『完璧』 | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「潜在意識でどうなのか?」を考え始めて出て来た言葉は、潜在意識の性質を顕している様に思います。

 

『叶っている』も、『奇跡』も、『凄い』も、今回の『完璧』も、その全てがある1つのものを示している様にも思います。

 

共通する何かがうっすらと見える気がするのです。

 

常々「潜在意識を端的に言うと何になるか?」とか、「潜在意識の究極的本質は何か?」等を考えていると、「上に挙げた言葉達はそれが持つ性質の1つに過ぎないのではないか?」と思えて来ます。

 

本質を掴む事によってのみ、真に「それが何なのか」を知る事が出来ます。

 

私が何かを思うがままに扱おうと思ったら、その本質を理解しなくてはなりません。

 

私が潜在意識を扱おうと思ったら、潜在意識の本質を掴まなくてはならないのです。

 

 

 

既に『完璧』は通り過ぎました。

 

私が求める潜在意識の究極的本質ではない事は明らかです。

 

私は別に『完璧』を求めて潜在意識に関心を持ったわけではありません。

 

『完璧』を最も欲するが故に潜在意識に求めたのであれば、その場合は『完璧』が潜在意識の究極的本質になったでしょう。

 

「潜在意識の究極的本質とは何か?」というのは、「潜在意識に最も求めたのは何か?」という事です。

 

これは人や時で各々で異なるでしょうが、必要なのは「今の私にとって」という事だけです。

 

 

 

潜在意識の探求はまだ続きます。

 

「学ぶに値するものが有る」というのは、自覚は無くても幸せと言えば幸せなのかも知れません。