“何もしない”が在る? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私の中に在るものに対して何の意図も起こらないまま、代わり映えの無い日々を過ごしています。

 

時折「“これ”は一体何なんだ?」と思うものの、深く突っ込む事も出来ません。

 

そんな中、つい先程「これは“何もしない”じゃないか?」と思ったのです。

 

「私の中に“何もしない”が在る」という事です。

 

どんな言葉も当て嵌まらない中、唯一「これは可能性が有りそうだな」と思えます。

 

 

 

これから私の中に在るものと、“何もしない”という言葉の突き合わせを行います。

 

私は“何もしない”という言葉を良く使いますが、「本当に深くその意味を理解しているか?」と言うと疑問です。

 

「何となくそんな感じ」程度で使っている事は否めません。

 

…と言うのも、既に突き合わせを試みている最中ですが、どうにも踏み込んだ意味が有りそうに思えるからです。

 

 

 

「間違い無くそうだ」とは言えません。

 

しかし、「間違い無くそうではない」とも言えないのです。

 

そうなれば試す他ありません。

 

反応がさっきまでとは違います。

 

これは本当に“何もしない”かも知れません。