“場所”を心地好く感じます。
これは「心地好い“場所”が有る」という意味ではなくて、「“場所”(という言葉)が心地好い」という意味です。
何の変哲もないありふれた言葉であるはずの、“場所”という言葉が心地好いのですね。
“パワースポット”と呼ばれる所が幾つか有りますが、本当の“パワースポット”は己の内に在ります。
つまり、己自身が“パワースポット”なのです。
「私は“それ”である」という言葉にある通り、「私は“パワースポット”である」なのですね。
私が今考えているのは、「“場所”は何を語るのか?」という事です。
「私は“場所”である」という事は、「私はその場の全てである」という事です。
名前・肩書き・肉体・思考・感情・欲求・観念等の部分ではなく、「目に見えるものとそうでないものを全てを含むのが私」という認識です。
“場所”の中に全て有る…という事は、「“場所”が何を言っているのか?」という事が分かれば、全てを理解出来るのではないでしょうか。
“場所”の全てを理解出来る一言、“場所”の中に有るものも全ての本質を理解出来る一言が有るのではないか?
…そういう事を考えているのです。