意識は何かに集中している様ですが、なかなかそれを読み取る事が出来ません。
「お金を貰う相手の事ではないのか?」と思うのですが、「収入を得られない事に対するリスク(“死の恐怖”)に対する答え」という線も捨て切れません。
私はマルチタスクが得意ではないので、順番に片付けて行こうと思います。
「誰からお金を貰うのか?」という事から進めます。
以前の記事では「会社ではなく不特定多数の個人。つまり“あなた”」という事を書いたのですが、これでは具体性に欠けます。
「“あなた”とは、どういう層の人の事を言うのか?」という事が見えません。
私の事なので、「誰でも良い」という事にはならないと思うのです。
私の中の非常に深い部分で、既にお金を貰いたい相手が決まっていたとしても不思議ではありません。
そういう仮定で考えると、「収入を得られない事に対するリスク(“死の恐怖”)」とも繋がりを見出だす事が可能です。
「お金を貰いたい相手」というのは、「私のサービスなり商品なりを売りたい相手」です。
しかし、私に自分のサービスを売りたい相手に買って貰う自信が無く、それを恐れているとしたらどうでしょう。
“死の恐怖”の本質は「売りたい相手に買って貰える自信が無い事」になります。
売れなければ収入を得られない。
収入を得られなければ食いっぱぐれる。
それを“死の恐怖”として感じている。
…と、やや強引にこじつけた感は有りますが、一応筋は通ります。
売りたい相手が決まっているが、それは恋愛でいうところの高嶺の華くらいに思っているのかも知れません。
「何を売るのか?」という事である可能性も有ります。
これは「誰に売りたいのか?」という事とセットになっていて、どちらか一方を知れば自ずと分かる事かも知れませんが、「視点を増やす」という意味で模索する価値は有るでしょう。
「こんなもの売れるわけが無い」と心底思っているものが、その答えだったりするのかも知れません。
それを探してみましょう。