既に叶っているが、何が叶っているのか? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

今回は結構難題かと思います。

 

“彼女”の時みたいに進退極まっている状態だと思っています。

 

経験上、1日でも「行きたくないから」という理由で休んだら、そこで働き続ける事は無理でしょう。

 

「今回も絶対にそうなる」とは断言出来ませんが、覆せる可能性は極めて低いと思います。

 

このまま休み続ける事に意味は無さそうなので明日は出勤するつもりですが、それは「自身の意図を確認する為であって、そこで仕事をする為では無い」という事になるでしょう。

 

全く気が乗らないですが、そうする他に外の世界での手立てが見付かりません。

 

 

 

「次のステージにはタダでは行けない」という事なのでしょう。

 

何かを望むならその望みに等しい対価を支払わなくてはなりません。

 

「都合の良い部分だけを叶えてくれ」というのは決して通らす、全く正反対の都合の悪い事を受け入れなくてはなりません。

 

これは私も言っている事であり、経験上紛れも無い事実です。

 

どういう原理で、どう言った理由でそういう仕組みになっているのかは分かりません。

 

しかし、既に都合が悪い事が有るなら、「本質的には都合の良い事も叶っている」と言えます。

 

これもまた私の経験上確かな事であり、そうではないなら「今まで学んで来た事もスピリチュアルも全部出鱈目だ」という事になります。

 

 

 

「既に叶っている」という事になると、後は私の受け取り方や叶え方の問題になります。

 

大抵の場合は「私は○○だ」という認識に至る事が私の受け取り方であり、叶え方となります。

 

その形に固執しているわけではないので、ともかくしっくり来る言葉を発見出来れば良いでしょう。

 

「叶っている」という前提で模索するのと、「叶っていない」という前提で模索するのとでは、その結果に雲泥の差が生じます。

 

「叶っていない」という前提では、確かに進退も極まるでしょう。

 

では、「叶っている」という前提ならどうでしょうか?

 

やってみない理由はありません。

 

何が叶っているのでしょうか?