“争い”を感じる | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは、魂の世界だった。

つまり、「私はお金と喧嘩している」という事なのでしょう。

 

魂の世界から眺めると酷く不毛な気がしますが、和解する気配は今のところ感じられません。

 

このままでは、おそらく勝敗の決着も永遠に付かないでしょう。

 

「永遠に争い続ける」という事は、「永遠に平和が訪れない」という事です。

 

実に由々しき事態であります。

 

さて、どうしたものでしょうか。

 

 

 

私に出来る事はどちらにも肩入れをせず、争いを傍観する事でしょう。

 

私の中で起こっている“争い”を感じ続けるのです。

 

確かにお金は争いの元になり得ます。

 

…と言うか、今の私なら「お金の本質は何か?」と問われれば「“争い”だ」と答えるでしょう。

 

しかし、今こそ“平和”を得るチャンスでもあります。

 

“争い”の反対概念が“平和”なら、“争い”を受け入れる事によって“平和”も得るでしょう。

 

その時、私お金を見る目も変わっているはずです。

 

 

 

一瞬「“宇宙”と何の関係も無いではないか」と思いましたが、私が平和に成れば“宇宙”も平和に成るはずなので、大いに“宇宙”に貢献出来る事になります。

 

今は争わせておく事にしましょう。