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Passion 

passion8  【すばらしい人生】


3月の末に お客さんから いただいた

旅館無料券で 有馬温泉に行ってきました~o(^▽^)o

ツイテル!!!


有馬温泉のお土産屋さんで 千社札ってのを発見して

見よう見まねで 自作しました(^-^)


1ヶ月も かかって ブログぜんぜん 書けませんでしたヽ(;▽;)ノ



この中には 千社札(シールではありませ~ん)・しおり・

メッセージカードの3枚入ってまーす(^O^) 

Passion   Passion 

Passion 



久々のブログです(>_<)



魂が震える話  より いい話があったので紹介しま~す

(=⌒▽⌒=)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


心理カウンセラー衛藤信之先生のブログ よりご紹介させて頂きます。

-------------------------


娘さんが黒人の男性と結婚することに反対している奥様がいました。

その奥さんには、お孫さんをベビーカーに乗せて近所を散歩するという夢がありました。


だから、その散歩中にベビーカーの中の赤ちゃんが肌の色が違うと「そのたびに説明をしている自分がイヤなの」と、


自分の理想とするイメージから離れる未来が受け入れられないと…


自分の理想とかけ離れた未来に、幸せはないと思っていたのです。


でも、奥さんの反対を押し退けて、娘さんは愛する違う国の男性と結婚したのです。


それから十数年の歳月が流れました。


そして、今は結婚に反対していたことを後悔しているようです。


なぜなら、その肌の色の違う、お孫さんが一番カワイイと語ってくれました。


どの孫よりも、その奥さまに優しく「お婆ちゃん、大丈夫?荷物持つよ」といつも心配してくれるのだそうです。


その肌の色の違うお孫さんは、運動会ではDNAのなせる技か、何の競技に対しても優秀な成績で、奥さんは我を忘れて叫んでいるそうです。

「ガンバレー!」と、私は孫が自慢なのだと…


━─━─━─━─━─


そう!自分の理想とかけ離れた日々の中に、幸せはいっぱい隠れていたのです。


愛を学ぶことは、今まで、自分が愛していなかったことを知ることかもしれません。


人は自分の価値観にそうような誰かを愛します。


自分の望む理想の人生を歩いている子ども。そう、自分にとって良い子を求めます。


自分の思い通りになる恋人を求めます。だから、思うようにならない相手を責めるのです。


でも、人は誰かの思うようにならない存在です。


相手には相手の思いがあり、それぞれに自分の世界で生きています。


自分の思うようになれば愛する。ならないなら愛さないというのは、自分の理想や、自分の価値観を愛しているのかもしれません。


あなたは、その人そのものを愛していますか?


その変われない、そのままの相手を愛していますか?


その人が、そう生きねばならなかった人生を愛していますか?


その人の細胞のすべてを愛していますか?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


自分の理想にそぐわない状況かー(>_<)

そんな状況の中にも いろんな幸せが 隠れてるんですね!


自分の思ってる幸せって ほんと 想像したら 数知れてる感じがします

でも 幸せになる方法なんて ほんとは百万通りあるかも!!

こんなんで 幸せになれる訳ない! って思う状況でも

すっごく幸せになれるかも(^-^)


自分の幸せを 限定しないで 今ある現実を受け入れたら

ほんとの 幸せが 見つかるんかなぁ・・・・


探して みま~す(・∀・)



YouTubeでバシャールを見てると

その中に『望みを現実化させる方法』があった!!


バシャールもこんなこと言ってたんだO(≧▽≦)O


今回 ろんぐブログですので

暇々で お時間のある時に どーぞ (๑≧౪≦)


YouTubeで言ってたこと(^-^)



質問者の女性は なぜ自分の人生は変わらないのか

なぜ 望まない同じ経験ばかり繰り返されるのか

バシャールにたずねました


『覚えておいてください
何かを現実化しようと「努力する」と
それは現実化されません 何も変わりません
どうですか?


「できていないと思います
私は引き寄せの法則を信じていますし」


あなたは引き寄せの法則を本当に理解していますか?
その働く仕組みを・・・


問題はそこです


外の世界から生じる感情を基準にしないでください
とは聞いたことはありますか?



「知っています 他のところでも聞いたことがあります」
「でも なぜ思う通りの現実にならないかと
こだわってしまうの」



だからです
現実が変わらないのは あなたが物理的現実から
生じる感情を基準にしているためです


現実の出来事に関係なく ただ シンプルに
自分の在り方を決めればいいのです


何が起きても喜びでいると決心した時が
あなたの変化点なのです!


外の世界で起こることはまったく関係ないのです
あなたがまだ外の世界に対して
失望 不満 反応し続けているのなら
あなたは変わっていない だから現実も変わらない
これが強調されるだけです


逆説的ですが
現実が変わらないと言って
それに反応し続けるなら
あなたは変わっていないのです


だから あなたの現実も変わらないのです
なぜなら あなたが変わっていないから
あなたが変わるというのは
現実が変わらなくても あなたの行動が変わることです


あなたが変わると 外の世界で何が起きるかなど
まったく気になりません
自分がこれから どうあるか 何物であるか
どう感じていくかを ただ決めるだけです

なぜなら
それは なぜかというと
あなたが そうしたいからです
それが理由です


他の理由は必要ありません
他の選択はありません
周りで何が起きようとも
あなたの好きなように感じ方を選ぶのです
すると 外の世界がそれを反映しはじめます


でも 私は変わったのだからと
外にそれが反映されるのを「待ったり」「期待」すると
あなたは変わっていない
だから現実も変わらないのです
この循環に陥っています


あなたの現実が変わらない理由です
あなたは「私は変わったの!」と言いながら
本当に変わったかどうか チラチラと外を見て
確認しているのです



「そのとおり」



シンプルに本当に変わればいいのです
何が起きようとも 私は喜びの存在です
何が起きようとも!
そう言えたら あなたは変わっています
すると 現実が変わります
わかりますか?



「よくわかります」



物理的現実で何が起きようと
あなたは 自分のなりたい波動を選べるのです
その能力が自分にあることがわかりますか?』




能力はあるんでしょうね!


でも 『現実に何が起きようとも喜びの波動でいる』

って 人間にとっては至難の業ですよねー


バシャール好きだけど

これは ちょっと簡単に言いすぎだなぁって思いました


そして今 読んでいる本『ビジネスゲームから自由になる法』

(この本は 今 自分が見ている世界は幻想の世界で

自分自身が作り出してる世界 この世の中には自分一人しか

居なくって 人も物も建物も全て自分が作り出してる

そして それをどのようにすれば 幻想を消して

自分の思い描いたような世界に変えることができるかを書いた本)


その本の中に書かれてるのが

『あなたが ありのままの幻想に対して
心から感謝できるレベルにまで 成長しないと幻想を

変化させる道は開かれない』p258


『あなたが 「本当のあなた」を直接体験すればするほど

あなたの外側で何が起きているかは重要ではなくなります

かつて あなたが「難しい」「厳しい」と分類していた経験をしたとしても

あなたは 楽しく 静かで 刺激的な場所にとどまり続けます

まるで とてもつらいことを楽しみとして追求する登山家や

スポーツ選手 俳優たちのように。』p217

(ここで言う 「本当のあなた」とは 前々回で書いた

思考のない自分 高次の自己 悟りを開いた自分」)


この本でも 今のこの現状に心から感謝することが出来れば

(バシャールで言う喜びの波動で居ることが出来れば)

幻想の世界を変えていくことができるって書いてました


それと まだ僕は読んでないのですが

エックハルト・トール氏の『ニュー・アース』には

(嫁さんが読んだので聞きました(^q^))

『最大の奇跡は自己の本質を経験できることだ

その本質は言葉や思考や知的なラベルやイメージに先行する

それを経験するためには、「自分という意識 (在る)」

という意識を 自分と混同されているすべて、自分を

同一化しているすべてから切り離さなくてはならない

自分をモノや事物から切り離すこと それが本書のテーマである』p36


ここで言う自己の本質って 本来の自分のことで

本来の自分に同一化してしまった思考やモノや事物を

切り離すことによって 本来の自分を取り戻すこと。


ここでも  本来の自分を取り戻すことを書いてる

本来の自分を取り戻せば 喜びの波動になって

幻想の世界を変えていけるんでしょうね!


バシャールもビジネスゲームの本にもニューアースにも

 同じ事が!

そして 今までのスピ系の本のことを思い返すと


斎藤一人さんも小林正観さんも 「ありがとう」の言葉を

使い続けなさいって言ってる 

そして 他の本にも ありがとう 感謝しますは

当たり前のように出てきてた


それって 何回も言ってるうちに

本当に 全ての事に ありがとう って思えるようになる為に

そう言ってるんでしょうね。


スピリチュアルを知ってから今まで

いろんな本や ヒーラーのチャネリングを受けてきたけど

最終的には 本当の自分を取り戻すために

いろんなワーク 自己の内観や許しや鏡の法則 ホ・オポノポノ

いろいろな瞑想が あって


結局 

皆の探し求めてるもの 到着するところは


すばらしく どんな事でも可能な

見失ってしまってた『本当の自分』

自分の中の『神』の部分なんでしょうね!



自分の全てを許し 周りの全てを許し 

自分を愛し 人を愛し 

世の中の すべてがキラキラ輝くように見え始めたとき

本当の自分が姿を現すんでしょうね! 


自分の中の 神の出現かーーーー!!!



最近たまたま買った3冊の本 すべてが

同じような内容 自分の中の『神』の取り戻し方

だったのには 必然にしても驚きました\(☆o☆)/


なんでだろ!? 

ひょっとして もうその時がキタ━(゚∀゚)━!!!のかも!

って思ってたら


全ての本には

取り戻すには 時間がかかるって書いてました~(´Д` )


そりゃ そーですよねー

簡単に 神 取り戻せたら

地球に居る必要なくなるから

この世界の人口 だいぶl減るでしょうねー(^_^;)


覚醒っていうか 本当の自分を取り戻す方法は

いろいろあるますよねー(^-^)


僕が今まで会った中で 一番それに近い人は

やっぱ 2年前勤めてた 整骨院に来られてたおばあちゃん

いつも 口癖のように

『幸せじゃ~ 幸せじゃ~』って言ってました

本当に幸せそうでしたよー(^O^)


そんな おばあちゃんに私もなりたい!(๑≧౪≦)

(なんかこの言葉 以前にも使ってたような・・・)





今日は久々の休みなので TSUTAYAで

『ヒューゴの不思議な発明』を貸りましたー(・∀・)


アカデミー賞 5部門受賞の映画で

夢を失った老マジシャンと少年ヒューゴの話し


物語の中でヒューゴが高い時計台の中から

イルミネーションに輝く夜の街を見つめながら

マジシャンの孫の女の子に言った言葉


『ここから見ると 世界は一つの大きな機械みたい


 機械は余計な部品なんて一つもない


 どれをとっても必要なものだけで出来ている


 だから この世界が一つの大きな機械だとしたら


 僕は余計な部品じゃない


 絶対 何か理由があってここに居るんだ


 もちろん 君にも理由があるんだよ』


って言った言葉 すごく胸に響きました!(*゚∀゚*)

それにスピスピじゃん!


久々に良い映画見れて 感動しましたー( ;∀;)

夢があって みんな幸せになっていくのって いいですねー(^v^)


ぜひ お暇なとき見てください!!


ヒューゴの不思議な発明 [Blu-ray]/エイサ・バターフィールド,クロエ・グレース・モレッツ,ベン・キングズレー
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エックハルトさんは ある夜を境に 思考の8割が減少したそうです
あくる朝 目が覚めると 目に映るものすべてが
新鮮で新しく 生き生きしていた そうです

エックハルトさんは言います

自分で自分を苦しめるとは なによりも思考がそうするのであり
状況というか あなたの状況の解釈が
「ひどい状況」とするのです
それが理解できれば 別の生き方が あることに気づきます
それはいまそうであるものと 頭の中で争わない生き方です

それが自ら生み出した苦による 苦しみの終わりです

自分で自分を苦しめなくなれば 他の人を苦しめることもなくなります
なぜなら この二つは車の両輪ですから

ありゃー! 
思考が無くなれば 幸せになれるんですね!!

って 思ってたら 今 話題の やまがみてるおさんのブログに
思考を外す方法が書いてたので 紹介しまーす
(ちょっと長いですが お時間のある時に どーぞ!)

『(8)悟りの「直接体験」の伝達を試みてみましょう
08-12(金)15時34分
こんにちは、やまがみてるおです。

ご訪問ありがとうございます。


人間とは、宇宙である。

宇宙は、永遠である。

したがって、人間とは、その本質において、永遠である。




人は、悟りの経験において、このように感じるようになります。





これが起こることをじゃましているのは、思考です。

思考が、私たち (それを見ている私たちの本質) に、


「そんなバカな たわごとは信じるな。

 きみは、いったいどこにいるというんだい?

 いったい、どこに存在しているんだい?

 そうだよ、そこにある体 (もの) のなかさ。

 きみは、いままでずっとその体とともに生きてきたんじゃないか。

 きみは、宇宙なんかじゃない。

 きみは、その体のなかでずっと生きてきた、

 〇〇〇男 (もしくは、〇〇〇子。あなたの名前)

 以外のなにものでもないんだよ・・・」 


         ――と感じさせているからです。




私たちは思考に対して、まったく疑問を抱いてきませんでした。

思考がなにを私たちに語りかけようとも、

そのままその主張を信じてきたのではないでしょうか。




頭で理解することと、体験して理解することとのあいだには、

大きな隔たりがあります。

思考による (頭の) 理解は、たんなる説明にすぎません。

体験は、思考 (説明) をこえた理解ですので、
思考 (説明) を必要としません。




私はずっと頭で理解することで、よしとしてきました。

「頭で理解することが、ものごとを理解することである」、

私たちはこのように、学んできています (教育を受けてきています)。

けれどもほんとうは、それでは、なにも理解したことにはなりません。




マンゴーを食べたことのない人に、
マンゴーの味を説明して伝えようとすることはできます。

が、それではほんとうにはなにも伝えることはできません。

その人はその味を想像することはできます。これが頭の理解です。

けれども実際には、その人がいつかマンゴーを食べたとき、

そのときにはじめて、ほんとうにその味が理解されるのです。

その人がマンゴーの味を理解するためには、
ほんとうにそれを食べる必要があります。




体験こそが、真の理解であり
、体験のない理解には、まったく意味はありません。

体験のない理解とは、「『私は理解した』という誤解」にほかなりません。




これまで私は、たくさんの本を読んできました。

マンゴーの味の伝達とおなじように、

本を読んで理解できたと思っても、
それまでの私はなにも理解していなかったのです。

(おそらく多くの人が、おなじ理解の段階なのではないでしょうか)




理解には、体験が必要です。

体験こそが、すべての疑問を溶解させることができます。




ではこれから、悟りの「直接体験」の伝達を試みてみましょう。

以下の問いかけにしたがって、
自己の内側を観察してみてください(*)。



(危険なものではありませんので、
リラックスして気楽におつきあいください。

 目を閉じて観察しますので、
ひととおり読んでからおこなっていただいてもかまいません。

 センテンスごとに読みながら、
そのつど目を閉じて観察をくり返してもかまいません。

 けれども「ここでの問いかけの体験」に対しても、
思考がじゃまをしてくる可能性があります。

 その場合には、思考を否定したり、
止めようとしたり、無視しようとしたりせずに、

 ただ 〔思考の動きをそのまま〕 
観察しながら、指示にしたがってください)




目を閉じてください。

目を閉じて、まぶたの内側を観察してください。

内側に見えているものを、しばらく意識してください。




なにが見えますか?

見えるものを説明してください。

もしくは見えないものを説明してください。

しばらく、これの説明を試みてください。

(自分なりの説明を試みたあと、
つぎのセンテンスの指示に移ってください)




私の場合は、まぶたの内側に、
うっすらとした暗い幕のようなものを感じました。

あなたの場合は、なにが見えますか? どのように見えますか?

これが、思考による説明です。




では、つぎに――

「目を閉じたときに見えているもの」
(思考の説明するもの、その対象) を

「内側から見ているもの」、「それ自体」に意識を向けてみましょう。




「内側から見ているもの」、その存在を感じてください。

その存在に、意識を向けてください。

(あなたの目をとおして世界を見ている存在を、
さらにその背後から、見るような感じ)

「それ」が、「ほんとうの自己」、私たちの「意識の中心」です。




私はそれを、心よりも距離が近いという意味と、(距離がない=ゼロ)

思考の起こる以前の状態という意味から、(思考がない=ゼロ)

「ゼロ視点」と呼んでいます。(視点=見るものの意)




これが、「意識の中心」――「ゼロ視点」です。

「意識の中心」を感じることができますか?

しばらく、それ「意識の中心」、「ゼロ視点」を意識しつづけてください。




これは、長く思考によって覆い隠されていた、忘れていた自己です。

長く、忘れていたため、私たちはすぐにまたその存在を忘れてしまいます。

その存在それ自体が、すぐにまた思考に覆い隠されてしまうでしょう。




これからは、できるだけ ひんぱんに、
これに意識を向けるようにしてください。

どれだけ長く、どれだけ多く、
それにつながっているか (体験するか) によって、

私たちの「意識の中心」は活性化され、定着していきます。




「意識の中心」は、私たちをとおして世界を体験しています。

目をあけている状態でも意識できるようになりましょう。



 
つねに「意識の中心」――「ゼロ視点」から、

ものごとを体験できるようになることが、悟りです。


(「意識の中心」――「ゼロ視点」がものごとを体験し、
体験は判断されます。

 判断は思考によっておこなわれます。

 思考で判断されたものが「意識の中心」に再体験されます。

「意識の中心」が活性化されていないと、このとき「意識の中心」は

 思考に乗っ取られます 〔同一化します〕。

 思考が真実として体験され、その反応に「意識の中心」が巻き込まれ、

 その存在が忘れ去られます。

 これによって私たちは、喜怒哀楽に一喜一憂しています。

「意識の中心」が活性化されていると、
「意識の中心」は思考に乗っ取られません。

 体験によって内在されたエネルギーが思考によって
放出 〔消費〕 されると、

 思考は消えていきます。

 これが悟りが、「ノーマインド」「無」「空」
などと言われているゆえんです。

「意識の中心」が活性化されていると私たちは、
体験の内容にかかわらず、

 つねにおだやかなまま、
それ 〔あるがままの出来事〕 を経験します)




この試みによって、もしかしたら、

思考からの分離を経験されたかもしれませんし、

より思考が活性化されたかもしれません。

それは、あなたのこれまでの人生経験によります。

思考が、自分の正体が暴かれることに危機感を感じていたら
、より活性化されます。




そのような場合には思考は、つぎのようにあなたに語りかけるでしょう。


 「こんな たわごとにだまされてはいけない。

 そんな体験をしたところで、なんになるというのか。


 そんなことよりもほかに、
やらなければいけないことが山ほどあるではないか。

 このような時間のむだにつき合っている暇はないし
、こんなことで幸せになれるはずがない。

 私たちは幸せを、みずから探して見つけださなければいけない、

 競争の世界に住んでいるのだから。

 さあ、幸せを探しに行こう。

 幸せは、「いまここ」にはけっしてないはずなのだから。

 だって、いままで、私は幸せではなかったのだから!」




私たちが、「いまここ」にある幸せに気づけていない理由は、

思考にとりつかれているからです。

「意識の中心」が、思考に乗っ取られているからです。




思考の主張 
(「ほらね、これこれこういう理由で、私は幸せではない」) に

(無意識に) 賛成しているからなのです。




「意識の中心」が活性化されてくると、思考からの分離が起こります。

思考の主張に賛成していない、同意していない自分が、

自己の内側に誕生します (目覚めます)。




ときどき (ほんとうはいつも)、この「内側から見ているもの」に

意識を向けてその存在を思い出すようにしてください。

(最初は難しいかもしれませんが、
それにつながりつづけていくことによって、

 最終的にそれが、私 〔ほんとうの自分〕 になります)




「意識の中心」が活性化されると、やがて、つねに「意識の中心」が

あなたをとおして人生 (世界) を経験している状態になります。

(ここまで来ると、この状態が、あたりまえになります)




この経験をとおして私たちは、
思考がつくりあげた自我の幻想をこえていきます。

最終的に「意識の中心」は、

真理 (「一なるもの」、「ワンネス」、
「大いなる存在」との一体化) を

発見 (体験・体現) します。




こうして、「理解」は「体験」になり、
体験 (悟り) が私たちの人生を

(「いまここ」にある幸福で) 
支配する (満たす・体現する) ようになります。




体現者の幸福の波動は、外的環境に放射されていきます。


必然的に、体現者の活動する外的環境は、
その幸福の波動で満たされていきます。

こうして体現者は幸福の波動に満たされた
外的環境を手に入れます。

これが「引き寄せの法則」の真実です。




体現 (悟り) のない、見せかけの思考 
(自我による意図的に操作された思考) の放射は、

真の変化を引き起こしません。

もしあなたが「意識の中心」の定着を体験すれば、

すべてがうまく展開する (すでにしている) 
ことを、実際に経験されるでしょう。




(*)アジズ・クリストフ(現アナディ)は、
目を閉じたときに見える暗闇の背後に存在する視点を
   ステート・オブ・プレゼンスと呼び、
概念レベルではなく実存レベルでの伝達をおこなっています。
  
 アジズは求道者に目を閉じたときに何が見えるか質問し、
暗闇の背後の存在に意識を向ける
   ようにガイドします。
   クリストフ,アジズ&エマミ,フーマン著、
荻原智子訳、『エンライトメント  伝統を超えて』アルテ、
   2011年、185ページ参照。
   このエクササイズはこの方法を参照にさせていただきました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。』

やまがみてるおさんのブログはこちら→ → 


実際に思考を外すことが出来れば
いつも幸せで すべてがうまくいくんでしょうね!
ちょっと 練習しようかなーって思ってます(・∀・)



この前の連休の日に 
以前勤めてた会社の友達と15年ぶりに再会した

3人で会ったんだけど 3人とも15年ぶりだった


待ち合わせ場所は もう移転したけど 
僕たちが当時勤めてた会社跡地で待ち合わせた


小さなビルの1階が そうだったけど
古いビルなので
今は誰もそのビルを使っていないようだった

ビルの駐車場は 掃除されてなく 枯葉が舞ってた


当時の懐かしさと 今は誰も使っていないビルを見て
寂しさも感じた


そうだよなー 25歳から35歳まで居たんだもんな
ここで僕の青春時代過ごしたんだもんな


久々に友達に会うと お互いすっごく歳をとってた
僕のことは 変わらんなー って
一人の友達に言われたけど もうひとりは
そんなことないわ って言ってた

でも みんな 15年前の身体の動きが鈍ってた
みんな老化してしまってた


そうだよなー 僕はもう50歳 

友達っていうか上司は二人共55歳

あの頃の溌剌さは どこへいってしまったんだろう


以前勤めてた会社でまだがんばってる友達は 

あと5年で定年とのこと

あの頃の同僚はほとんど 辞めてしまい

20人位居た社員も 知ってる人は5人になってしまってた


3人で あの頃のいろんな話をした
おおまかな所は みんな覚えてたけど

小さなことは 忘れてたり
なんだか話が食い違うことが多かった


2人じゃなく 3人で話したからだろうか


あの頃の 楽しかった思い出や 
辛かった思い出
いろんな出来事のほとんどが自分の中の記憶で

友達は 忘れてることが多かった


自分の中で印象深かったこと 良いことや
悪いことも 過去に実際にあったことなのに
今となれば 僕の記憶の中にしか存在していない


その時の 感情も 僕の中にだけ残ってる
感情だった


あの頃の社長は 女社長で

旦那さんが亡くなったので 社長を引き継いだ


僕たち社員にとっては おかあさん的な存在で

やさしく 明るかった


でも女性なので 社員からは軽く見られてたようで

社長の目の届かないところで 

好き勝手にしてる上司が何人かいた


社長は軽く見られないように 他から社長を抜擢した

その前に僕は会社を辞めたんだけど


その後の会社は 惨憺たるものだったらしい


上司は部下の仕事のことを貶すし

部下は上司の言動に反発する


みんな あんなに仲が良かったのに

自分の身が危なくなると そうなってしまうんだろうか


専務は平社員まで落とされ 辞職し

僕の同僚たちも ほとんど辞めてしまった


今となれば 若いうちに辞めといてよかったなぁって思う


その頃の同僚でひとり すごく純粋な子がいて

そんな会社が嫌になって

漁師になった子も居る


こんなふうに 人生振り返ると 

みんな いろんな人生を歩んでるんだなぁって思う


あの頃の 楽しかったこと 苦しかったことは

あの 朽ちたビルを見ると ほんとに過去の出来事で

ひょっとしたら 僕の記憶の中だけで 渦巻いてるのかも・・・


あの頃の僕は うまくいかないことが多くって

時々 こんな世界なんか 消えてしまえ!

って思ったことだってあった

それも 遠い 過去の記憶・・・


記憶の中の友達は皆 あの頃のように若くって

生き生きしてて なんか みんな夢を持ってたような気がする


みんな歳を取れば そうなるんかなぁ・・・

なんか 楽しくなさそうだった


みんなとの久々の再会だったけど

なんか 寂しさの方が 僕の中では大きかったように思う


でも 話の最中 時折見せる友達の昔のままの笑顔が

僕を遠い過去に戻してくれる


今度 いつ合う約束なんか することもなく

僕たちは また会おうな って言って別れた


その時の 手を振る 友達の笑顔は

昔のままの笑顔だった


僕の青春時代を分かち合った友達とは

これからも 会おうって思ってます。(・∀・)








嫁さんが風邪を引いて 日 月 と仕事を休んだ


僕は 来るお客さん 来るお客さんに


『僕は 風邪を引かない って決断したんですよ

 もう 3年前に決断したんですけど それから ずっと風邪引いてないんです』


『いやー 決断の力って 素晴らしいですね!』 って

口癖のように話ししてた


ところが 日曜日から月曜日にかけて 何か からだの調子がおかしい


とうとう 風邪じゃなく インフルエンザにかかってしまった!


月曜日は 一日中家に居て なんか 体の節々が痛い

寒気はするし 咳をすれば 喉がすっごく痛い!


ひえーーー!! こんなん 久々やん!


火曜日 朝起きようとしたら 起きれない!

やむなく 初めて仕事休んで 嫁さんが仕事に行った


あ~ぁ 決断の力も 歳には勝たれへんのかーって思いつつ

体温を測ったら 38度超え だった


で 今日は 昨日休んだので 僕が  仕事に行った


嫁さんは 風邪は治ったのだが 今度は 嫁さんがインフルエンザにかかってしまった!

僕もまだ 完治していないー


う~ん これは 身体の浄化が起こってるんかー

って 勝手に ポジティブな解釈をして 自分に言い聞かせてました(・∀・)


ps インフルエンザじゃなく ただの風邪でしたー 

   それにしても だいぶ しんどい風邪でしたよーヽ(;▽;)ノ


あっ そうそう スピ友達情報によると

『ザ マネーゲームから脱出する法』の第二弾

『ビジネスゲームから自由になる法』

が出版されたそうです!


また このマネゲシリーズが伝えきれないところを 補完していると評判の

「やまがみてるお」著 『21世紀のさとりり読本』

が 良いみたいです(・∀・)


ご興味のある方は 読んでみてみて!



ビジネスゲームから自由になる法/ロバート・シャインフェルド
¥1,470
Amazon.co.jp


「いまここ」にさとりを選択する生きかた―21世紀のさとり読本 (覚醒ブックス)/やまがみ てるお
¥1,575
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今日 車で音楽をランダムに聞いてたら

たまたま リーディングでチャクラの説明がおもしろかったので

紹介しま~す

3年前のリーディングです


『あなたが完成したというのは とてもバランスが整ったという意味です

あなたの中の滞り まぁ 感情的な または過去の経験から または記憶から

信念をも含め みんな誰だってあるんですが


たとえば チャクラ的に言うのであるならば


喜びを持って生きる 


子供のようなわがままを言ったり

のんびりしたかったり 遊びたかったり 自分を見てほしかったり


認めて欲しかったり それを否定せずに それでいいんだよと言いながら

自由に生きる


そして 喜んだり 悲しんだりもokだと言いつつ進む

そして 次には自分に自信を持って 夢を持って あきらめずに進むこと


マイペースで だれかの影響を受けつつも でもある意味 

誰の影響を受けるともなく

自分の道を自信を持って進むこと 


そして周りと楽しくコンタクトしながら


嫌な時は ちょっと離れたりしても より自分のことをわかってもらおう

そして相手のことを 解ろうとし 自分の価値を分かってもらうのと同時に

相手の価値をも解ろうとし


あったかい気持ちになりながら

相手のあったかい気持ちをもらいながら


また 自分のあったかい気持ちをあげながら


そして 魂として 神と共に使命を生きつつ

自分のミッション使命に気付きつつ  でもそれは本当は

全員がやる ナチュラルな事と気づきつつ


そして 本当に地球上にいながら 天国を創るという

必ず 夢を叶えるという 希望を持ちつつ ビジョンを持ちつつ


一歩一歩 自分の中の神 また外なる神を信じつつ


直感を大いにフル活動させ 

そして 本当に全ての事に偶然はない必然だと知りつつ

すべてを受け入れ すべてを許し 

すべては あるがままでいいのだと認めつつ自分を完成させつつ

あなたはとてもバランスよく進んでいます』


まぁー! 晴子さん いつも思うんですが

こんな長文 何も見ずに チャネリングの記憶だけで

よく話せるなー っていつも感心します


この文章は リーディングのほんの20分の1位です


3年前の僕はバランスが整ってたんですねー(・∀・)

でも 今はどうなんかなぁー!?

夢は 今もあきらめてませんが(^O^)


前回の続きです(・∀・)


かまぼこ工場に着いた はらちゃん

工場の人に その人にとっての神様 越前さんを

窓越しに 教えてもらった


この越前さんこそ 漫画のはらちゃんを描いてる人


はらちゃんが 越前さんを影からみてると

工場の同僚が わざと越前さんにぶつかり

持ってる かまぼこを落とした

同僚は 越前さんに こんな狭いところに立ってるから

こんなことに なったじゃない!って越前さんに怒った

嫌がらせだ


それを見てた はらちゃんは

思わす 工場に飛び込み 越前さんに向かって


『どうして どうして黙ってるんですか!


今のは あきらかに あなたではなく


この方が 悪いじゃないですか


しっかりしてください!


あなたは神様なんですよ!


神様 お願いします


あなたが幸せでないと 我々の世界は曇ったままなんです


どうか 幸せになってください


そのために がんばって戦ってください


お願いです神様


世界を変えてください!


あなたが笑えば 世界は輝くんです!


お願いします神様!


お願いします神様!!』


って はらちゃんは言った。


なんか 感動した!

僕は 人に

 「どうか 幸せになってください!」って言葉 言ったことがない


でも みんな悩みを打ち明けられたら

その人の為に いろんなアドバイスをする

その時の気持ちって みんな

 「幸せになって」って気持ちなんでしょうね!


「世界を変えてください!


あなたが笑えば 世界は輝くんです!」って言葉なんか


普通で聞けば 大げさだけど

スピリチュアルでは そうですよねー

このドラマの原作者も スピスピかも!(・∀・)


でも スピではなくっても

自分が落ち込んだり 暗い時は 

周りの目に映る世界は澱んでみえるし


自分がとっても幸せな時は 周りの世界はバラ色ですもんね!


実際 自分にとっての世界は

自分の感情で見え方が変わるのも事実!


だから自分が幸せになれば 世界は変わるんだーーー!!

周りの人達も 笑顔になるんだーーー!!


だから明日は大好きな焼肉を食べて 幸せになろーっと!(๑≧౪≦)

世界のためにーーーー(^◇^;;;;;)



明日 世界の為に焼肉食べに行こーって 嫁さんに聞いてみまーす(^ρ^)

土曜日から 始まった新番組 『泣くな、はらちゃん』

スピ的にも すっごくメッセージがあったので紹介しま~す(・∀・)


かまぼこ工場で働く地味で内気な女性 越前さん(麻生久美子)は

仕事場の人間関係で イライラがつのり

そのうっぷんを はらちゃん(長瀬智也)を主人公にした漫画を

日記代わりに 毎日自宅で描いてた


越前さんの描く漫画の中で

毎日のように 居酒屋で酔っ払ってはクダをまく はらちゃん


はらちゃんは 漫画に出てくる居酒屋の人達と 話し合う

なんか この世界って曇ってる

神様に助けを求めよう ってことになり


ひょんなことから はらちゃんは 

漫画の世界から抜け出すことができた


はらちゃんは 見たこともない世界で 驚きと興奮の連続!

そこに たまたま かまぼこ工場の人が車で通りかかる


そこで 原ちゃんは 

神様を探してることを かまぼこ工場の人に告げる 


かまぼこ工場の人は「僕にとっての神様なら居ますよ」って車で

かまぼこ工場まで送ってもらえることになった


道中 自転車を見ては驚き 犬を見ては驚き 海を見ては驚き

車がカーブをきれば 体が傾いては「おぉ~~!!」と驚き

工場に着けば 工場の人に かまぼこを食べさせてもらって

「なんて美味しいんだ!」って大粒の涙を流してた


はらちゃんが初めて体験する 僕たちの住んでる世界

きっと この世界は不思議と驚きと興奮の世界なんでしょうね!



僕もたぶん子供の頃は もっといろんな事に感動してたような気がする

そして歳を取るにつれ この世界を見慣れてきて  

感動や興奮 驚きさえも 薄れてきてる自分がいる


はらちゃんが感動するみたいに

まだまだ この地球には 感動するものって

 たくさんあるような気がする

あの頃 この地球に生まれたいって

そして この地球に生まれた時の感動

もう一度 思い出したいなぁー(´∀`)