私は何なのか? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「“何もしない”は通り過ぎた」と思っています。

 

それは、「“何もしない”は願望でも目的でもなくなった」という事を意味します。

 

今感じているものは“何もしない”ではありません。

 

「全然違う」と言っても良いくらい違う別の何かです。

 

それが根拠です。

 

 

 

鳩尾に凝り固まったものを感じる他、晴れやかと言うか清々しさも同時に感じています。

 

その清々しさを端的に言うと凄く気持ちが良いです。

 

性的な意味ではありません。

 

ちょっと例えるものが思い浮かばないので、「どういう気持ち良さなのか?」を言葉を表現するのは今は難しそうです。

 

強いて言えば“爽やか”でしょうか?

 

 

 

その“爽やか”が出て来る切っ掛けになったのは、「私は何なのか?」という内側から湧いた問いです。

 

「自分探しを続けていて何を今更」と言いたくなりますが、「内側から湧いた」という点が大きいのです。

 

内側から湧いたものは、ドンピシャで極めて正確だからです。

 

「自分探しにおいて、自分自身に何かを問う事について、最も正しい問い方ではなかろうか?」と思います。

 

「この問いを探していた」と言っても、過言ではないかも知れません。

 

そう思うのも、やはり今感じているものが根拠です。

 

 

 

今何でも願いが叶うなら、「私は何なのか教えてくれ」と願うでしょう。

 

ランプの魔人でも、神龍でも、「願いを何でも言え」と言われれば、私の願いはその1つだけです。

 

「私とは何か?」という事を哲学的に問うているのではありません。

 

問うているのはもっとダイレクトに私それ自体を示しているものです。

 

今の私はそれ以外何も要りません。