私の場合、「何故組織に属する必要が有るのか?」と考えると、その答えは「自分だけではお金を手に入れられないから」という事になります。
そこで「自分だけでお金を手に入れられたら?」を考えます。
「それでも組織に属する必要が有る」と感じるなら、今のままで良しとするなり、自身がトップになって組織を作る道も有ったでしょう。
しかし、私はそうではありません。
「私だけでお金を賄えるなら、組織に属する必要も新しく組織を作る必要も無い」と思います。
「“組織”という概念自体が不要」と言っても良いです。
万物の繋がりまで不要とは言いません。
「地球上に存在する人間は私1人で良い」と言っているのでは有りません。
それでは生きられるはずもない事は充分承知です。
ただ、「自力でお金を得られるなら組織は不要」と言っているだけです。
そこを踏まえ、「お金そのものを目当てにする事が出来るか?」を考えます。
あまり好きではない考えですが、この際問題になるのは私の好き嫌いでは有りません。
「それが唯一の正しい道、あるいは本心、この世における真実だと知った時、受け入れる事が出来るか?」が問題です。
お金目当てに人に近付き、あるいは近付かれ、その事を打ち明け、あるいは打ち明けられた時、「何を当たり前の事を言っているのか。最初からそうだった」と当然の如く言えるか?
その場面をイメージした時、罪悪感や憎悪を抱かないか?
その事を打ち明ける、あるいは打ち明けられる事に不安や恐れを抱かないか?
そこが問題です。
私はもう答えが出ています。
何の問題も有りません。
「そんな事は最初からオープンにすべき事だ」と思います。
愛や信頼は自分に対して持っていれば良い事であって、他人に期待するものでは有りません。
そうと分かっていて、既にそれらを得ているなら、お金を物差しにする事に何の不都合も無く、愛や信頼と違って目に見える分、分かり易いというものです。
「問題ではない」のと、「それを目当てにする事が出来るか」は全く別の話です。
しかし、こういう思考が出て来る事自体、感じているものが変化している事の証明だとは思います。
今回の記事は、私の中で筋道が通るものです。
考え自体は正しいと思いますし、隠しているか、気付いていないか、知らないだけか、何れにしても「他の人もきっとそうだろう」と思います。
お金を目当てにしないと立ち行かない世界、そういう設定の世界なら、そこから目を逸らすべきでは無いでしょう。