感じているものは“給料”か? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

今日も進展が見られませんでした。

 

何かに気が付いたり思い付いたりすると反応はするのですが、直ぐに元の状態に戻ってしまいます。

 

「感じているものが言っている事と一致していない何よりの根拠である」と言えるでしょう。

 

一旦最初の位置に戻ってみようと思います。

 

 

 

「そもそも何が不満だったのか?」と言えば給料でした。

 

やっている事それ自体ではなく、それが一番の不満だったはずです。

 

感じているものに“給料”という言葉を照らし合わせてみます。

 

…心なしか穏やかになった気がします。

 

もしこの状態が定着したならば、感じているものは“給料”について何かを言っている事になります。

 

「“仕事”に関係するに何かに違いない」とは思っていましたが、“給料”は間違い無く“仕事”に関係するものであり、その中でも重要度はかなり上に位置するものでしょう。

 

今までとは少し反応の仕方が違います。

 

今日明日はこの線で行ってみたいと思います。

 

 

 

この“給料”ですが、当然私の中に在ります。

 

その“給料”が何を意味するにせよ、既にそれは得られているものです。

 

いや、「私の元に届いている」と言った方が良いかも知れません。

 

「後は受け取るだけ」という事になりますが、私は自身でも気付いていない何かしらの理由によって、その“給料”の受け取りを拒否していると思われます。

 

しかし、私の中に在るものは何であれ、結局は受け取る事になるのです。

 

感じていたものが“給料”なら、そうと気付いた時点で受け取る他ありません。

 

 

 

これは“給料”なのだろうか?

 

今日はその問いと共に眠りに入る事にしましょう。