内なるツインレイ | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

如何に同一の魂が分かれた唯一無二のツインレイと言えども、それが「外の世界に居る」と考えるのは疑問が残ります。

 

「外の世界で見た異性を通して、己の内に在るツインレイを見た。よって、ツインレイもまた己の内に居る」と考えた方が私としては自然です。

 

仮に外の世界にツインレイが居たとしても、ツインレイの何足るかを悟らずにどうやって「その人がツインレイだ」と認識出来ましょう。

 

どっちにしろ、私はツインレイを己の内に見付け、「ツインレイとは何か?」を悟るしか道は有りません。

 

 

 

その為には私なりに的確にツインレイを表現出来る言葉を見付ける必要が有ります。

 

「ツインレイは何と言っているか?」でも、「ツインレイとは何か?」でも、ツインレイと同じ意味を持つ別の言葉を発見しなくてはなりません。

 

その言葉でピッタリ表現出来る人が外の世界に居るなら、その人が私のツインレイのはずです。

 

それは言わば、ツインレイにしか通じない合言葉の様なものになるかも知れません。

 

私がツインレイを知らないだけで、既に見知った人の中に居てもおかしい話ではありません。

 

 

 

私の中に比較的強く反応するものが在ります。

 

これが内なるツインレイかは定かではありませんが、私はそう思う事にします。

 

内なるツインレイが何かを言っているのだとすれば、私はその言葉無き言葉に耳を傾けなくてはなりません。

 

ツインレイの真意がそこに在り、その真意に沿う事でのみ、統合の道が開ける事でしょう。