外の世界で何を叶えようが、私の中でそれを通して叶えたかったものを感じられない限り、私にとって外で叶えた事は何の意味も持ちません。
例えば「幸せを感じたくてお金持ちになったのに、いざそれを叶えてみると感じられるのは別のものだった」というのは失敗です。
逆に「お金持ちにはなれなかったが、それに求めた幸せを(違う形であっても)感じられた」というのは成功です。
この場合、「私はお金持ちになった」と言えます。
願いの実現とは本質的に叶える事であり、本質的に叶える事とは願いと完全に一致するものを感じる事です。
外の世界で形にする事が願いの実現ではないのです。
起業も同様です。
起業に求めたものを私の中で感じられない限り、外の世界でどれだけ上手くビジネスを回せたとしても、「私は起業に成功した」とは言えません。
しかし、今この瞬間に起業に求めたものを感じる事が出来たなら、起業すらしていない今この瞬間にも「私は起業に成功した」と言えます。
私の願いは叶う時は一瞬ですが、その一瞬を迎える為に要する時間は私にも分かりません。
「一瞬で叶う事は分かっているが、何時叶うかは分からない」という事です。
そして、「働きたくない」という気持ちは変わらず有ります。
「変わらず有る」という事は、「感じるべきものを感じていない」という事です。
何を感じられれば、「働きたくない」は消えるのか?
それが分からない限り、「働きたくない」を望ましい形で叶える事は出来ません。
もし、“働きたくない”だったらそれを感じれば良いので話は早いのですが、何年も前から何をどうしても大して変わっていないところを見ると、何かが違うのでしょう。
冒頭で述べた通り完全一致させる必要が有る為、「働きたくない」だと思っているそれを正しい言葉で表現しなくてはなりません。
今の起業と「働きたくない」の二つの問題を抱えている、つまり二つの願いを抱えています。
私はマルチタスクが出来ないので、どちらか一方を優先しなくてはなりません。
「働きたくないから起業したい」のか、「起業したいから働きたくない」のかでその優先順位が決まるなら、前者の方が強いかも知れません。
もしそうなら、「働きたくない」を突き詰めた結果如何によっては、起業する必要が無くなる可能性が有ります。
起業に求めたものと、「働きたくない」の奥に在るものが一致していたらそういう事になります。
その場合、私は二つの願いを同時に叶える事になります。
基本に立ち返り、「“働きたくない”は何を言っているか?」と問うてみましょう。
それで「起業したい」が出て来たら、再び起業にシフトしましょう。