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アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

もし。

慢性疲労症候群傾向の人が

「就寝時のアーシングの環境」を守って、アーシングをしたなら、劇的に、体調は良くなると思う。

ただ。

当初、私の場合、起床して午前中くらいまで、スマホは触れなかった。

操作すると、ぐわーんという感じで頭痛がしたからだ。

数時間経って、お昼くらいになると、何とかいじれるようになる。

どういうことか。

私の体感で説明すると、目覚めてゼロボルトの体が、

電磁波におののいたのではないか、ということ。

時間が経って、体に電気がたまると(衣類の静電気など)、スムーズに、

スマホが触れるのではないか、ということだ。

そう思い、スマホをいじるのは昼過ぎてから、と決めた。

そして、そのうち、スマホは午前中でも触れるようになった。

その頃になると、体はとても元気になっていた,、と記憶する。

下りのエスカレーターを上っている感覚が、

いつしか平地を普通に歩いていた、と、以前にも書いたが

徐々に、電磁波に耐えうる体に変化していく、ということだろうか。

負の環境因子がない時代は、人は活動することで傷付く細胞を自然治癒していた。

が。

今の時代は、とんでもない規模の電磁波や化学物質で、

人の体は自然治癒力では追い付かないほど、日々、細胞が破壊がされている。

そこで、アーシング。

睡眠に乗じて行うアーシング。

これでようやく、なんとか、リセットされる。

だから。

アーシングは続けなくてはいけないでしょう。

現代社会で生きている限りは。

 

わけのわからない体調不良にアーシングを試したい、という人には言う。

最初、目覚めて、今までより、電磁波に反応するかもしれないけど、大丈夫。

体がびっくりしているだけです。

アーシングを続ければ、電磁波に対して、そこそこ耐性ができます、と。

 

そして。

耐性ができて、じゃあ、元の暮らしに戻る。でいいのか、ということ。

大地とつながってもらった元気(パワー)を、

便利で人工的な生活に使い果たしていいのか、ということ。

私の今後のテーマです。

 

 

 

 

長年のDIYの塗料と、プリンターのインクの被曝で、

イソシアネートが原因の慢性過敏性肺炎と診断されたMさん。

彼はいつも言う。

香害は、匂いが悪さしているわけじゃない。

香りを覆ったマイクロカプセルが壊れて飛散するイソシアネートが、

健康被害を生んでいるんだよ、と。

本来、イソシアネートに匂いはない。

匂いを感じたとしたら、その時点で、人は無事でいられないよ、とも。

その証拠に、香りがなくなった後も、イソシアネートは繊維に残って、人を被曝し続ける、と。

 

見方を変えれば、柔軟剤などは、

あの甘ったるい匂いが、目印となって、避難できる利点はある。

匂いがないものが、怖いと話すMさん。

イソシアネートが原料のウレタン製品は世の中にあふれている。

ゴム製品、接着剤、塗料、クッションなど、あげたらきりがない。

成型された商品も、熱や摩擦で、イソシアネートは空気中に飛散する。

そして。

念を押して言われたのは、もし火災になった時のことだ。

例えば、ウレタン製のクッションに火が付けば、

青酸ガスが出て、逃げる間もなく死んでしまう、

とにかく、体一つで逃げること、現代の家庭で、ウレタン製品のない家はないから、と。

青酸ガスは、一酸化炭素の有害濃度の1万分の1の濃度で有害だという。

 

『ボーパール 午前零時五分』アマゾンで購入。

1984年。インド、ボーパールで、史上最悪の化学工場事故が起きた。

殺虫剤の原料、イソシアン酸メチル(もっとも構造が単純なイソシアネート)が、

ガス状となって漏れ出し、都市を覆った。

関連死を含めて、最終的に死者は3万人。

50万人が被害を受けた。

事故の悲劇は今も続いている。

後に生まれた子供たちの多くに、先天性の異常が見られるという。

後遺症に苦しむ人は、今も、20万人を超える。

 

関心のある方、ご一読下さい。

 

 

 

 

 

 

以前、沖縄で、電磁波の健康被害者数名のお宅にお邪魔したことがある。

沖縄の電気工事の施工方法は旧式のままだったりする。

配電線がケーブル化しておらず、3本のまま住宅街を通っている風景が多い。

※ケーブル化:位相のずれた電流3本の配電線をひとつにまとめることで、電磁波を打ち消し合い電磁波が低減できる、というもの。

 

あるお宅で、この3本の電線が、アパートのベランダの真横を通っていた。

この家の主婦は、長い時間ベランダに立てない、と言っていた。

そのベランダに面したリビングは、磁場が高かった。

電気配線が原因で、床の磁場が高いお宅もあった。

これは、軽々に言えることではないが、

お会いした主婦は、高い確率で、子宮筋腫や卵巣嚢腫などの既往症があった。

どの方も良性で、既に元気になられていたが。

電場は、自律神経系にダメージを与える。(私が経験したような)

磁場は、内臓疾患、癌のリスクがある、という。

これについては、高圧送電線や電気製品から出る磁場(平均4mG)を被曝し続けると、

子供の白血病の発症率が2倍以上という調査結果もある。

電気製品の電場は工夫次第でカットできるが、磁場は距離をとるしかない。

距離をとって低い数値でも、毎日浴び続ければリスクがある、

このことを忘れてはいけないと思う。

 

それと。やはり。

アーシングをお勧めしたい。

日々高まる健康リスクに、立ち向かえるのは、

日々のアーシングしかない、と思うから。

 

 

 

 

田舎暮らしは、結構筋肉痛になる。

柚子の実の収穫でもそうだ。

柚子の木一本、上を見上げた状態で、高枝ばさみで1時間も実をもいでいると、

翌々日あたりから、首と腕が張って、シャツも着れなくなる。

長時間の軽労作の場合、筋肉痛は遅れてやってくるらしい。

庭の草取りもそうだ。

ゆっくりやれば疲れないし、いい季節の時はむしろ気持ちがいい。

だから、2時間くらいはノンストップで続けてしまう。

やはり。

翌々日あたりから、腰と腕が痛くなる。

当然。

アーシング頼みとなるわけだが、

ゆっくりゆっくり傷付いた細胞は、ゆっくりゆっくり修復するものらしい。

アーシングをしても一晩では治らない。

2,3日はかかるかな?と思う。

それでも、アーシングの効果を実感しているのは、

若い頃より回復が遅い。とは思わないからだ。

 

アーシング頼みの日に、

雨が降らずに地面が乾いていると、

アース棒のあたりに、たっぷり水をかける。

我が家にはアース端子がたくさんあるが、

このアース棒につながるアース端子をアーシングの時は使う。各部屋にある。

電気工事をお願いしたDさん(電磁波測定器を持つ電気工事士)に、

アーシング専用のアース棒を打ち込んでもらったのだ。

 

かつて、インディアンは子供が病気や怪我をすると、

穴を掘って、そこに寝かした、という逸話がある。

もちろん。肌と土が触れる状態で。

大地の力で治療をしていたのだ。

その話を聞いて、

アーシングをしながら眠りに落ちるとき、

ふっと土の中にいるような錯覚を覚える時がある。

とっくに、子供ではないけれど。

 

 

 

 

10年は経つだろうか。

ある集まりで親しくなった同世代の友人2人と会食をした。

S君は北海道出身。某保険会社で働いていた。

H美さんは、瀬戸内海沿いの中国地方の出身。

子育てが一段落して、契約社員でぼちぼちやっているとのこと。

 

テーブルのホッケが北海道産で、S君に、

「実家が北海道なら、将来は帰るんですか?」と聞いた。

「帰りたいよ。あの大地に帰らなきゃ。僕のルーツだから」。

私についても聞かれ、

「故郷ってないんですよ。風景画とか全然描けない。

自分の故郷とシンクロしないから、沸き立つものがないんです」などと答える。

H美さんは、素晴らしい風景画を描く人だ。

「H美さんがうらやましい。故郷の山とか、目をつぶっても、頭に浮かんだりするんでしょ」

H美さんの描く風景画に、育った土地のものがあるだろうと、勝手に思い込んで言った。

H美さんは、そうね、と笑って答え、多くは語らなかった。

S君の故郷自慢が続き、

私も北海道出身の友達の話などをした。

H美さんに、話を振るが、一言二言返ってくるだけ。

もっとも、私がそのことに気付いたのも、後からの話だ。

楽しい食事会だった、と思っていた。

その夜、H美さんからのメールが届くまでは。

 

H美さんのメールの件名には、お願いがあります、とあった。

 

みんなが故郷にいい思い出があるわけではありません。私もその一人です。お願いがあります。私がいるときは故郷の話はNGにして下さい。

あなただから思い切ってメールしました。

 

既に原文はないので、正確ではないが、このようなメールだった。

返事は、わかりました、ごめんなさい。とだけ送った。

何を言っても言い訳になるからだ。

何か言うことが、H美さんを悲しませるからだ。

私が引っ越すまで、H美さんとは何度か会い、仲良く過ごした。

その夜、交わしたメールについても、故郷についても、お互い二度と触れなかった。

仲良く過ごした、これも、私だけの都合のいい思いかもしれない。

 

「故郷はどちら?」とよく聞かれる。

不意に胸をふさがれる。

H美さんのことを思い出すからだ。

 

その人の悲しみの淵に、私は小石を投げ込んだ。

胸を焼かれるような思いの人の横で、私は笑っていた。

このやるせなさは、昨日ことのように覚えている。