩壊を現場で見てきた俺としては危うい兆ししか感じない


『俺ら田舎もんにはわかんないけどさ選挙も終わって日本はかわるんかね』

この手のフリに乗ると右左東西にわたり面倒になるので『さぁどうですかね』とだけ答える


ニッパチに関わらず市井の景気は良くないようで、空き店舗が増えてきた。投資家からすれば安く貸すなら空かせておけもあるんだろうが、それにしても(えっこの場所が?)空きっぱなしである そう云えば築20年超のマンションも空きが増えている。


『田舎はさぁ変わんないんだよね、バブルの時も今もさ』

それは分かる気がする。郷里に帰るとそう思う。

50年前の店が街に張り付いた絵画のようになり、20年前の店が逆に陳腐に廃れて来ている。


『なんだかねぇ冬季だけが日本みたいに報道されてもねぇ』

不動産の高騰、AIの台頭、ラーメンの千円の壁

確かにビックシティの中での話しなのかもしれないな


『ありがとうございました、お気をつけて』

ヨレたスーツに古めかしいコートが上野駅の中に消えて行った

支持率73% この先どうなるんでしょうかね






♪光の華が 咲き乱れて

都は今宵も オペラに溢れる♪


『虎ノ門ヒルズまで』

乗り込むとすぐバックからパソコンを取り出した。

『遅くなりました、移動中なので•••』

すごい時代になったもんだ。タクシーの中からでも会議に参加できる。


大手町の高層ビルを背に、前方の霞ヶ関、その先の虎ノ門オフィス街の光を目指す。

祝田橋の交差点は5車線、直進と左折は左側の1車線のみである。信号待ちで見る内堀に《ペニンシュラ》の灯りが映る俺の好きな夕暮れである。


PCからは何やら真剣に進行する司会者の声と、カンペを棒読みする参加者の声、そして(参加します)と言ったそばからスマホに何か打ち込む客。

『連れが今来るんで少し待って』

車寄せでしばらく待つ間も会議は進む。

今度はPCのキーをとてつもない速さで打ち出した客。


(あぁ絶対について行けない、タクドラになって良かったぜ)

本当にそう思う。電話よりLINEでのやり取りの時代ですら面倒だったあの頃から、コロナを経て更に進化した時代である。


『開けて』

現れたのは着飾った女性

乗り込むとすぐに軽いキスを無言で交わした。

(えっ?PCに映り込んでないんだろうか?音声と文字だけの参加なんだろうか?そしてこの女性は?)

『じゃ銀座に行って』

見た瞬間に素人ではないと思ったがやはり銀座か。

《と言う方向性で進めたいと言う事で•••》

会議は順調に、台本どうりに進んでいるようだ。

会議室の内容は昔とたいして変わらないようだ。

予定調和にまじめくさった顔が頷いているのであろう。


『今日は○○の○○さんも来るから、○○ちゃんと○○ちゃん用意して』

『○○ちゃんも着かせてあげてよ』

『いや○○ちゃをは○○のこれって噂だから今日は外してくれ』

客は立てた小指を持て余し、女性の肩を抱いた。


誰もが知る大手企業の名と、知る由もない源氏名。どうやらこの客にとっては、会議室の会議より重要な夜の銀座会議が待っているらしい。


《次の議題は・・・》

『おっとちょっと待ってて』

肩から外した手で、またしても超絶早いタイピングが始まった。

女性も長い爪をカタカタ鳴らしてスマホ画面を叩き始めた。


俺たちの時代は何処に行くんだろうか

会議室の予定調和はキーボードに覆されるのかもしれない。

そして結論は昔と変わらず銀座で決済されるのか

どちらにせよもう俺にはついていきようがない。


『銀座はどちらに向かいますか?』

8丁目あたりと解っていても一応お伺いはたてる。

『博品館を右で金春通りに入ってください』

忙しい客に代わり女性が事務的に答えた。


おびただしい銀座のネオンを外国人観光客がカメラに収めている。

博品館に飾られた玩具が妙に昭和に見えて少し笑える。

宵の口の賑わいが夜中まで続いていれば良いのだが。


♪政治家に憧れた指揮者

科学者に雇われたダンサー

週刊誌を読むだけのピエロ

僕たちは声のない役者♪







どうせ読むならドライバーは 役所広司 だと思いねぇ


正月の連休も明け、そろそろ新年会のタクシー需要もあるだろうと思いきや、低調である。

俺の猟場、日本橋銀座は人出多いが手は上がらず、新宿渋谷に移動しても、状況は同じだ。

夜こそはきっと、と期待するが人影は消えるばかりで、終電過ぎには人より空車の台数の方が多くなる。

(まいったなぁ、売上目標にぜんぜん届かねぇや)

日々の売上は直接給料に響くわけで、なんとか挽回したい。

(成田いやせめて羽田を2回引きたい)

神頼みに似た愚痴をタバコの煙に乗せて夜明け前の休憩を終てハンドルに戻った。

(♪いつかいつかはと 今日も夜が明けた、悲しい自分に夢を見せながら♪くっそ〜夜が明けちまうぜ)


1時間孤独なドライブに耐えて、築地から豊洲で外国人観光客を降ろすとアプリ無線がなった。

迎先は豊洲のタワマン、送り先は羽田第3。

(ヨシッ!先ずは一本、サクッと運んで自腹高速で戻ればラスト成田狙いだ)

タワマンの車寄せに着けて待つ事3分、イケすかない金持ちが出てくるかと思いきや、意外と庶民的な家族4人が歩いて来た。夫婦と子供2人、幼稚園児とその下くらいだろうか。

『わーいタクシー、タクシーに乗るんだよー』

大声ではしゃぐ子を制して会釈する奥さんに

『おはようございます、お荷物お預かりします』

大小のキャリーとベビーカーと手提げバッグをトランクに積み

『羽田第3ターミナルですね、高速利用でよろしいでしょうか?』『第3が国際線ですよね?』『はいそうです』『お願いします』

羽田慣れしてない感じが初々しい家族である。


豊洲から高速に乗る。距離は17kmとたいした事は無いが本日1番には違いない。

朝日に染まるタワマン群は輝かしい東京の景色だし、東京湾トンネルを越えて見える海と空港の風景は子供心にも印象に残る・・・

『あやちゃんは何色の歌が好きかな?』

『きいろー』『じゃあきいろの歌ね』

iPadから流れる歌をお母さんが重ねて歌う。

『次は何色の歌がいいかなぁ』『きいろー』

『またきいろ?(笑)』

優しい母の声は愛情に溢れ、それを真似する2人の子供、抱っこした弟をあやしながら合いの手を入れる父親。絵に描いたような幸せ家族である。

(人工的な朝の景色は美しいが、家族愛は暖かいもんだなぁ)

なんだか嬉しくなる車内は空港西で高速を下り、駐機場に差し掛かった。

『わーい飛行機、タクシーと飛行機!』

『あやちゃんの乗るのはどれかなぁ』

程なくして第3ターミナルに着いた。


『ありがとうございました、お忘れ物はありませんか?』

トランクと後部座席、足元を指差し確認

『大丈夫ですか?』『はい、ありがとうございました』

ごった返すタクシーやハイヤーの群れを縫うようにターミナル降車場を後にした。

(残り3時間か、足りねー、もう一度羽田に来ても足りねー)

目標を大きく下回る売上と、それを反映する今月の給与明細が浮かびげんなりした。

(とりあえず一服すっか)


公衆トイレ裏の多摩川の土手で、川崎のタワマン群の横に聳える真っ白な富士山を眺めた。

タバコをポケット灰皿で消した。

(♪今日も一日 生きて行かなきゃ 寂しい自分に嘘をつきながら♪ってかー)

車に戻る時何気なく見たリアウィンドウに、陽射しを受けて光る物を見つけてトランクを開けた。

(うわっ)


後部座席のヘッドレスト裏側、トランクの車内蓋にあたる上に黒いプラダのリュック!

(そういや奥さんが背負って乗ったぞ、背中から外してそのまま後ろに置いちまったか)

トランクを開けるとその蓋半分が折れ上がり、トランク確認ではなかなか見ない場所である。

一瞬今日の売上と家族の笑顔を天秤に掛けたが呆気なく売上は放り出された。

『6:00アプリ配車で乗ったヤマモト様が車内に忘れ物、至急連絡とってください、私は第3ターミナルに戻ります』

事務所に連絡して車をUターン

(国際線なら時間に余裕みてきてるだろう、早く気づいて良かった)

その時は俺もすぐに届けられると思ってたのだが。


相変わらずタクシー降車場はごった返してる。

とりあえず一番後ろに車を停めて、たまたま居た若い空港警察官を捕まえた、

『客の忘れ物届けるから駐禁取らないでくれるかな?』

『確約は出来ないですね』

意に反して冷たい言葉が返って来た。

この場所に停めて空港内トイレ利用中に駐禁取られた話はたまに耳にする。

『そこをなんとか』『確約は無理です』

融通の利かないコイツじゃ埒があかない。

ターミナル交番に行き、少し年配の警察官に話そうとした時電話が鳴った

『お客様と連絡が取れませんので車内預かりで帰庫後忘れ物処理をしてください』

現場に居ないと物事悠長に構えるのはどの仕事も同じである。

『国際線利用者、大切な物あるかもしれないから連絡着くまでかけ続けて下さい』

そのやり取りを見ていた警察官に

『と云う事情なんでアソコにあるタクシー、駐禁取らないようにしてくれませんか?』

『あれね、了解、交通係が来たら事情説明しとくよ』

『ありがとうございます、で連絡取れない様なんで館内呼び出しをしたいのですが、そんな場所ありますかね?』

『さぁわからないけど先頭のA入口にインフォメーションがあるから行ってみたら』


プラダのリュックをぶら下げて、大荷物を引いて歩く人波をかき分けるように進む。

急ぎ出て行くタクシーを見て(売上〜)とも思うが、あの家族の笑顔を消すわけには行かぬ。

『こんにちは、タクシードライバーっすがお客様が忘れ物しまして・・・』

若く賢そうな女性スタッフに事情を話し呼び出しを依頼した。

今時は内線電話ではなくメールで彼女が作成した文面を上席確認の上で放送するらしい。

『電話連絡取れないんですか?』

突然の珍客にも笑顔で対応するスタッフに、日本のおもてなしを感じた時、思いついて話した。

『連絡先のスマホがこの中にあったら無理だよね』

《お客様のお呼び出し申し上げます。先程タクシーにてご来場の山本様、お忘れ物がございます。至急サービスカウンターまでお越しください》


5分経過した。

『反応無いですねぇ、もう一度お流ししましょうか?』『そうして下さい』

思いの外手間取る作業になっちまった。

更に5分反応はない。

(すぐ気がついて俺の車を追うようにタクシーに乗ったのか?パスポートが入ってて途方に暮れて館内放送にも気づかないのか?どちらにしても夫婦険悪な状況だろうな)


事務所に確認したが連絡つかないと云う。

インフォメーションで20分、Uターンしてから30分以上経っていた。

『ダメっすね』

『交番に遺失物として届けて頂ければこの後連絡取れた場合、交番に行ってもらいます』

『そうします、ありがとう』

また人波の中交番へ戻る。

本当にあの家族はどうしているのだろうか?

子供たちが泣いていなけりゃ良いのだが。

『ダメでしたか、どうします?』

車は無事そうである。

『遺失物としてここに預けます』

『じゃあ中身を一緒に確認してください』

袋に入った髪留め、小さな絵本とおもちゃ、車内で見ていたiPad、ほぼ子供達の為の物だった。

(これなら旅自体には大きな影響はないだろう)

少しだけホッとしたら営收の時間的損失の天秤が秤に戻ってきた。(はぁぁ)

『以上とプラダの黒いリュックね、じゃ会社名と住所、それと•••』

その時事務所から『お客様から連絡ありました』

の電話があった。


『先程のドライバーです、忘れ物届けに来ました』

教えられた電話に連絡して現在地を伝えた。

(やっと終わったぁ45分のロスか、痛いなぁ)

『連絡取れて良かった、運転手さんがサインしたら遺失物、返却手続きが時間かかるところだったよ』

電話が鳴る。

『出られないんでカウンターに持ってきてくれませんか?』

少々パニクってるらしく要領を得ない。

『出発のデーカウンター13です』

『そこに居られるのですね、今行きます』

『車よろしく』

『あぁ出発階はそのエスカレーターね』


3階出発階はだだっ広い。出発案内や館内放送は高い天井にこだまし幾つもの言語と喧騒で、注意して聞いてなきゃ聞こえない事を知った。

(D13⚡︎⚡︎⚡︎あれ?居ないぞ?)

『今着きましたがいらっしゃらないようですが』

『どこに行きましたか?デーの13です』

『ABC Dの Dですよね』

『⚡︎⚡︎あっJでした、J.そこに話してあるからスタッフに渡してください』

奥さんからのアルファベットを聞き違え、スタッフに渡せと軽く言われても

『あのーお客様はそこにいらっしゃるのでしょうか?』

Jに向かいつつ状況を聞くと、降りてすぐ出国手続きを済ませ、手荷物保安検査を受けゲートを出たのでそちらに戻してもらえないとの事。


Jカウンターが見えた。コリアン航空のようだ。

『着信に気づくまで忘れ物にも気づきませんで申し訳なかったです。山本の荷物と言えばわかるようになってるはずです』

(なるほどね、ゲートの向こうは外国だもんな、でも間に合って良かった)

スタッフに説明し、リュックを渡した。向こうの人であろうリーダー的女性が強めの口調で若手スタッフに指示をした。

『保安検査所でこれは私物ではなくお客様の忘れ物だと言って必ず検査を通しなさい。そのゲートの先にCAと山本様が居るから』

若いスタッフは頷き走っていった。

『間に合いますかね?』聞くと

『確約は出来ません』

またか、と思いつつこの言葉を良い方に捉えた。


『山本様、今スタッフが届けに走りました。遅くなり申し訳ありませんでした。間に合いますかね?』

『ありがとうございました、まだ時間は余裕あるんで大丈夫です、ありがとうございました』

幾分落ち着いた旦那の声の後ろに、無邪気に笑う子供達と奥さんの歌声が聞こえた。

『好きな色はなにかなぁ』『きいろー』


『任務完了ですね、お疲れ様でした。』

事務所に報告して一階の交番に寄った。

『終わりました、車ありがとうございました』

駐車してからも既に60分を超えている。場所柄無断にしてたら放置駐車だったろう。

『ご苦労様でした。遺失物にしなくて良かった。渡せないところでした』

警察署は敬礼しながら笑顔で見送ってくれた。

ハンドルを握りスターターを回す。

(あと90分か、あと一回乗せて終了かな)

もう天秤は浮かばなかったのは、業務とは別の疲れとあの柔なか歌声のせいかもしれない。

(インフォメーションにも寄ってくか)

少し走らせた車を停めて、先程の若いスタッフに礼を言った。

『それは良かったです。お疲れ様でした、ありがとうございました』

(日本のおもてなしとは、柔らかな言葉と笑顔なんだろうな)

そんな事を思いながら環八に出て大鳥居に向かった。


♪黄色い朝日が教えてくれる 今日の予感とモーニングプルース♪