「“仕事”よりも“給料”を起点にした方が良い」と判断した結果、私の中では先に進む事が出来ている気配を感じる事が出来るようになりました。
感じるものは既に“給料”とも言っていないように感じます。
私は“給料”に自身の中に在る何かを投影させていたと思うので、それが炙り出されようとしているのかも知れません。
このブログの投稿者は外の世界の私で、読者は内なる世界の私です。
その読者がそれなりに読み応えを感じているところを見ると、ここまでは期待通り、ニーズ通りの内容を提供出来ているかと思います。
つまり「述べている事は概ね正しい」という事です。
このまま進んで行けるでしょう。
この“給料”は金額の高低ではありません。
金額が高いからと言っても、この“給料”の眼鏡に敵うとは限りません。
しかし、“給料”の眼鏡に敵っているなら、金額もそれに伴うものでしょう。
これは私が女性を見る時の目と全く同じです。
“給料”の質が問題で、そこに“給料”に投影させていた要素が在るのだと思います。
ともかく、今は感じているものに集中です。
“給料”に投影させた要素は何か?
それが今の私に必要な事なのです。