人生において絶対的に選択できないもの。
それは生まれた場所、生まれた時、生みの親。
これらは選択できないものです。
しかし一方で徐々に知識と経験を積み情報を入れることで、
私たちは選択の自由があります。
それでも周囲の環境や圧力はその選択に大きく影響を与えます。
ただし本当にその選択は自己責任を回避するほどのものだったのでしょうか。
1世紀にエルサレムに生まれていた人たちは、その場所、その時代に生まれたことは選択できないことでした。
しかしキリストの最後の夜にこの公開処刑の場に居合わせたすべての人が行なった選択はそうせざるを得なかったと言って言い逃れることができるでしょうか。
たとえばピラトは群衆の圧力に屈しました。ではピラトは罪を免れるのでしょうか。
バラバを選んだ群衆も群集心理が働いたかもしれません。では罪を免れるのでしょうか。
キリストを三度否認したペテロも人への恐れを示しました。でもそれはそうせざるを得なかったと言って言い逃れることができるのでしょうか。ペテロがそのあと激しく泣いたという記述は何を示しているのでしょうか。
ユダ・イスカリオテも自分の行動は預言されたものであるがゆえに正当なものであると主張することなどできるのでしょうか。私たちは彼の行動を是認するのでしょうか。
キリストを見捨てた弟子たちは「あいつが先に逃げたから」と言って他の弟子を指さして言い逃れることができるのでしょうか。
この日、この場所で不完全な人間で、唯一人、神に是認される選択をしたのは、もっとも罪深いと断罪されていた、キリストの傍らにいた名もなき罪人でした。
彼はこの瞬間、神とキリストの目撃証人(Witness)でした。
もはや文字通り何もなくなった時に素直で正直な心根が出たのでしょう。
キリストが言われた「幼子のような心」を持つ人とはこの時の罪人の心境がまさにそうであったかもしれません。
人は弱い。実に弱い。哀しいくらい弱い。
周囲の目、身近な人の目を気にしながら生きていかざるを得ない。
立場や身分を気にしながらしがらみの中で生きていかねばならない宿命があります。
だからこそ選択に際しては、十分な自己吟味を意識的に行ない、それに伴う責任を認識することが大切だと思います。
そしてその時に刑柱上で絶望のどん底にあり、もう失うものは何もない罪人のような気持になることも考えることができるかもしれません。
1世紀当時もしイスラエルにいたならどうだっただろう。
西暦33年ニサンの十四日にエルサレムにいたらどうだっただろう。
それぞれに訪れた厳しい選択を自分がしなければならないとしたらどうだろう。
そんな面倒なことに巻き込まれるなんて御免だと思うだろうか。
その時代にイスラエルに生まれたことを不幸だと思うだろうか。
答えはその場にいないとわからないです。間違った選択をしたかもしれないし、その可能性も大きいでしょう。
私はそれでもこの時この場所にいたら、ものすごく恵まれていたと思います。
なぜなら神の御子イエス・キリストを間近に見られたのですから。
キリストの奇跡を見れたのですから。
キリストの声を聴くことができたのですから。
キリストの教えに接し、ヨハネの言葉によれば、
「書ききれないほどの」珠玉の言葉を聞けたはずなのですから。
優しい言葉を聞くのが好きならば…